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昼の部・ホットドッグ(メニュー非表示)

2週間開けてしまって、楽しみにしてくださっていた読者様には深くお詫び申し上げます。

今回のお話は以前にもやった過去編で、料理は美味いばかりではないをテーマにした前編です。後編ではちゃんと美味しい料理を出します。





 犬獣人の8人姉弟で青髪の長男であるジョニーは、最近姉の機嫌が非常に良いことを訝しんでいた。

 3年前に父親が土砂崩れに巻き込まれて他界し、唯一成人している姉はジョニーを含めた弟妹達を養うために朝から晩まで働きに出ていたのだが、最近になって就職先が決まったらしい。


 大通りに出来た変わった料理を出す大衆食堂で、手伝いをする代わりに毎日炊いたコメで焼き魚や海藻を包んで三角形に整えたオニギリや、これまで食べていた固くて酸っぱい黒パンではなく、白くて柔らかく、ほのかに甘いパンに卵や肉を挟んだサンドイッチなる聞いたことも無い料理を持って帰ってくるようになった。

 そのこと自体は別にいい。むしろ家族全員が腹を空かせなくて済んでいるし、何よりこれまで食べたどんな料理よりも美味い。この時点でも姉の機嫌は良かったのだが、店の運営が上手い事軌道に乗って姉が正式に給仕として雇われてから、これまでとは比較にならないほど機嫌が良くなった。


「ねーねー、アル姉」

「んー? どしたの、ウル?」


 青髪で末っ子の双子の妹であるウルが姉のエプロンの端を掴んでクイクイ引っ張る。


「最近機嫌良いねー」

「えー? そう? そんな事ないと思うけどなぁ」

「いーや、怪しい!」


 姉の言葉を怪しいと断じた茶髪の少女は、ジョニーの一つ年下の次女であるエレナだ。ジョニーは気付かれないよう、そっと耳を澄ませる、


「アル姉が仕事一つでここまで機嫌良くなるとは思えないんだよね……もしかして、ゲンさんと進展あったり?」

「ちょっ!? な、何言ってんのエレナ!?」


 ニシシと笑うエレナと顔を赤くして慌てふためく姉を尻目に、ジョニーは聞き覚えの無い名前に首を傾げた。アルカディアでは馴染みのない雰囲気の名前だが、どことなく男のような印象を受ける。


「ゼオ、ゲンって誰?」

「えー? 知らないの?」


 ウルと双子の片割れである茶髪の少年、ゼオは兄の言葉に意外そうに目を瞠る。


「ちょっと待てよ何その反応。なんか俺だけ知らないみたいじゃねーか」 

「アル姉の仕事先の店長さんだよ。みんな知ってると思ってた」

「……なぁ、そいつって男?」

「ん? あーっ!? ゼオ、ストーップ!」


 ゼオが口を開く直前、その様子を感づいたエレナが慌ててその口を塞ぐが、その様子がジョニーの不安が大当たりであるということを雄弁に物語っていた。


「……おい、エレナ」

「……なにさ」

「ちょっと、こっち来い」


 ジョニーはエレナを伴って玄関を出ると、声を極力抑えて怒鳴り始めた。


「お前、姉ちゃんの雇い主が男だって知ってたんだろ! 何で教えてくれなかったんだ!」

「出たよ、シスコン。教えたらどうするつもりだったの? アル姉の仕事先までいちゃもん付けに行く気だったでしょ」

「はぁ!? だ、誰がシスコンだよ!」


 本人は否定しているが、ジョニーはシスコンだ。

 末っ子を生んですぐ、流行病で亡くなった母や大家族を養うために仕事で忙しかった父に代わりに、姉は弟妹達の母親代わりだった。無償の愛をもって育ててくれた姉に兄弟姉妹は皆懐いているが、その中でもジョニーは筋金入りだ。

 姉は父が死んでから若い女性らしいオシャレや友達と遊ぶこともせずに、大の男がやるような労働に従事し続けてきた。苦労を重ねる姉の為に何かをしたいと思っても、ジョニーはまだ14歳。成人するにはあと1年待たなければならず、それまでは弟妹と一緒に雀の涙ほどの内職でしか助けにならないことを歯痒く思っていた。


「いいじゃん。ようやく訪れたアル姉の春だよ?」

「だからって、また変な男に引っかかってたらどうすんだよ!」


 そんなワーカーホリック気味の姉だが、よく男に言い寄られる。

 それもそのはず、姉は気立てが良い美人で、胸も大きい。男好きする容姿と性格故に今まで多くの男性がアプローチを繰り返してきて、ジョニーは「どこの馬の骨とも分からない男に姉はやらん!」と彼らを牽制したり、姉も仕事の忙しさを理由に軽くあしらったりしていた。


「そう言うと思ったからゲンさんのこと伝えたくなかったのに……。ジョニー兄が何時までもそんなんだから、アル姉に良い人が出来ないんだよ」


 しかしエレナの考えはジョニーとは全く逆で、姉には女としての幸せを掴んでほしいと思っている。

 今日この日まで育ててくれたことには感謝してもし足りないが、女盛りの19歳が男も知らずに身を粉にして働くのは、同じ女として将来行き遅れにならないか心配なのだ。


「ゼオとウルにはまだ説明が難しかったかなぁ」


 しかし、シスコンのジョニーが介入すれば事態がややこしくなり、弟の心情を慮って姉が身を引いてしまう事にもなりかねない。そう思ったからこそ、エレナはゲンの事を秘密にするよう姉弟たちに言い含めていたのだが、それが今日バレてしまった。


「まぁ大丈夫だって。ゲンさん良い人だし。大体、ジョニー兄だってアル姉の幸せを踏み躙りたいわけじゃないでしょ?」

「それは……そうだけどさ」


 それを言われればぐうの音も出ない。ジョニーとて、姉には幸せを掴んでほしいと願っているのだ。ただ相手の男には性格も生活も極めて良いという、割と高いスペックを求めているというだけで。


「とにかく、アタシたちは全面的に2人の仲を応援するかんね。ジョニー兄が何言っても協力する気ないから」


 そう言い残してあばら家の中に戻る妹の背中を、ジョニーは口惜しげに見送るのだった。




 数日後、姉の職場が休みの日を見計らい、ジョニーはこの辺りでは珍しい黒髪の青年の後をこっそりと付け回していた。


(こうして後をつけてれば絶対ボロを出すだろ。それを姉ちゃんに教えて2人がこ、恋人になるのを阻止してやる!)


 他の弟妹から話を聞く限り2人はまだ恋人未満な仲で、姉も自分の気持ちに気付いていないが、間違いなくゲンを意識しているらしい。そこでシスコン極まるジョニーはゲンの粗探しをして欠点を見出し、姉の好感度を下げようと画策しているのだが、その成果は芳しくなかった。


「あらゲンちゃん! 今日は良いジャガイモが採れたんだ! 良かったら買ってっていきなよ!」

「おぉいゲンちゃん! 何か見たことのねぇ魔物を狩ったんだけどよ、これちょっと調理してみてくんねえか?」

「ゲンちゃん! 脂ののった魚のアラがあるからよ、これで賄い作ってくれや!」


 食材市場の勝気な業者からゲンちゃんと呼ばれ、凄い人気だ。思い返せば、彼はこの国にはない調理技術を持ち、食材に精通している生産者も知らない方法で美味な料理を作ると、姉が言っていたように思う。食の一翼を担う業者として、彼ほど売り甲斐がある客も中々いないのだろう。市場に顔を見せた途端、あっちへこっちへ引っ張りだこだ。


 その後も、鍛冶屋に行って包丁を見繕ったり、農家の畑に見学に行ったり、街で買い食いをして思いっきり顔を顰めたりしただけで帰路につき始めたゲン。ジョニーが求めているスキャンダルは一切なかった。


(はぁ……結局何も無しかよ)


 店に入って厨房に立つゲンを窓ガラスから眺め、意気消沈になるジョニー。このまま何の収穫も無ければ将来「義兄(にい)ちゃん」とゲンを呼ばなくてはならないのかと思うと、凄くモヤモヤした気持ちになる。 


「って!?」

「おいおい、テメェどこに眼ぇつけて歩いてんだよ?」


 しばらくその様子を眺めてから溜息を一つ零して踵を返すと、大剣を背負った男とぶつかった。


「どうしてくれんだよ? テメェのせいで魔物にやられた傷が開いちまったじゃねえか」


 自分よりも頭2つ分くらい高い慎重で威圧的に見下ろされ、勝気なジョニーも流石にたじろぐ。

 この「今時こんな使い古された台詞を宣う奴がいるか?」と逆に感心しそうなほど、古典的な言いがかりをつけてくる男は冒険者の中に少なからずいるチンピラ紛いなのだろう。元々血の気が多い故に冒険者になった者たちの中でも極めて質が悪い人種で、何かにつけて一般人に言い掛かりをつけてくると最近問題になっている。


「慰謝料と治療費払えって言ってもガキには無理か。ならお前の家の住所教えろや。親に金払ってもらうからよ」


 襟首を掴み上げられて足が浮く。一応(・・)助けを求める意味で通行人に視線を送るが、彼らは関わりたくないと言わんばかりに目を逸らし、速足で通り過ぎるばかりだ。

 ジョニーは助けが来ることを期待してはいなかった。タイミングよく守備隊が現れるとは思わなかったし、親切な通行人が助けてくれるとも思わなかった。面倒事には首を突っ込まないというこの世界、この時代の処世術はジョニーも身に染みている。だからこそ、他人の力など借りずに自らの力で姉を、家族を守るのだと父が死んだ日に誓った。……それこそ、ゲンなど必要ないくらいに力をつけて。


「だんまりか。何とか言えよこのガキャア!!」


 窮地にあっても家族は売らないと覚悟を決め、迫る拳を耐えるために歯を食いしばり、ぎゅっと目を閉じた。


「すいませんお客さん、今日店は休みなんですよ」


 そんな時、ジョニーとチンピラの間に割って入ったのはゲンだった。手には何やら縦に割れ、真っ赤なソースがかけられた腸詰め(ソーセージ)とレタスが挟まれた細長いパンが握られている。


「あぁ? 何だテメェ?」

「まぁ折角店まで来たんです。これは試作品で俺の奢りなんで遠慮せずに食べてってくださいよ」


 煩わし気なチンピラの声を無視し、ゲンはパンを彼の口に捻じ込む。


「この自家製ジョロキアケチャップがけホットドッグを」

「もがあああああああああああああああああああああああああああっっ!?」


 チンピラは絶叫した。

 外見からは想像もできないほどベットリとかけられた赤いソースは口の中を焼き尽くすかのような刺激を与える。見たことも無い料理によって与えられる、味わったことのない灼熱の痛みの正体は辛味だ。

 しかも世間に流通しているトウガラシなどとは比較にならない辛さ。耐えきれずに吐き出そうとするが、ゲンはチンピラの頭を押さえつけてグイグイ口の中に捩じり込む。


「どうですかね? 常連のドワーフに辛みが足りないって言われて改良してみたんですけど」

はらい(辛い)!! ひはい(痛い)!!」


 体が熱を発し、汗が後から後から吹き上がる。地獄のような辛味で呼吸を困難にされ、パンで物理的にも呼吸を困難にされたチンピラは必死にゲンの腕を振りほどこうとするが、思いの外ゲンの腕力が強い上に辛すぎて腕に力が入らない。


「ほーら、頑張って食べないと2個目を捻じ込みますよ?」


 スッと2つ目のパンを取り出す。鼻で息をする度にビリビリと痛みが走る口腔に、更に追加で劇からパンを捻じ込まれれば死んでしまうと熱した思考で思い至った。言われるがまま辛さに耐えて咀嚼し喉に流し込むと、喉と胃が焼けるように熱い。口の中は依然痛みを発し、上手く喋るどころか呼吸もままならない。


「はい、水です」


 ガラスとは違う、透明で柔らかい変わった材質で出来た水の入った筒をチンピラは奪い取るように呷る。口腔が冷やされ、辛みがマシになったと思った瞬間、パンで防がれて痛みを感じなかった部分を含め、口全体に猛烈な痛みが蘇った。


「ぎょわあああああああああああああああっ!?」


 再び悶絶するチンピラ。そこに騒ぎを聞きつけた守備隊2人が現れた。


「どうしました!? 何やら悲鳴のようなものが聞こえましたが!?」

「この子がそこの冒険者にカツアゲされてたんで、俺がちょちょいっと。なぁ?」


 突然同意を求められ、無言で何度も頷くジョニー。最近ガラの悪い冒険者が起こす事件が多発しているからだろう、ゲンの言葉は特に疑われることなくチンピラは両脇から拘束され、それを尻目に未だ尻もちをつくジョニーにゲンは手を差し伸べた。


「大丈夫? 立てるか?」

「っ!!」


 パシンッと、音を立てて伸べた手は払われる。驚いた表情を浮かべるゲンを見る目は、恥ずかしさと悔しさ、ほんの僅かな申し訳なさが涙と共に滲み出ていた。


「あ、あんたなんかに助けて貰わなくても俺は1人で何とか出来たんだっ! 余計なことすんじゃねーよ馬鹿ッ!!」

「って、あぁ!? ちょっ!? と、取り調べがまだ!?」


 焦る守備隊員の叫びを無視して、ジョニーは踵を返して走り去る。


「何やってんの、あのバカ兄」


 そんな兄の様子をエレナは物陰から眺めていた。


凶器よ、ホットドッグは。

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