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追討

 187X年、西部某所。

「ここまで逃げれば、もうご心配はございますまい」

 全身傷だらけになった、小山のような若者――後に「猛火牛レイジングブル」の悪名を轟かせる怪人、トリスタン・アルジャンが、一人の老人の前にかしずいていた。

「うむ。大儀であった、トリスタン」

「もったいなきお言葉、幸甚こうじんの至りでございます」

 殊更にへりくだるトリスタンに対し、その老人はそれがさも当然であるように、大仰に振る舞っている。

「して、アンリ=ルイよ」

「はっ……」

 神経質そうなヒゲを生やした眼鏡の小男も、トリスタンの横に並んで平伏する。

「当座の本営は、用意してあるのだろうな」

「用意してございます。ここより更に30マイルほどのところに……」

 アンリ=ルイが得意満面で答えかけたその途端、老人の顔にかっと朱が差す。

「貴様、今何と申した?」

「は……はい?」

「余の前で長さの単位を、何と申したのだと尋ねておるのだ!」

「ひっ……、あ、あひっ、もっ、申し訳ございません!」

「アメリカのヤード・ポンド法の如き下卑た単位を持ち出すとは、貴様それでも余の臣下かッ!」

 バキ、と音を立て、アンリ=ルイの頭に、老人が持っていた杖がめり込む。

「ひいぃ……っ」

「もう一度問うぞ! 次の本営はどこにあるのだ!?」

「あ、あ、ごっ、50キロほど西進した場所にございますです、はいっ!」

「ふん」

 折れた杖をアンリ=ルイに投げつけ、老人は不満そうなため息を漏らす。

「この老体にまだ鞭打てと申すのか、貴様ッ」

「それについてはご心配無く」

 と、トリスタンが口を開く。

「ダビッドに馬車を手配させております。間も無くこちらへやってくるでしょう」

「おぉ……、そうか、そうか。お前は気が利くのぅ、トリスタン」

 老人はニヤニヤと下劣極まりない笑みをトリスタンに向け、それから額から血を流しているアンリ=ルイを、侮蔑的な目つきで見下ろした。

「それに比べて、貴様の粗忽さときたら。何と愚かしいことか!

 我が祖国の誇る、完全無欠たるメートル法を軽んじるばかりか、余に更なる労苦を強いようとするとは。

 少しはトリスタンを見習えばどうだ」

「申し訳ございません……」

「まあよいわ。そこは、『姫』には漏れておらぬだろうな?」

「その心配は無用と存じます。

 このような場合に備え、私めの方で同様の場所を、アメリカ各所にこしらえております。無論、いずれも私一人しか、所在を知る者はおりません。

 その一つでもトリーシャ閣下がその存在に勘付き、場所を突き当ててしまうようなことは、万に一つもございません」




 そして――現在。

「万に一つが起こってしまったと言いたげなお顔ですな、アンリ=ルイ」

「ひっ……ひっ……」

 イクトミらに拘束されたアンリ=ルイは、恐怖に満ちた顔をその二人に向けていた。

「しかしあなたと、あなたの隠れ家を探し当てるのに幾分か骨を折ったのも、また事実。であれば用心深いあなたのことだ、『大閣下』にもあなたの各拠点の、その全容を漏らしてはおりますまい。

 つまりあなたをこの場で亡き者とすれば」

 勿体ぶった話し方と大仰な仕草で、イクトミはアンリ=ルイを責める。

「深淵に広がる偉大な権能を持つ『大閣下』といえども、あなたが拵えた『脚』を使うことは適わぬ、と言うことですな」

「こっ、殺さないでくれ、何でもするからっ」

 泣きながらに命乞いをするアンリ=ルイを眺めつつ、イクトミと並んで立っていたアーサー老人が尋ねる。

「何でも? ほう、何でもと言ったかね、ギルマン君」

「え、ええ! 何でもしますとも!」

「ではまず一つ目。『大閣下』は今どこにいるのか、教えてくれるかね? 君なら知っていよう」

 アーサー老人の質問に、アンリ=ルイはぺらぺらと簡単に答える。

「はっ、はい! 勿論ですとも! 『大閣下』は現在、O州のクリスタルピークに……」「なるほど」

 アンリ=ルイをさえぎり、アーサー老人が続ける。

「見当は付いた。地下帝国と言うわけか。では2つ目の願いだが」

「何でもお申し付けください!」

「詫びてもらおうか」

 そう返し、アーサー老人は構えていた散弾銃のレバーを引く。

「わ、詫び? と仰ると……?」

 アーサー老人の行動を見て、アンリ=ルイの顔から血の気が引いていく。

「貴様のせいで、苦楽を共にしてきた長年の友が、悪に堕ちたのだ。それを詫びろ」

 アーサー老人は散弾銃の銃口を、アンリ=ルイの額に当て――。

「ひっ、やっ、やめっ」「貴様の命でだ」

 そして部屋に、弾ける音が響き渡った。

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