宴会芸
宴もたけなわとなり、誰からともなく隠し芸やら特技やらを披露し始める。
とはいえ、魔法などのある種の超技能を有する者も多いこの席、多少の隠し芸程度では当然盛り上がりそうもない。
だが、そこはしっかりと場の空気を盛り上げることに長ける者もいるのである。
「一番っ!! 『真っ直ぐコガネ』所属、ソリオ様の子分にして永遠の愛奴隷、《剣闘姫》のコルト……男共の熱い期待に応えて……脱ぎますっ!!」
初っぱなからストリップ宣言でかっ飛ばすコルト。
ユイシークやレグナムなど、このようなノリに慣れている者が、指笛を吹いて囃し立てる。一方、辰巳や康貴、隆などのすぐ傍に妻や恋人のいる者たちは、コルトのストリップ宣言に男の本能を刺激されるも、直視するわけにはいかずに視線をあちこちに彷徨わせる。
そしてこの場で最もこのようなノリに慣れていない潤は、顔を真っ赤にさせて両手でその顔を覆っていた。
「ちゃんちゃかちゃんちゃんちゃんちゃんちゃん。ちゃんちゃかちゃんちゃんちゃんちゃんちゃん。ちゃらら~ちゃららったらら~」
一体どこで聞き覚えたのか、国民的コメディアンの名ギャグ、「ちょっとだけよ」で有名な例のメロディを口ずさみながら、コルトはゆっくりと浴衣を締める帯を緩め、そっと両肩を露出させつつ観客に背中を向ける。
そして、肩越しにちらりと観客へと視線を向け、ぱちりとウインク。儚げな印象のエルフ少女の妖艶な仕草に、男たちのテンションは否でも上がる。
そんな中、『真っ直ぐコガネ』の面々だけがにやにやとした笑みを浮かべていた。
コルトの着ている浴衣がゆっくりと下ろされていき、白い背中が完全に露出する。だが、浴衣は止まることなく更に下がり、いよいよお尻の割れ目が覗きそうに………なったところで。
突然、コルトはばさりと浴衣を大きく翻しつつ脱ぎ捨てて、前を向く。すると当然、彼女の生まれたままの姿が観客たちの目に入るわけで。
「うわあああああああああああっ!?」
「ぎゃあああああああああああっ!!」
「ぴああああああああああああっ!?」
コルトの「ありのまま」の姿を見た潤と隆、そしてエルが奇怪な悲鳴を上げた。
なぜなら、一同の視線の先にいたはずのエルフ少女の姿は消え失せており、代わりに一体の骸骨がカタカタと骨を鳴らしながら佇んでいたのだから。
ホラー系に弱い潤や隆、そしてアンデット恐怖症であるエルが悲鳴を上げるのも無理はない光景だった。
「がっはっはっはっ!! いがかッスか、あっしの魅惑のボディを見た感想は?」
骸骨がくねくねとセクスィな──肉があれば──ポーズを決めながら一同に尋ねる。
「え……? も、もしかして……コルトさん……なの……?」
真っ青な顔色であさひの胴体に抱き着いたまま、恐る恐る潤が尋ねた。
そう。コルトの普段の儚げな印象のエルフ少女の姿は、実は幻影なのだ。彼女の本体は見た通りの骸骨。だが、誤解してはいけない。コルトは決してアンデット系のスケルトンではなく、コンストラクト系のボーンゴーレムなのである。
「はははははははっ!! こいつはおもしれぇ。なあソリオ、この骸骨、俺にしばらくの間貸してくれないか?」
「いや、貸すとか借りるとかコルトは物じゃないし。そもそも、コルトを借りて何をするつもりだよ、ユイシークさんは?」
「もちろんあいつを使って、城の使用人や時々城に泊まる貴族たちを、夜中に驚かせるに決まっているだろ」
まるで悪戯小僧のような笑みを浮かべるユイシークの周囲で、彼の妻たちが困ったように溜め息を吐き出した。
「ふふふふ、確かに骸骨には驚かされましたが、芸としてはまだまだ甘いですっ!!」
いまだに骸骨の姿でカタカタと踊っているコルトを指差し、すくっと立ち上がったのはクルルである。
その際、彼女の巨大な胸がぽよんと跳ねるのを、男性陣はちゃっかりと見ていたが表面上は素知らぬふり。
「見るがいいですっ!! これこそが本物の芸というものっ!! 自分が変身した姿……神々しいまでの神鳥の姿をっ!!」
ずびしっと天井を指差したクルルの姿が眩しい光に包まれる。そしてその光が消えると、そこには一羽の鳥がいた。
全長は30センチから40センチぐらい。全身を黄色い羽毛に包まれた、ぴんと伸びたトサカと頬のオレンジのチークパッチが特徴的な、とても愛らしい姿をしたオカメインコ……もとい、神聖なる神鳥である。
「どーですか、自分のこの神々しい姿っ!! これこそ神鳥っ!! この神鳥に変身できる自分こ────」
「オカメインコだあああああああっ!!」
「────そぅわぅみゅううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!?」
ばさりと翼を翻し、自らを神鳥であると説明するクルルを、突然彼女の傍に現れた青年が両手でがっしりと捕まえた。
「ああ、この独特の羽毛の感触、間違いなくオカメインコ……潤くん、このオカメインコ、俺がもらってもいいかな? いいよね? うん、もうもらった!」
「え、えっと……クルルはオカメインコじゃ……」
潤の言葉に耳を貸すこともなく、とってもいい笑顔で潤にそう宣言したのはもちろん辰巳である。無類の鳥好きである彼の前でオカメインコ──実際は神鳥の幼生──に変身したクルルの災難であった。
ちなみに、クルルが唯一使える魔法がこの神鳥の幼生への変身であり、そんなクルルは突然がっしりと捕まえられて、辰巳の手の中で目を回している。
クルルのことなど気にすることもなく、すりすりと頬ずりをする辰巳の背後に、ふらりと妖気を纏った人影が立つ。
「ご・しゅ・じ・ん・さ・ま・?」
にっこりと笑顔を浮かべつつ、カルセドニアの右手ががっちりと辰巳の頭部に食い込む。
「ご主人様のオカメインコは私だけですっ!!」
「い、いや、確かにチーコは俺のものだけど……ほ、ほら、チーコはホワイトフェイスだったけど、このオカメはルチノーだし……あと、地味に頭が痛いなぁ」
「関係ありませんっ!!」
ムスッと頬を膨らませたカルセドニアは、きりきりと辰巳の頭を締め上げつつ引っ張って宴会場の隅っこへと移動する。
そしてそこで、前世のように辰巳にすりすりと甘え始めるカルセドニアを、この場に集っている皆は揃って見ないことにした。
「いや、どいつもこいつも濃い芸を持っているじゃねえか。よし、そろそろ真打ちの登場といこうか!」
楽しげに笑うユイシークの視線が、ぴたりとリョウトの所で留められる。
「アニキ、出番だぜ!」
「自分で何かするわけじゃなく、僕に振るのか……」
大きく肩を落としつつも、ユイシークに指名されたリョウトは、電灯によって作られた自らの影の中にずぼりと片手を突っ込んだ。
「ほう、異世界に来てもマーベクの力は使えるんだな」
「どうやら、そうみたいだね」
感心するルベッタに微笑みかけつつ、リョウトが影から腕を引き抜く。すると、そこには先程まではなかった物──リュートが握られていた。
リョウト・グララン。今でこそカノルドス王国の子爵であるものの、以前は吟遊詩人としても名を馳せた彼のその技量は、今も決して衰えてはいない。
数度リュートの弦を爪弾いて調子を確かめた後、リョウトは朗々と歌い出す。
それは彼とその妻たち、そして一人の偉大な王と王を愛する女性たちが暮らす世界の歌。
飛竜が大空を悠然と舞い、白と黒の斑模様の大熊が森を駆け、漆黒の巨大な鯨が海ではなく影の中を泳ぎ、黒い粘塊が人知れず静かに暮らし、大河の中を岩のような鱗に覆われた巨大魚が行き来し、そして強靭な力と高い叡智を誇る竜たちが微睡む、そんな世界の歌。
危険に満ちていながら、それでも人々が笑顔で暮らせるのは一人の王がいるから。以前の腐敗しきった国ではなく、一人の王が打ち建てた新たな国だから、人々は苦しいはずの日々の中でも笑顔を浮かべることができるのだ、とリョウトは低くよく響く声で歌い上げる。
彼の歌は聞く者の心をゆっくりと捕えていき、いつしか誰もが思い思いに彼の歌に耳を傾けていた。
カルセドニアは辰巳の膝に頭を乗せながら、潤はあさひの肩に頭を傾け、美晴やあおい、サイファやスペーシアたちは、そっと夫や恋人と身を寄せ合いながら。
ミフィシーリアたちはユイシークを取り囲むように集まり、リョウトの妻たちはしっとりと濡れた視線を夫へと送って。
それこそカミィやクラルーでさえもが、箸を休めて彼の歌に聞き入っていくのだった。
「さすがは本職の吟遊詩人ですね、リョウトさん。あの歌には引き込まれましたよ」
「康貴センセの言う通りだな。そういや、辰巳くんもギターが弾けるんだろ? 今度、リョウトさんとセッションとかどうだ?」
「いや、俺の場合は単なる下手の横好きだから、本職と一緒に演奏するのはちょっと無理かなぁ」
「こっちの世界の楽器か。それは興味あるな。今度僕に見せてくれないか?」
「おう、いいじゃねえか。タツミとアニキが一緒に演奏すれば、きっと盛り上がるだろうぜ」
「わー、僕も是非、お二人の演奏が聞きたいです!」
「その時は、僕も是非ご一緒させてください。こう見えても、ピアノならちょっとは自信ありますから」
「へー、フクタロウも楽器が弾けるのか。皆、それなりに芸があるんだな」
「なあ、レグナムの旦那。これからは冒険者も芸の一つぐらいは身に着けたほうがいいと思うか?」
「ヴェルやソリオたちとオレとでは世界が違うから、一概には言えないが……オレの知る限りでは、傭兵たちの間で楽器が弾ける奴は人気があったな。傭兵の仕事中は、どうしても娯楽に欠けるからな」
「俺も技能データをインストールすれば楽器も弾けるけど……そういうのに頼りきりってのもどうかなぁ」
わいわいと裸の男たちが楽しげに語り合う、ここはホテルの大浴場。その男湯である。
宴会がお開きになった後、康貴たちは揃って再び温泉に入ることにした。
今頃、女湯では女性陣も思い思いに楽しんでいることだろう。その証拠に、壁を隔てた向こうから楽しげな声が聞こえてくる。
壁向こうの黄色い声にちょっとだけどぎまぎしながらも、康貴と隆は目の前にいる男たちの肉体から離れない。
ユイシークやリョウト、そしてレグナムや辰巳、ソリオやヴェルファイアといった、異世界で命をかけて戦う男たちの、鍛え抜かれた肉体が目の前にある。
競技用の肉体ではなく、実際に戦うために鍛え上げられた、まさに鋼のような肉体。そのある種の美しさは、変な趣味のない同性の目から見ても実に格好いい。
「…………みんな、凄い身体しているなぁ……」
「……自分の普通の身体が何となく恥ずかしくなりますね……」
魔獣狩りや冒険者、そして魔祓い師に傭兵といった日々命懸けで戦い続ける男たちの肉体には、あちこちに大小様々な傷跡などもあり、それがある種の迫力を醸し出していた。
「……何気に、潤くんも鍛えられた身体しているしな……」
ぽつりと呟きながら、隆が潤の身体を眺める。
この中では最も小柄で最年少である潤だが、実家が古流武術の流れを汲む空手道場ということもあり、幼い頃から空手に親しんだ彼の実力は黒帯である。もちろん、腹筋だってしっかり割れているのだ。
アスリートでもなければ戦士でもないのは、この中では康貴と隆、そして福太郎と和人。だが、将来は防衛大学を経て自衛隊に入ることが目的である和人もまた、日々身体を鍛えることは欠かしていない。
康貴たちとて決して太っているわけではない。彼らの体形はごく普通なのだが、やはり戦う男たちと比べるとどうしたって見劣りしてしまう。
「家に帰ったら、これから毎朝走り込みでもしてみようかな」
「お、いいね。俺も付き合うぜ、康貴」
「僕も仕事の合間に、どこかのジムにでも通ってみましょうか。最近は24時間対応してくれるジムもあるようですし」
鍛え抜かれた男たちに囲まれて、少しは自分も鍛えてみようと思う三人であった。




