1章 (1)
城を取り巻く敵勢の報告を、忍びは沈鬱な表情で城守に伝えた。
動揺を広げさせないため、人払いはしてある。それでも念をということで、忍びは声を低く落とした。
城を包囲する数、およそ8万。たとえ少なく見積もろうとも、6万を下ることはない。攻防が常の戦国期とはいえ、一家臣が守る城にこの攻撃陣の数は破格だった。
また、敵の主力となる3つの軍が、まずはしっかり3方を占め、媚びるように参加した関東大名がその外に広がり、隙がない、形のよい包囲網を築いていた。
城守の北条綱成は緩やかな顔で聞いている。視線も定まっていて、体に硬さもない。それがどうした、とでも言いだしそうな、常となんら変わらない表情だった。
このお方は、桁を一つ間違えているのではないか。切迫感を浮かばせない城守の横顔に、忍びは心の中で首をひねった。8万ですぞ、と確認の言葉を吐こうとすら考えた。
しかし違った。綱成は8万という数を把握していた。次の言葉が、それを裏付けた。
「大人数だな。城ひとつ落とすのに、そろいもそろって、よくもまぁおいでくださったものだ。この河越城内の兵が今、3000ほどだから、つまりはざっと25倍ということか」
自分で報告したにもかかわらず、圧倒的な兵力の違いに忍びは着衣の下に汗を流した。跡形もなく潰されることが容易に想像できる数字なのだ。
その忍びの汗が、冷えついた。これほどまでに絶望的な報告を受けたというのに、城守北条綱成が微笑を浮かべたからだ。
「面白いことになったな、糸月」
「……」
なぜ笑える。糸月は混乱し、言葉が出てこなかった。
糸月は長年仕えるこの武人が、何ものにも動じないということを知っている。しかし今度ばかりは、少なくとも表情を曇らせて黙り込むだろうと見ていた。
それが、笑みを漏らすだけでも驚くというのに、軽口まで合わせてくるという。糸月は、これほどまでに度量の大きなお人とさらに評価を上げるべきか、あるいはこれまでの戦績は運に助けられたもので、楽観的すぎる男と考えを改めるべきか、瞬間迷った。
綱成はゆっくりと、腕を組む。
「兵数、8万対3千。いいお膳立てだ。この不利を勝利に導いてこそ、後世まで名の残る戦巧者となろうというものだ。なぁ、糸月」
綱成は顔こそ笑っていたが、目は笑っていなかった。刺すように鋭く、そして青白く光っていた。