過酷な人生3
働く場所を探すもなく 近所のおばさんから 知りあいが食堂してるから 言ってみたら?
口を聞いてもらい 子供連れてきて良いって事で 毎日食堂へ通った 食べ物は賄いや 余った物を智ちゃんにと持たせてくれた
2年経った頃には 今の家を取り壊す事で 私達親子は更に 別の場所に移動した
その頃は智子もたくましくなり 泣かなくなった そんな時 近所の方から 子供の小学校はどうするのか問われた
そうだ戸籍がいる だけど私達は戸籍がない 以前神社で倒れた時に 岡田と自宅の電話番号を言ったが無だった事を思い出した
あ!そうだ お寺に そう言えば祖母から言われたお寺を思い出した
そのお寺をを近所の人に聞くと そのお寺なら バスで10分の所にあると言われた
そう言えば…良く分からないけど 谷代マツを知らないか尋ねた
谷代…さぁ~谷代マツでしょ?
すると長く住んでるお婆さんが ほら…谷代忠次さんとこに嫁に行った おマツさんの事じゃろ
そうだ曾祖父の名前は忠次だった
私は早速お寺に出向いた
以前来た時と違い 廻りは田圃ばかりで全く判らない お寺に着くと 和尚様が見えた
どう話せば良いのか迷った
私は戸籍がありません 先祖は谷代忠次です
和尚様は言ってる事が理解出来ず キョトンとしてた
子供が…学校に 後はもう泣くしかなかった
ただ実在が証明出来ればと思った
和尚(確かに谷代は実在するが 忠次はまだ20代…もう直ぐ30なるか? 忠次の親は早く亡くなって)
兎に角役所行ってみなせ 役所の戸籍には忠次が載ってるだろ
あなたは忠次とどう言う関係かと言われ 曾孫だとは言えなかった
その足で役所に向かった。




