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友情と不穏

 私は彼との約束を、私なりに守ってきたつもりだ。

 彼がワインを好むと知れば大西洋を越えてボルドーまで買い付けに行ったし、フォード劇場跡が見たいと言い出せば、連邦政府や陸軍にしつこく根回しして、観覧を取り計らった。彼の極度な蒐集しゅうしゅう癖にも、全面的に協力してきた。

 彼の方でも、それなりに私のことを友人として見てくれるようになった。いつしか彼は私以外の実業家にも投資家にも、代議士などにも会わなくなり、「人が私が金庫だと呼ぶのならば、それはボールドロイド家の書斎に鎮座する金庫なのだ」と公言するようになった。

 君からすればカネと強権と偏執性にまみれた、不健全な絆だと思うかも知れないが――私とメルヴィンの間には、確かに、確固たる友情があったのだ。


 だが、いつしか不穏が訪れた。それは187X年、それまでと同じように、二人きりで夕食を取っていた時のことだった。

 その晩も、私はいつものように、彼に事業の計画やアイデアを、取り留めもなく話していた。いつもであれば、彼はただ、うんうん、いいじゃないか、やってみればいい、……とうなずくばかりだった。

 だがその晩は違った。私がO州に既設されていた鉄道路線を延伸することに言及した時、彼はその時初めて、私に「ノー」と言ったのだ。「その計画は実行すべきでは無い」と。

 繰り返すが、そんなことはこれまで一度も無かったのだ。私も面食らったし、彼も震えているようだった。だが、滅多に無い彼の忠言だったから、私は素直に受け入れた。すぐにその翌朝の会議で、私は計画の変更を幹部に伝えた。

 するとどうだ――不思議なことに数日後、O州で大規模な落盤事故があったと言う。丁度、私が買収し、埋めるか橋を渡すかと考えていた鉱山があったところだ。もし当初の計画通りに進めていれば、そんな脆い地盤に通した鉄道など、使えたはずも無い。会社は大損害を被っていたはずだ。

 だからこそ私はメルヴィンに対し素直に感謝の意を示したし、彼も表面上、喜んでくれた。……だが、これには裏があったのだ。


 どうした、ミヌー君? 一言もしゃべらないが。

 いや、しゃべれないのだな? そうとも、それこそ君の因縁――組織が一度目の壊滅と言う憂き目を見た、「事故」なのだからな。


 既にその頃から、メルヴィンは組織に引き込まれてしまっていたのだ。それもいち構成員などではなく、極めて重要な秘密を握る、幹部としてな。

 その幹部たる彼が、まさか大閣下が居を構える本営、言うなれば組織最大の秘密基地であるその土地に「鉄道を通す」などと言う話を聞いて、それを容認するはずが無い。だからこそあの晩、彼は私の計画を止めさせたのだ。

 そしてなお悪いことに、組織が壊滅してもなお、メルヴィンは大閣下への尊敬と畏敬を失うことは無かった。壊滅直後から、彼は――私以外には資金を融通しないと言っていた彼が――組織に多額の献金を行い始めた。

 当然、社長である私は、その闇献金に気付いた。だがあくまで、彼のカネは彼のモノだ。会社のモノではない。私が説得したところで、彼がそれをやめることなどありはしなかっただろうし、強制的にやめさせる手立ても無かった。

 それどころかメルヴィンは、私を狙い始めていたのだ。私の命のみならず、私の地位をもだ。彼が会社のトップに立てば、それこそ組織の勢力は、合衆国全域に拡大する。W&Bの全鉄道網、のみならず全商業網を、好き放題に悪用してな。


 その危険を回避させ、そしてメルヴィンを制御するために、私は策を打った。事業を失敗したように偽装した上で息子のスチュアートを新たな社長に立て、私は「隠居」と称して雲隠れしたのだ。

 これも単なる事実としての発言だが、スチュアートは人を手玉に取ることにかけては、私より一枚上手だ。ましてや私では、どうしてもメルヴィンに手心を加えてしまう。それは確実に、私にとって致命傷を生じうるほどの隙になる。

 反面、スチュアートであれば、暴走しかねないメルヴィンを思い通りに操作し、カネだけを出させることは容易なはずだと踏んだし、実際、その目論見は十二分に当たった。

 この10年、スチュアートはメルヴィンをしっかりと、O州クリスタルピークの彼の屋敷の中に封じ込めてくれた。それでも闇献金は止められなかったが、組織にW&Bを掌握されると言う、最悪の事態は回避し続けてきた。


 だが――この2、3年で、事態は急変しつつあるのだ。悪い方向にな。

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