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進むべきか、退くべきか

「くそッ!」

 サルーンの隅に取り付けられた電話に受話器を叩き付け、アーサー老人は毒を吐く。

「Lめ、わざわざ半島での話を持ち出してくることはあるまいに。つくづく嫌味な奴め」

「断られたご様子ですな」

 背後にいたイクトミに、アーサー老人は苦々しい顔を向ける。

「ああ、そうとも。Lの奴、『冷静さを欠いた今の君に兵隊を寄越したりなんかしたら、1週間どころか1日で全軍壊滅しちゃうよ。だから絶対だーめ』と抜かしおった。

 私のどこが冷静さを欠いていると言うのだ、あの猫撫で親父め!」

「ふむ」

 イクトミは腕組みしつつ、こくりとうなずいた。

「ムッシュ・グレースの仰る通りと存じますな」

「何だと?」

「確かに我々はアンリ=ルイを討ち、勢いに乗っていると言えましょう。しかしマドモアゼルがトリスタンを討ち損ねた事実を鑑みれば、本営で我々を待ち受けているのは、そのトリスタンに他なりますまい。

 重ねて申し上げますが、わたくしの力量はトリスタンに一歩、二歩ばかり及びません。命も誇りも投げ出した捨て身の攻勢で、どうにか一太刀程度の傷が付けられようか、と言った具合です。

 加えて臆病かつ深謀遠慮たる大閣下のこと、本営にも少なからず護衛を付けていることは、想像に難くありません。例えムッシュ・ボールドロイドの目論見通りに兵を集めたとしても、制圧は極めて難しかろうと考えられます。

 いや、ムッシュ・グレースにも断られたと言うことであれば、わたくしからもはっきり申し上げましょう。勝算はございません。ここは一旦退いて形勢を立て直すのがよろしいでしょう」

「イクトミ君」

 明らかに憤った様子で、アーサー老人は反論する。

「では君は、千載一遇のこの機会をみすみす逃すと言うのか」

「わたくしにはこれが好機であるとは、まったく思えません。言うなれば、崩れる橋に置かれた金塊でしょう。欲に目がくらんで橋を渡れば、待つのは死あるのみです」

「……」

 なおも反論しようとしたらしく、アーサー老人は口を開きかけたが、どうにか納得したのだろう――やがて目を伏せ、黙り込んだ。


 と、カウンターで酒を飲んでいた男が、「おい」と声をかけてくる。

「あんたら、揉めてるようだが。人手がいるのかい?」

「うん?」

 アーサー老人は男の方に振り返り、邪険に返す。

「君には関係の無い話だ。引っ込んでいたまえ」

「まあ、そう言うなって」

 男はバーボンの酒瓶を片手に立ち上がり、ニヤニヤ笑いながら二人に近寄ってくる。

「俺は……、そうだな、DJと呼んでくれ」

「DJ?」

「周りからそう呼ばれてるのさ。ちっと本名が長いもんでね。

 ああ、そうそう。人手が欲しいって話なら、俺が紹介してやれるぜ」

「なに?」

 渋い表情を向けるアーサー老人に、DJは手をぺらぺらと振る。

「まあ、そうにらむなって。自慢じゃないが、色々人脈を持っててね。俺が声をかければ、7~80人はさっと集まる」

「ほう」

 アーサー老人はいぶかしげにDJを眺めていたが、やがてこう尋ねた。

「いくらかかる?」

「1人1日4ドル、80人なら1日320ドルだ」

「武装できるか?」

「追加料金、1人1ドル半。旅費も出してくれるならありがたい」

「構わん」

「ムッシュ?」

 イクトミが険しい表情を浮かべ、アーサー老人を止めようとする。

「冷静になっていただきたい。普段のあなたなら、こんな怪しい話に乗りはしないはずでしょう?」

「確かにそうだ。だが丁度このタイミングで、人を集められると言うのであれば、多少のリスクは目をつむろう」

「いや、いや、ムッシュ! リスクがあまりにも大きすぎます!」「構わん!」

 アーサー老人は怒鳴り返し、DJに振り返った。

「すぐ用意してくれ。O州のクリスタルピークへ向かう」

「オーケー」

 DJはニヤッと口の端を上げ、酒瓶をカウンターに置いた。

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