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卑猥な世界が現れた!  作者: 田中卵
序 花鳥風月
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3

うぇいうぇい

 教室に戻る頃には、入学式の時間が迫っていた。

 視線の網を()い潜り、目的の人物の下に。


「深瀬さん、発見だ」

「え、あっ! えっ!」

 

 凄まじい勢いで振り向いた彼女は、とても顔が真っ赤だった。

 つぶらな瞳は、おれを見とめると、忙しなく動いた。小動物のような挙動だ。


「あなたには黙秘権がある」

「えっ、どうしてミランダ警告……?」

「窃盗の罪だ、お縄につきな」

「そ、そんなまだ未遂だよっ!」


 未遂? と軽く首を傾げた。

 カマをかけたが、とんだ悪党が見つかったようだ。

 なんとしても、乙野先輩に生徒手帳を届けなくては。

 おれは使命感にあふれていた。深瀬さんは汗にあふれていた。


「なんて、冗談だ。ごめんな騒がせて。さっき生徒手帳もってたでしょ、拾ったの?」

「ううううん、とんでもないよ、落ちてたから」

「知り合いに生徒手帳なくして困ってるひとがいたんだ。おれが届けておくよ」

「あ、そうなの……でも、私、生徒手帳ならさっき先生に渡しちゃった」

「なんだ、なら大丈夫だ。深瀬さんナイス平和的解決」


 親指を立ててにっこりと笑う。

 胸を撫でおろし、深瀬さんも肩の力を抜いた。

 会話が止まり、微かな思考が挟まれる。

 入学式まで時間が残ってるし、このまま雑談を膨らませようかな。

 なんて、壁時計に目をやっていると、明るい茶髪が視界に引っかかった。頬を膨らませた向日さんが、仲間になりたそうにこちらを眺めている。スルー安定。


「深瀬さんって、日向さんと知り合いなの?」

「うん、小学校からの付き合い」

「へー、いいな。おれ入学といっしょに引っ越したからFriend/Zero」

「……そうなんだ~」

「うん、初ひとり暮らしなんだ」


 ガタッ! と周囲のクラスメイトが物音を立てた。

 び、びっくりした。突然なんなんだ。

 視線をきょろきょろと周囲に巡らせるが、誰もしゃべらない。


「いま、ひとり……?」

「そうだけど」

「…………私が護衛しなきゃ」

「え、護衛?」

「ううん、なんでもない」


 一転、彼女の声音は底冷えするほどに淡泊だった。

 聞き間違いかな。

 顔を見つめ返すが、曖昧な微笑みで誤魔化された。

 

 ◆


 さて、入学式だ。

 真新しい制服でぴっちり武装し、体育館で校長先生のありがてえ話を傾聴中。ちゃんと聞いてるよ、五臓六腑に染み入るわホント。正直半分解脱してた。


『次は生徒会執行部です』


 いよっ、待ってました!

 教師陣の話は退屈だった。

 壇上に上がるのは、紫がかった黒髪を腰にまで伸ばした、艶やかな女性。


『はじめまして、新入生のみなさん。生徒会長の深瀬文生(ふみ)です』


 聞き覚えのある苗字が耳朶に触れた。

 まさか、と注視する。

 漆の瞳は鋭く、されど慈悲深い。

 高貴で、気高くも愛嬌のある表情。制服から伸びる四肢は、たまらない黄金比。彼女が纏えば、制服さえドレスに見える。

 そして──深瀬やよいに似通った顔立ちだった。


『学友として、共に研鑽(けんさん)してまいりましょう』


 いつの間にか、話が終わっていた。放心するほどの衝撃だった。

 凛と話を結び、彼女は壇上を立ち去る。

 や、やべ~! とんでもない姉がいるんだな、深瀬さん。

 まあウチの妹のがやべーけど。

 

 そうしてクラスに戻り、全員の自己紹介が終わった。無難に名前や趣味、そういう社交辞令を爽やかに言った。

 にしても、女子の割合多いな、心なしか教室がフレグランスな香りに包まれている。むさ苦しいよりは断然マシだけど、なんだか居心地が悪い。肩身が狭いと申しますか。

 生徒手帳を受け取ったり、今後の学業における取り組みの説明を聞いたり、あっという間に終業。親御さんが待っているから、手短なものだった。


「白羽くん、このあと時間あるかな?」

「ごめん、家族と過ごすよ」


 クラスメイトの誘いを心苦しそうに断り、荷物をまとめて教室を出た。

 おれは妹が待っているのだ。母は知らん。

 祝福ムードの校庭で、まゆりの姿を探す。


「あ、いたいた! あっくん!」


 上品なワンピース姿でスーツアップした母が、手を振って待っていた。

 傍には、唇を尖らせてバツが悪そうに立つまゆり。

 ショートボブを巻き、丁寧に化粧をしている。

 こないだまでランドセル背負ってたのに、なんだか成長が早いなぁ。

 いまは中学の制服だ。


「まゆり、来てくれたんだな」

「……ん、そりゃまあ」


 思春期マックスな瞳が愛くるしい。

 おれは頬が緩みっぱなしだ。


「無事迷子にならずに来れた? 入学式は退屈じゃなかった? ウチ寄ってくか? おれ飯作るよ、それともみんなで食べに行く?」

「もー! やめてよ、恥ずかしい!」


 ぐいぐいと肩を押し返された。


「ふふ、あっくんの制服姿、パパの若い頃を思い出すわね~」

「それ中学の頃も言ってたね、思い出しがち」

「……似合ってるよ」


 ぼそ、とまゆりが致命的な一言で胸を抉った。

 クリティカルヒット。昇天しそうな歓び。

 朱色の頬を隠し、まゆりは押し黙った。


「ありがとう、まゆり。おれもまゆりの制服似合ってると思う」

「ばか、それ二年前にも聞いた。……ありがと」

「うわーかわいい!」

「やめて、くっつかないで!」


 人目もあるし、恥ずかしいのだろう。

 これ以上はやめとこ、と理性がささやく。

 母さんと向き直る。


「写真撮りましょ、写真! まずは単品で!」

「単品て、言い方を選びなさいよ」


 文句を垂れながら、満開の桜を背負ってポージング。

 何故か女子が周囲でスマホを構えてた。見世物じゃないぞ!


「うわー! 素敵、桜景色にあっくん! 映えるわね~!」


 カシャカシャと写真撮られた。いつ一眼レフ買ったんだよ、あんた。


「せっかくだし、三人で撮ろうよ」

「そうね、どなたかに撮ってもらおうかしら」


 見渡し、頼めるひとを探すと、


「わ、私に任せて!」


 背後にいつの間にか深瀬さんがいた。

 小さく握った拳で、やる気を露わにしている。


「……あら、どなた?」

「誰、あんた」


 と、ふたりは険悪なムード。

 母さんは隠しているが、まゆりは悪意を滲ませている。

 深瀬さんを春先に現れる変なやつかと勘違いしているのかな。当たりだけど違う、彼女はクラスメイトなんだよ。


「はじめまして、深瀬やよいと申します」

「名前は聞いてなくてよ?」

「聞いてたろ、みっともないからやめてよ」

「だって、あっくんに色目を……」

「んなわけねーでしょうが。撮ってくれるんだってんだから、素直に厚意を受け取ろうよ」


 警戒するふたりをなだめ、並び立った。


「それでは撮りますね、はい、チーズ!」

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