2章 (3)
糸月は富士見櫓に上がる。天守閣のない河越城の、最も高所に位置する場所だ。
詰めていた当番に交代を告げる。意外な時刻に交代を告げられた当番は首を傾げたが、綱成の命令と伝えると納得して降りていった。この当番は糸月が綱成子飼いの忍びだということを知っている。
澄んだ初冬の空気は見通しが効く。ましてや糸月は夜目が効いた。
東西南北、敵が押し寄せている。それぞれ野営し、河越城を包囲していた。
しかし、攻めてはこないだろうと糸月はふんでいた。
一つの城を攻めるのに8万の軍は多すぎる。河越城とこの周辺の地を獲ったとしても、さして収穫が出るわけではない。ここを落としただけでは、手伝ってくれた多くの大名にただ働きをさせてしまうことになる。
できれば後北条三代目の北条氏康から、降参の意思を示させ、その本家からも収穫物を取りたいところだろう。であれば、満足な配分ができる。
つまりは、まだ時に余裕があるということだ。その時を、元忠は反撃の準備に充てたいという。その反撃にあたって、糸月を借りたというのだ。反撃に出るまでのあいだ、右腕になれ、と……。
しかし、反撃の方法そのものについては、元忠は時期を待てと口をつぐんだ。