2章 (1)
糸月は闇の中を走っていた。
定期的な、敵勢の視察。
捉えられれば拷問の挙句に惨殺ということになる、危険な任務だ。しかし圧倒的な多数ということで、敵は総じて油断の色が濃い。また季節も11月に入り、風が枯葉を揺らすので多少の音なら立てても気付かれない。糸月にとっては、さしてむずかしい仕事ではなかった。
名将綱成に引き抜かれた糸月は、才にあふれる忍びだった。ほぼ全速で移動しながらでも、常と同様の考えを巡らせる。糸月は、先ほどの綱成とのやりとりを思い出していた。
綱成は、今後多目元忠に付けと言う。
――多目元忠に……?
糸月は珍しく、綱成の言に即答できなかった。
多目元忠に付き、多目元忠の指示によって動くのだ、と綱成は念を押すように言った。
それでもまだ、首を縦に振れない。
糸月は多目元忠を、どうも信用できなかった。
どこが、と言われても答えられない。綱成には忠実に仕えているし、その能力も認めていた。観察していておかしなところはなにもない。しかし、どこかしら、気持ちに引っかかるところがあった。
敢えて具体的に言えば、過去が不明の男だった。
生まれが定かではなく、いつごろから成り上がったのか分からない。気付くと、綱成の側近となっていた。
糸月が綱成に仕えるようになったのが5年ほど前だから、もちろん仕入れた情報だけのことだ。長く元忠を見てきたわけではない。しかしなんとなく、気が許せぬ男だと感じさせた。
そんな男に、綱成は付けと言う。綱成の命令は絶対なので、それは従わざるを得ない。しかし綱成の心の内が、どうにも分からなかった。
見回ったところ、敵の数は変わらず、また動き出す雰囲気もない。とりあえず多勢で囲み、様子を見ているという状態だ。統制の取りづらい連合軍の様相なので、へたに攻めだしたくないのだろう。
これであれば、城の明け渡しも効果があるかもしれない。糸月は、そう見た。
そして立ち止まり。さて、と思う。この状況の報告を、綱成と多目元忠のどちらにしたものだろう、と。