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猫撫での副局長

「悪い方向?」

 尋ねたエミルに、アーサー老人は初めて、憂鬱そうな雰囲気の混じった声で答えた。

《この10年余におけるW&Bの成功は、メルヴィンの懐だけではなく、会社名義の預金・資産をも、相応に太らせてきた。じきにメルヴィンの融資が必要無くなるほどにな。

 となればそう遠くないうち、会社はメルヴィンを解雇するだろう。会社の都合が通用しない、わがまま放題の金庫爺など、会社にとってはただただ苛立たしいばかりの存在だからな。

 しかしそれはメルヴィンにとって、組織における存在理由をはなはだしく縮小させることを意味する。資金提供以上に、組織に従順なメルヴィンが『いずれW&Bを掌握できる立場にある』ことが、組織におけるメリットだからだ。

 もし本当にスチュアートが、メルヴィンに対して解任動議を起こせば、メルヴィンは必死で抵抗するだろう。スチュアートの暗殺を目論むほどに》

「息子さんは、ワットウッドの正体を知らないの?」

《教えていない。それを知ることは同時に、息子の身を著しく危険に晒すことでもあるからだ。

 秘密主義の組織が、その秘密をつかみ、かつ、公に広く知らしめる力のある人間を、脅迫も暗殺もせずに放っておくようなことは、到底考えられない》

「そうね。じゃあ息子さんは今、本当にワットウッドを辞めさせようと?」

《本人から聞いたわけでは無いが、息子の考えていることは手に取るように分かる。

 と言うよりも、私がもしメルヴィンの裏の顔を知らずにこの10年経営してきたとしても、確実に解雇を決定するからだ》

「親友って言ってたのに?」

 非難めいたエミルの言葉に、アーサー老人は先程と同様の、頑固で淡々とした口調で答えた。

《友情とビジネスは同じ引き出しに入れておくべきでは無い。

 私個人の情けや友愛にかまけて会社の利益を、ましてや社会全体の利益を損ねることなど、あってはならないことだ。私はそう考えているが、メルヴィンはそうではない。

 ビジネスに関しての見解に小さからざる相違がある以上、彼の協力が必要無くなれば、いずれは手を切っていただろうと、私はそう予想している。無論、友情は友情として、保持し続けるつもりではあったがね。

 ……私の思い出話はこの辺で終わりにしよう。Lが帰ってきた頃だと思うが、どうかね?》

 言われて、エミルは電話室から顔を出し、廊下を確認する。

「あ、エミル? ただいま」

 と、三毛猫を抱えて戻ってくる壮年の男性と目が合う。

「おかえりなさい、副局長。ボールドロイドさんから電話よ」

「Aが? 分かった、代わるよ」

 副局長――リロイ・ライル・グレースは小さくうなずきつつ、抱えていた猫をエミルに差し出す。

「セイナの相手してて」

「はーい」

 エミルは三毛猫を受け取り、オフィスに戻った。

「おかえりなさい、エミルさん」

 入ってすぐ、コーヒーをアデルたちに差し出すサムと目が合う。

「あの、副局長はどうされたんですか?」

「電話が来たから話してるところよ。猫預かっててって言われちゃった」

 そう答えつつ、エミルは懐の猫の背中を撫でてやる。途端に猫は、ごろろ……、と気持ち良さそうに、のどを鳴らし始めた。

「大人しい猫ですね、本当」

「そうでもないぜ」

 その光景にサムが微笑む一方、アデルは早くもドーナツを頬張りながら、苦々しい目で猫を眺めている。

「俺とかロバートが近寄ると、すげえ吠えてくるんだぜ。ばっさばっさ爪で斬られるしさ」

「え、そうなんですか? 僕、普通に触れましたけど……」

 きょとんとするサムに、アデルは苦笑して返した。

「どうも男が嫌いなんだろうぜ。副局長を除いて」

「はあ」

 と、その飼い主が苦笑いしつつ、話の輪に加わってくる。

「元の飼い主にそっくりだよ。彼女も旦那さん以外の男性には、ろくに話もしないような人だったし。僕はなんでか例外だったけど」

「あ、おかえりなさい、副局長」

「ただいまー」

 リロイはエミルの隣に座り、猫を受け取る。

「よいしょっと。……あ、それでエミル、Aの話だけど」

「はい」

「断っておいたよ。あいつ、熱くなるとすぐ無茶言うからね。

 まともに付き合ってたら、月まで行く羽目になっちゃうよ」

「ふふ……、ありがとうございます」

 エミルは苦笑しつつ、再度猫の背中を撫でてやった。

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