1章 (6)
「勝機が?」
「はい。ひとつ、策がございます」
本来であれば喜ぶべきその家臣の言葉を、綱成は喜ばなかった。反対に、表情を険しくした。
「おぬしのなんとかしたいという気持ちは分かるが、感情に任せた言葉は控えてもらおう。この場は冷厳に話し合わないとならないところだ。それができるとふんだからこそ、おぬしにも同席してもらったのだ。あらためて言っておくが、無論わしも、明け渡しなぞしたくはない。感情に任せて言えば、明け渡すくらいなら、死を覚悟で一戦交えたい」
「いえ、けっして苦し紛れの言葉ではありませぬ。策があるのです」
「うぅむ……」
綱成が目を瞑って深く息を吐く。
綱成は、「真実か?」という問いを呑み込んだ。実際に策があろうが感情的になっていようが、「真実です」と答えるのは当然だからだ。返ってくる答えが分かっているのであれば、聞いたところで時の無駄というものだ。
元忠ほどの男がこのような場で言うのなら、しかし、策は本当にあるのだろう。綱成は元忠の言葉を、それまでの実績とこの状況を鑑みて、信じた。だが問題は、その「策」が、客観的に見て使えるかどうかだ。一旦戦いへと踏み出せば後戻りはできず、策が機能せずに負ければ全滅となってしまうのだ。
「殿の心中お察し申す。策の優劣は、その後の家臣たちに多大な影響を与える。それは承知しております」
多目元忠は綱成の心を透かし見た。それくらいの芸当はやれる男だと元忠を買っている綱成は、言い当てられてもさして驚かない。
「それで、おぬしはどう見る。策の効果を」
「なんとも」
判断がつかないと元忠は言う。強く押さないことによって信憑性を高める効果を狙っもいるし、正直合戦は生き物なので元忠自身も判断がつきかねた。
「いずれにしても、この籠城はまだ備蓄もあり、そして敵勢も今日明日に攻めてくるものでもないでしょう。策を検討する時は、少なくともあるのではないかと思われます」
川越の地は当時から肥沃で、城内の食糧備蓄はまだ余裕があった。そして敵の足利、上杉連合軍は後北条の実力を恐れて、全面攻撃をまだ躊躇っていた。そのような状況なので、策を検討するくらいの時間の余裕はあると、多目元忠は言っていた。
「そのとおりだな。聞くだけなら、戦況が良くも悪くもなるまい。ではまず、その方の策を聞いてみようではないか」
城守の言葉に、元忠はスッと膝を前に進めた。
そして糸月に視線を振り、小さく咳払いした。重要極まる話なので席をはずしてほしいという意味だ。それを察した糸月は綱成を見て、頷いているのを確認すると、すぐさま天井裏へ消えていった。