目覚め4
少し時が経つと自分の置かれている状況に気づいてくる。修行中に意識を失った私は彼女に介抱されていたというところだろう。光の乙女に介抱して頂けるとはとても男冥利に尽きるというか、いやいや、この状況は不味いだろう。
私は直ぐに、立ち上がり介抱して頂いた礼をする。
「介抱して頂き誠にありがとうございます。光の乙女様にはなんとお礼を申し上げればいいやら……」
感謝の言葉を申し上げているのだが、彼女は頬を膨らませて「うー」と唸っている。彼女の機嫌を損ねてしまったのだろうか。だが、特に悪い事は言ってなかったと思うのだが……。
「うー。古代人さん。私は確かに、領主の娘で貴族です。だけど、私は貴族の礼儀や作法等はとても嫌いなの。なので、古代人さんももう少し砕けた口調で! 私の事はエリカって呼んでね」
「わ、わかりま――」
「むっ」
「――わかった」
「うん。それでよろしい。で、古代人さん。あなたの名前はなんて言うの?」
納得したような顔でうんうんと頷いた後、彼女は私の名前を尋ねてくる。
「さっきから言ってる古代人ってなに? 私は、アラン。記憶喪失のアラン」
「それは、アレンから聴いたのよ。遺跡から発見したーって……。それと、記憶喪失なのね。なにか覚えている事はあるの?」
遺跡から救出されたから古代人か。なんて安直な……
「そうだね。……妻の顔や姿くらいかな。名前は思い出せないんだ。こんなことを言うのは無礼かもしれないけど、エリカの顔や姿にとても似ている。まるで、本物みたいだ」
「あら、それってナンパかしら。介抱したからってちょっと、手を出すのが早いんじゃなくて?」
そう言いながらくすくすと笑う姿に妻の姿が被る。彼女の笑顔は誰もを明るくさせる。太陽のような笑顔だ。
「ち、違うよ。確かに顔や姿は似てるけど、髪や目の色は黒髪黒目で、僕と同い年なんだ。まず、エリカとは年齢が違うよ」
それもそうだ。私は、自分の年齢はわからないが、多分20中盤に近いだろう妻は年下だったが、流石に12,3歳にしかみえない彼女とは年齢が違う。因みに後で年齢を聴いたが12歳らしい。
後半年で13歳になるということも教えてもらった。
「ふぅーん……黒髪黒目ね。髪は私と同じでロングなのかしら?」
「え? そうだね。髪の長さも大体一緒かな」
肩くらいあるロングの髪を指で梳きながら彼女は考え込んでしまう。
なにか考える事はあるのだろうか。この世界の人々を街中で軽く見た感じだと、私みたいな黒髪黒目は珍しかった。町の大通りから見た大衆の人々は見るからにファンタジーみたいな髪の色をしている。染めている感じもしなかったし、地毛なんだろう。
「……ま、いっか。ねっアラン! なんで、訓練なんてしていたの?」
「それは目的があるんだ。その目的のためには強くならなきゃならないだから訓練しているんだ」
「その目的って、聴いても大丈夫だったりする?」
「うん。私はね。妻を探しているんだ」
「……妻」
「ねぇ。奥さんを探すのはわかるけど、それと強さには何の関係があるの?」
「……じっとしていられないんだ。自分から探しに行こうって、そう思ったんだ」
「へぇ……奥さんを愛しているのね」
「照れるね。でも、記憶を失っても妻のことだけは覚えていたんだ。それだけ大切な人だったんだと私は思うんだよね。だから、なにがなんでも直ぐに助けに行きたいし、会いたい。ま、名前すら覚えだせないんだけどね」
「ちなみに、その奥さん私に似てるならさ。……私じゃダメ?」
「え?」
エリカの上目遣いの表情に自分の喉が鳴るのが聴こえた。銀色の瞳に蜂蜜色のロングの髪。胸は薄いが、くびれや足はスラっとしていてとても魅力的に見えた。
「な~に、じっくり私の身体見てくれちゃってるのよ!」
「へぶっ」
エリカに両頬を押さえられて、変な鳴き声がでる。
「まったく、ちょっとからかおうとしたら……これだから男ってやつは」
顔を真っ赤にして彼女は両頬を引っ張ったり縮めたりして弄ぶ。
「さっきのは冗談なんだからね! 勘違いしないでよ!」
「ふぁ、ふぁい」
「そう。それなら良いわ」
「ねぇ。明日も訓練するんでしょ? また遊びに来ても良いかしら?」
「へ? あぁ、良いよ」
エリカの言葉に訓練なんて見てもどこも面白くないだろうにと思ったが、別に禁止しているわけでもないので了承する。
まぁ、明日からはエリカに見っともない姿を見せないように気合を入れよう。
次の日もギルド長の扱きを受けて気絶した。
起きると、また目の前にエリカがいた。
「あ、起きたね。美少女に膝枕してもらうなんてなんて羨ましいんだこのこのー」
「エリカありがとう。あと、自分で美少女なんて言うものではないと思うよ」
「ぶー! 周りのみんなからも美少女って言われてるし、光の乙女って言われてるんだから間違ってはないですー!」
まぁ、確かに彼女は顔も整っているし、美少女なのも納得だった。
それにしても、彼女は一体いつからいたのだろうか。それに、怪我も結構していたはずなのだが、痛みがない。一体どういうことだろうか。
「ちなみに、エリカはいつからここに? それと怪我をしていたはずなんだけど……」
「あぁ、ギルド長の扱きを受けている所からいたよー。ギルド長はもう上に上がっちゃったよ。あと、怪我は回復魔法で治療しておきました!」
「回復魔法……凄い。あんなに怪我していたのに全然、痛みがない」
「そうよ。感謝してよねー。まぁ、私的には良い練習台になるから良いけどね」
そう言って、眩しい笑顔で語る姿に妻の面影を見てしまうが、頭を振ってその幻想を振り払う。
「でも、回復魔法も万能じゃないんだから気をつけなさい。骨折程度なら中級回復魔法が必要で私でも治すのに2日はかかるんだから。まぁ、軽い怪我なら下級回復魔法でなんとかできるけどね」
「骨折も治せるんだ。上級回復魔法になると、部位の欠損まで治せたりするのかな?」
「上級回復魔法でも部位を接着して治癒することはできるんだけど、元になった部位が無かったり、
古傷とかだともう治せないわ。そこまで万能じゃないの」
「それでも、凄いな。私にも回復魔法が出来れば楽なのになぁ……」
「ちなみに、魔法適正は受けたことあったりするの? それで、適正がないと魔法を覚えるのはかなり難しいのよ」
「魔法適正? いいや、受けたことはないね。それってお金とかかかったりするのかな。それだとちょっとまずいんだけど……」
「大丈夫よ。私の家にある魔道具を使って調べてみましょう。まぁ、といってももう夜だし魔法適正を調べるのは明日にしましょう。ねっ」
彼女は立ち上がりスカートの埃を叩く。魔法と言えば、RPGの鉄板だしこれは期待するしかないな。もしかして、才能があり過ぎて魔道具が壊れたりとかなっちゃったり。流石に、アニメの見すぎだな。
「さ、帰りましょう」
「そうだね。送っていくよ」
「いいえ、大丈夫よ。外に護衛の人が待ってるから。アランも疲れたでしょ。直ぐに休むといいわ」
「そっか。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな」
私たちは修練所を後にする。冒険者ギルドの入り口へ向かう彼女の後ろ姿を見ながら私は声をかける。
「じゃあ、気を付けてね。さようなら。エリカ」
「ええ、またね」
エリカの後ろ姿を入り口のドアを潜るまで覗き、彼女の姿が完全に消えた後、食堂で夕飯を食べて、直ぐに自分の部屋に戻る。
明日は、週に一度だけある休みの日だ。月、火、水、風、金、土、日の7日間を一週間としている。異世界に来たのに一週間の読み方がほぼ同じ所が変な感じだが、これは7つの魔法から名付けられたらしい。
私は、日課になっている。魔闘気の訓練を行った後に、明日またエリカに会える事に頬を綻ばせながら眠りについた。
明けて次の日、早朝から私は修練所にてギルド長と訓練について話していた。エリカが来るまで訓練をして待っている予定だ。
「悪いが、今日はちょっと朝から用事があってな。お前の面倒を見ている余裕がないのだ。……だから、これに対して打ち込みをしていろ」
そう言って、指された視線の先にあるものは腕の三倍は太さがあるかと思われる木杭だ。
「これに打ち込みですか?」
「ああ、これに走り込みながら右袈裟でも左袈裟でもいいから打ち込みをしろ。そして、これを木剣で切り落とせ」
「……は? 真剣でも難しいと思うのですが、それを木剣で、ですか?」
「そうだ。魔闘気は使っても良いから一回一回走り込みながら切りかかれ。……安心しろ。一日でとは言わん三ヶ月で切り落とせ。出来なかったら……そうだな罰ゲームでも考えておくとする。わかったか!」
「は、はい!」
「よし! では、始めろ! では、ワシは失礼するぞ」
ギルド長が修練所から消えてから、木杭を見る。こんなものを三ヶ月で切り落とす事が出来るのだろうか。ただ、ギルド長は藁束を木剣で一閃して切り落として見せた。私にも出来るのかもしれないやってみよう。まずやらなければ始まらないのだから。
魔闘気を身体全体に纏わせた後、木杭を睨み上段に構えをとり、走り込みながら木杭に対して右袈裟に切りかかる。魔闘気で身体能力が向上したスピードと膂力で切りかかるが少し木杭に切り目が付いた程度で手に鈍い痛みが走った。だが、痛みを無視して反対側から左袈裟に切りかかった。
「ハアアアアアッ!」
休まず、連続で50回程、打ち込みを行った所で、身体に漲る魔闘気が薄くなっていく。息も上がり、体力も底をついてきていた。木杭についた切れ目は強化された力をもってしても余り傷口が広がっていない。
まさか、ここまで魔闘気を使いながら訓練をするのに体力を消耗するとは思っても見ていなかった。
気力でその後30回程、魔闘気を使わずに切りかかるが、先に体力が切れてその場に倒れ込んだ。