記憶2
夫が交通事故にあって、病院に搬送された。その電話を受けた時、私は目の前が真っ暗になって崩れ落ちた。
そして、直ぐに病院に向かった。
手術は長時間続いた。私は神に祈りを捧げながら夫の無事を祈ったのだった。
それから、一年が経った。夫の手術は無事成功し、命は助かった。だが、夫の意識は戻らない。私は、子供を抱きながら夫の見舞いをしていた。まるで、ずっと彼は眠っている。それに比べて子供はどんどん元気に育ち、子供の日々の成長に嬉しさと悲鳴を上げる毎日だ。
あれ以来、まだ夫の意識は戻らない。その後、先生から「今のままでは意識が戻るかははっきりわからない。現代科学ではこのままずっと眠ったままの場合もありうる」と言われた。
「だから――」
そう、言われた。私は夫が治るなら何でも良かった。またあの笑顔が見れるなら何でもする。
直ぐに同意のサインをして、夫は深い眠りについた。
50年が経った。未だに彼は若い姿のまま眠り続けている。私はもう70前半まで老けてしまっていた。それでも、見舞いは一日も止めなかった。
だけど、私も癌になってしまって、余命が1年もない。今からでは手術もできないらしく。生きる事を諦めていた。
でも、いつか夫が目覚めた時の為に、娘と孫に書置きを残した。
そうして、私は一年後に亡くなった。
目が覚めると、いつもの自分の部屋の天井が目に入ってきた。ぼーっとしながら天井を見ていると、涙が目から溢れてきた。止めどなく溢れる涙とこの心を強く締め付ける痛みに私は呻く。
その声に反応したのか、
「お嬢様!?」
と言いながら侍従のシエラさんが私の下に現れる。
「あぁ! お嬢様! お目覚めになられて本当に私は……!」
彼女は感極まって両手で顔を覆って泣いていた。その姿に少し驚いたので、上半身を起こそうとするのだが、身体が動かなかった。手も足も怠くて動かない。私の身体は一体どうなってしまったの?
彼女は私の手を取りながら、私は夢の中の記憶を思い出しながら、二人して涙を流し続けていた。
私のお母さんやおばあちゃん、ひいおばあちゃん。それまたもっと前のご先祖様の記憶が薄っすらと私の頭に入ってきていた。
「もしかして、これが覚醒……」
「えぇ! お嬢様は覚醒し、意識を失ってしまったのです。お目覚めになられたのももう一ヶ月も経ってからなのです」
シエラさんの言葉に驚く。一ヶ月も私は眠り続けていたのか。通りで身体が怠いわけだ。多分、筋力も衰えていて動くことも厳しいだろうな。
そして、覚醒した。
ということも本当のようだ。
私たちの家系は18歳の時に覚醒が起こるのだが、私は未だに13歳だ。5年も早いというのには何かわけがあるのだろうか。
でも、私にはなにも思い浮かばない。アランが関係しているのかな?
それよりも記憶の事だ。
私たちの家系は18歳に覚醒をし、今までのご先祖様の記憶と力を引き継ぐ。
そうして、私たちは旅に出て、時には魔物を倒したり、戦争を止めたり、魔族を倒したり、恐ろしいことに魔王を倒したりしたこともあったようだ。
そうした実績から、私たちは光の乙女として、英雄として称えられていたのだ。
そして、政治には介入しないと決めた私たちの祖先はこんな山に囲まれた辺鄙な町で貴族として暮らしていたということらしい。
それ以外にも、覚醒の為に必要なアイテムを集めやすい位置だからというのもあるのだろう。
私は記憶を引き継いだのだ。数百年も前に、暖かい暮らしをしていたあの時の事を。
携帯電話? というものから電話がかかってきて、知らない男性から夫が交通事故にあって、病院に運ばれたと。
そして、急いで病院に向かい、一心に神に祈りながら夫の無事を祈った。
手術が終わり、先生から「なんとか一命をとりとめました」と聴いた時には神に感謝し、大いに涙を流した。
だが、その後に、先生から「意識が戻るかは本人次第です」と聴かれて、私は暗闇に引きづり込まれたような闇に目の前が包まれた。
そして、彼が目覚めるまで待つことにしたのだ。
皆、心に一つの事を胸に秘めながら私たちは記憶を引き継ぎ、旅を続けていた。
あの夢に出てきた姿はアランその人だ。間違えるわけがない。
始まりは興味からだった。
いつしか必死に訓練を続けて一心に頑張る姿の心が惹かれていた。
いつの間にか私は彼に恋をしていたのだ。
そして、アランは私たちご先祖様がずっと探し続けていたその人だったのだ。
私はアランに今までのご先祖様が伝えられなかった言葉を言うために覚醒をしたのだ。そうとしか考えられなかった。
「シエラ。……アランはいる?」
「……ッ!!」
彼女はなぜかアランの事を聴くと酷く驚いた顔をした後、悲しげに顔を歪めて俯いた。
あぁ、アラン。私は初めて会った時から彼の姿に惹かれていた。そして、毎日のように努力する姿にいつしか心を奪われていた。
そんなアランが私たちのご先祖様が伝えられなかったまさにその人だったのだ。
運命的な出会いだ。奇跡と言ってもいいかもしれない。
早く彼に会いたい。
そして、彼に会った時に私はご先祖様の言葉を言うのだ。
――はじめまして、和人さん。あなたの事を何百年も前から愛していました! と。