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第一楽章最終節

「いーよなー、調整官なんて。俺なんか家が部品作ってる工場でその手伝いだぜ?」


 学校でクラスメイトと世間話をしていた。


「良いじゃねえか、武器商人みたいでかっこいいじゃん。うちなんか農家だぜ?」


「武器商人ってお前、今まで作ってた工作機の部品製造止めて銃弾作ってるだけだよ」


 それぞれ受け持っている仕事の事でワイワイと盛り上がっている。


「そんな良いもんじゃないんだよ。もっぱら書類の翻訳作業だし、それに『出島機関』だって。どこの馬鹿がこんなアホな名前付けたのか」


 対外機関とはいえ現在交流を持っているのはナルトラウシュ辺境伯だけで、彼らの使いで来る行商隊以外ほとんど河原崎町に人が来る事は無い。


 そのため紀一郎の仕事はナルトラウシュから送られてくる様々な公文書や書籍などの翻訳作業に当てられていた。


「今度の休み皆で遊ばねぇ?」


「OK! 久々野球しようぜ、野球。元萩野小VS東小でさ!」


 話は飛び完全オフになる日曜日に何して過ごすかの話題になるのだが。


「悪い、調整官の仕事とか勉強とか余裕無くてさ。今回はパスするわ」


「そっかー。じゃあまた今度な」


 授業や調整官の仕事は普通にこなすのだが、それ以外の事はずっと手に付かないでいた。理由は分かっているのだが……。


 悪いと思いつつも誘いを断わる。その後チャイムが鳴ると教師がHRにやって来る。


 四限の授業が終わると町の外に作られた『出島機関』に向かった。


 町の周りにはいくつかの出入り口を除いて二m近い堀が張り巡らされていて、さらにその周辺を鉄条網でガチガチにガードして侵入出来ないようにされている。


 町の正面にある出入り口の先に文字通り出っ張ったように対外機関が設置され、外部者やその荷物のチェックや対応が行われる。


 それだけでなく、外から来た者が一時的に宿泊できる施設や医療施設、自衛隊の詰め所に馬を預かる施設など、文字通りかつて長崎県にあった『出島』を彷彿とさせる様相を呈し始めていた。


「昨日来た行商隊の書類どうなってる?」


 自衛隊から出向という形で配属された明石一尉が執務室に顔を見せる。


 ここ出島機関はお役所というよりもかつてイラクのサマワ地方で行われた自衛隊海外活動のそれに近く、出島内だけで出来る限り全てを完結できるように制度設計されている。


 そのため運営は基本的に自衛隊が受け持ち、紀一郎など一部の民間人を除いて自衛隊員で構成されているのだ。


「出来てますよ、見ますか?」


 紀一郎は行商隊から提出された、荷物の目録や人員の情報を翻訳した書類を渡す。


「サンキュー。こればっかりは調整官殿にしか出来ない事だからな~」


 書類をまじまじと読み込む。


「このエセル麦ってなに?」


「検査して調べてもらった所、ライ麦に非常に似いる麦だそうです」


「ライ麦で良いじゃん。じゃあコール麦ってのは?」


「小麦に良く似た種類の麦だそうで……」


「小麦で良いじゃん」


 明石のもっともな意見に苦笑いながら話を進める。


「そうですね、これからは日本の世界にあわせた名称を使いましょう。送られてきたサンプル品で安全上問題無いってなったら本格的に輸入開始です。っとすみません」


 不意に電話が鳴る。明石は気を利かせて執務室を後にした。


「はい、加賀です」


「俺だ。今大丈夫か?」


 声の主は南部武人だった。


「どうしました?」


「どうしたじゃねえよ。カウンセリング受けろって言われてたのに、行ってないだろ? 祐姉さんから受診に来るよう釘刺しとけって、俺が怒られたんだぞ」


「別に何処も悪くないんですけどねえ」


「ならそれを直接行って言え!」


 ガチャンっと大きな音を立てて電話が切れる。


 ナルトラウシュ領で起きた一連の事件で心的外傷ストレス等の後遺症を患わないよう、ケアを受けるようにと言われていたのだ。


 しかしそれを受ける気にはならず避けていたのだが、渋々受ける事にする。


 一段落つかせた紀一郎は祐木診療所のを訪れた。


「どうも、マチコ先生」


 診察室には白衣を着た二十代の女性が座っている。


「マチコ先生言うな。お前元ネタなんて見たこと無いだろ」


 彼女の名は祐木 真希子。


 この町の出身で東京の医大に進学したのだが、インターンを終えて実家に帰省していた所、例の転移事件に遭遇して今にいたる。


 近所のお姉さんとして紀一郎や鈴谷達とも良く知る人物だ。


「君のせいで昼食がまだなんだ、さっさと始めよう」


「じゃあ今日は帰りますね。また日を改めてって事で……」


 その刹那キックボクサーばりのミドルキックが脇腹に突き刺ささる。紀一郎は苦悶の表情で床に崩れ落ちた。


「い、痛い……、怪我したらどうするんですか」


「ここは病院だから問題ない」


「昔っから足癖が悪い……」


「昔の君は素直で良い子だったんだがな、これ以上怪我したくなかったら始めるぞ」


 渋々カウンセリングを受ける。


 さらわれた時の状況や獄中生活など、当時の状況や今の心境などが聞かれた。


 しかし自分の内面を知られる事を嫌う紀一郎は、いつもそうするように真面目に答えつつ核心的な部分には触れないように受け答えをする。


 しかし彼についてよく知っている祐木はその態度に段々とイラついていた。


「色々と話をしてくれて助かるよ」


「ええ、もちろんです。祐木先生の為ですから」


 白々しく答える。


「君はそうやって協力的に適当な話をしていれば、カウンセリングを終わりに出来ると思っているのか?」


「それはもう…… ゴホン、ごほん」


 次の瞬間パンプスの先が弁慶の泣き所に突き刺さった。


「どうした? 床で寝ると風邪引くぞ」


 苦悶する紀一郎を冷たい目で見下ろす。


「ちゃんと思っている事を話せ。さもないと昔私にくれたラブレターを読んじゃうぞ」


 みるみる紀一郎の顔が赤くなる。幼稚園の頃にラブレターを書いて祐木に渡した事を思い出した。


「まだ覚えてたんですか!? こういうのは忘れてあげるのも優しさですよ!」


 変わらず冷たい表情のまま微笑む。


「ちゃんと話すんだ。それも君の仕事の内だ」


「誰にも言いません?」


「医者にはな、守秘義務ってやつがあるんだよ。ラブレターの件だって今まで誰にも話した事ないんだ。信用して良い」


 紀一郎は腹を決めたように口を開き始める。


「町に戻ってきてから、よく彼女の夢を見ます」


「彼女っていうのは?」


「先生も知っているでしょう? エメライン・スヴェルですよ」


「どういう内容の夢か覚えてる? 毎回同じ夢?」


「内容は覚えていないんです。覚えているのは、エメラインが出て来た事だけ……」


「夜中に飛び起きたり?」


「ありますよ。ただその後は大体気持ちが落ち込んで眠れませんけどね」


 エメラインの姿を思い浮かべる。


 何度も見たはずなのだが、笑顔は思い浮かべる事が出来ない。思い浮かぶのは最後の悲しそうな表情だった。


「そのエメラインって子について聞かせてくれる?」


「良い子でしたよ。可愛くて、やさしくて、でもちょっと気が強くて。だけど……」


「だけど?」


「ある時からずっと悩んでいるみたいでした。でも彼女が何を悩んでいたのか、結局最後まで分からないまま。もしかしたらあの時、何か出来きた事があったんじゃないかって。そうしたら違う未来があったんじゃないかって」


「悔やんでる?」


「後悔と言っていいのか、ちょっと違う気もするけど……。」


 声に出して言いたい事が沢山あるはずなのだが、それ以上口にする事が出来なかった。


 結局のところ自分の無力さと不甲斐なさに辟易していただけだったからだ。


「そうか……、じゃあこれから昼食だから、帰っていいよ」


 祐木の意外な返答に面食らった。


「えっ!? ちょっと待って、もう終わり? 心理テストとかしないんですか?」


 馬鹿にした表情で首を振る。


「忙しいんだ、そういうのがしたかったら雑誌の心理クイズとかでやってくれ」


「夜眠れなくて困ってるんですよ!?」


「そうね、夜は寝た方が良い」


 中途半端な感じで追い出されそうになっている事に戸惑い食い下がるのだが、結局診察室から出される事になる。


「君は、君が自分で思っているよりもずっと良い男だ。いつか違う人を好きになる時が来る。さぁ、もう行ってくれ」


 結局治療を受けたという実感の無いままカウンセリングを終えた。


 紀一郎を送り届けた祐木はある所に電話をかける。


「祐木医院の祐木真希子です。はい、終わりました。診たところ問題は無いでしょう、これからは週一位で問題無いと思います。はい、それじゃあ……」


 簡素に話を伝えるとすぐに電話を切る。


(あのちびっ子が大人になったもんだねぇ~)


 含みのある顔で笑った。




 ある日の早朝、鈴谷八重はいつものように本庁舎で色々な報告を受けていた。


「かねてから検討されていました護衛艦の建造再開に関してですが、機材・装備の調達などを含めて維持管理が可能と判断されました。委員会から了承が得られれば、三ヶ月程で就航させることが出来ます」


 学校があって午後からしか代表の仕事に取り掛かれないので、役所や自衛隊のスタッフが午前中無駄なく動けるようにと朝のうちに報告や指示を行っているのだ。


 ニコニコといつもする外面の良い笑顔で聞いている。


「私は賛成です。完成すれば海上自衛隊の皆さんも肩身の狭い思いをしなくて済むでしょうね。委員会を説得してみます」


「ありがとうございます。いつでも取り掛かれるように準備をしておきます」


 報告に来ていた藤原二佐は胸を撫で下ろした。


 実は転移事件が起きる前、三月の段階で完成間近という事で乗艦予定だった乗員と海上自衛基地職員がすでに河原崎町に入っており、その後の建造中止でそのままずるずると何も出来る事も無く、宙ぶらりの状態になっていたのだ。


 任務と装備のある空自や陸自と違い、乗る船も無く陸でひたすら自主訓練をしているだけだった。


「これで本格的な海域調査や海底調査が出来るようになり、安全性が確認されれば漁業を再開できます」


「護岸工事の方はどうなっていますか?」


 同席していた河原崎町役所の相田 貴次助役が説明を始める。


「関係者と検討した結果、港の機能を移す事になりました。しかし乾ドックはさすがに移せません。工事関係者と協議した結果、人口の運河を作る事で決まりました。両者とも工期は三ヶ月を予定しています」


「そんなに早く作れるんですか?」


 鈴谷は驚いた。ちょっとした道路工事ですら、長々とチンタラやっているイメージだったからだ。


「日本では用地買収と反対する近隣住人との折衝に時間が掛かり過ぎるだけで、工事だけならものすごく早いんですよ。今回は用地買収も何も必要ありませんから」


 嬉々として説明する。日本にいた頃は色々とあったのだろう。


「安全第一でお願いします」


 それから一通り話が終わると、藤原が口を開いた。


「それと今日は戴冠式がありますので、夜の予定は空けておいてくださいね」


 聞き慣れない言葉にここにいるそれぞれがある反応をする。大きく分けて二つ、嫌な顔をするかクスッと、もしくはニヤッと笑うかだ。


「就任式の事ですね。服装って制服でいいのかしら?」


「もちろん。オジサン連中ですから、喜ばれると思いますよ」


 周囲に笑いが起こる。朝のミーティングは終了した。



 夜になり町の山中に紀一郎を始め、多くの人々が集まっていた。


「うー、寒い。前に比べて温かくなってきたけど、まだ夜は寒いんだから勘弁して欲しいよ」


 ここファンタジー世界での河原崎町は若干気温が低いものの、ほぼ日本にあった頃の気候と酷似している。


「ぷっすっすw カロカロ氏、我慢するでありまつw 今日の主役は鈴谷代表様なのでつからw それに夏はもう既に始まっているでありまつよw」


 一人だけ暑そうに汗をかいている揚屋が横で話しかける。皮下脂肪が多いとこんなにも違うのだろうか?


「なんで揚屋までいんの? 遠野さんだって居ないのに」


 ほとんどが自衛隊や役所などの大人達なのだが、その中に混じって入っていた。


「拙者は時空転移調査部付きの観測官でありまつよw ならば今回ここにいるのも当然!」


「あー、分かった分かった。ところでいつ開くの? 予定時間過ぎてっけど」


 学校で何度もこの種の自慢話をされており、ウンザリしたように流す。


「こういうのはどうしても誤差があるのでつw」


 紀一郎は何気なく周囲を見回した。


 地面にはこっちに転移してから引いたと思われる線路が町まで通っており、それ以外にも彼には何に使うのか分からない様々な機材が設置されている。


 鈴谷を見ると南部武人を始めとする学校の取り巻きと、大勢の大人に囲まれ立っていた。


 あれだけの人に囲まれてよくまあ物怖じせずにいられるものだと感心する。不意に目が合うと手招きされた。じき始まるから近くに居ろだそうだ。


 それからさらに一時間以上の時間が過ぎた。


 さすがに辟易していると不意に前方の風景が歪み始める。


 言葉も無くそれを注視していると大きなトンネルが開いたように違う景色が現れた。


「おーし! 急げー! 線路をつなげろ!」


 変化が安定すると慣れたように怒号が飛び、自衛隊員達が作業を始める。


 反対側からも人が現れて同じように作業を始めていた。


 互いに線路を繋げると向こう側から貨物用の機関車が現れて、次々と貨物コンテナを運び込んでいる。


「すごい……! 向こうは本当に日本なのか? 僕が居ない間にこんな事になってたとは!」


 話を聞いていたものの、半信半疑だったのだが実際に目の当たりにして驚きを見せた。


「誤差約三時間。前回は六時間でつたからw 中々の短縮でありまつw 拙者、自分の才能が怖いでありまつw」


 自慢げに揚屋が語る。


 前回ホールが開いた時に必要な物資などの要望を聞き、また必要となるだろう物資なども予測して用意しておく。そしてホールが開くとピストン輸送で運ぶのだそうだ。


「逆にこちらからは色々なサンプルデータやこっちの世界の情報を送る訳だ」


「win・winでありまつw」


 作業員の一切無駄の無い動きに感心していると、カーキ色の迷彩服や作業服の中で一人、スーツ姿の男が現れた。鈴谷の下へ行き軽く挨拶をすると、紀一郎の方へ向かってくる。


「加賀 紀一郎君だね。内閣官房内務局付き転移地調整官の池田一誌です。無事でなによりです」


「はい……、ありがとうございます」


 初めて感じる高級官僚独特のエリートオーラに珍しく気圧される。


「そんなに緊張しなくていい、私は君達の味方だ」


 とっつきにくそうに見えるが、意外に人懐っこい笑顔を見せる。


 話を聞くと彼はこの転移現象における担当責任者なのだそうだ。


 ホールが開いた時に次回届ける補給品の折衝などを行い、また前回提出された報告書などを受けて様々な問題の助言や政府からの指示を伝えるという。


 紀一郎は自分で勝手に名乗っただけなのだが、偶然だが同じ調整官という肩書きに妙な親近感を覚えた。


「一応聞いておくけど、希望するなら日本へ移住する事ができる。君はどうするかね?」


「他の人はどうしたんですか?」


「見ての通りだよ。治療が必要な重病人とか、寝たきりや身寄りの無い介護が必要なご老人等を除いてほとんどの人がここに残っている。もちろん君のご家族もね」


 鈴谷を見る。今の話にまったく気をとめる素振りさえ見せない。


 紀一郎がどう答えるか始めから分かりきっているという顔だ。なんとなく気に食わないが、だからといって変える訳にはいかなかった。


「なら、僕も残ります。ここが僕達の町ですから」


「ありがとう、君の力は極めて重要だ。これからもよろしく頼む。それじゃあ、また会う事もあるでしょう」


 上品に会釈をするとその場を離れ、鈴谷の下へ戻る。


「このたび日本政府より河原崎町に総督府の開府と、鈴谷臨時代表の総督就任が正式に承認されました。総督は国務大臣に次ぐ序列となります。こちらが信任状です」


 小脇に抱えていた上等な漆塗りの箱を開く。中には賞状の様な紙が入っており、箱ごと鈴谷に手渡した。


「ありがとうございます。御名御璽、謹んでお受けいたします」


 畏まって一礼をする。


 周囲には緊張した不思議な空気が流れた。


「委員の組閣やその他人事案に関しても了承が済んでいます。このままお進め下さい。就任おめでとうございます」


 最敬礼で鈴谷を称える。すると周囲から歓声が上がった。


 それから様々な作業を見守った後、ホールが閉じ始めると向こう側へ帰っていった。



「まさか日本政府すらも抱き込んじまうとは……、おっそろしい人だ」


 ワームホールが閉じてそれぞれが後片付けをしている中、先程の光景に度肝を抜かれていた。


「上手く河原崎町の運営をしてくれるなら、この際女子高生でも構わないってスタンスなんだって。でも、そういうカロっちも大概だと思うけど?」


 独り言で言ったのだが、鈴谷の取り巻きとして一緒に来ていた鹿野明日実が、何故か横に立っていて答える。


「あれ? 会長帰ったけど、まだいたんだ?」


「鈴谷総督よ」


「そう、総督。なんだかコロコロ肩書きが変わるね」


「そうね」


 微妙な空気が流れる。何か自分に用があってここに残っているのだろうが……。


「どったの?」


 空気を読みたがる紀一郎がしかたなく鹿野に話しかける。


「ねえカロっち……。お願いがあるんだけど、聞いてくれる?」


 わざとらしい程の可愛らしい仕草で紀一郎に擦り寄って行く。


「内容によるけど……」


「私、出島機関で働きたいの。それでカロっちに何とかして欲しいな~って」

 紀一郎はやっぱり……、という気持ちになる。


 少し前からやたらと出島機関について聞いてきたからだ。誰にも邪魔されずに話を出来る機会を伺っていたのだろう。


「無理だよ」


「え~!、なんで?」


 友人からの頼みをほとんど断らない紀一郎の意外な即答に落胆を見せる。


「危ないから」


「カロっちだって行ってるジャン!」


「僕は基本的に日本人しか入れない専用区域内で仕事してるから、一応安全なんだよ」


「でも通訳とかしてるんでしょ?」


「僕が現地の人が居る区域に行くときは、自衛隊の護衛が付くんだよ。それに人買いみたいな連中もやって来る事もあるし、万が一鹿野さんがさらわれるなんて事が起きたら取り返しがつかない。鈴谷総督を護る為にも出来ないんだよ」


 鈴谷の名前を出されて怯んでしまう。紀一郎は『鈴谷 八重』の事に関してだけは絶対に譲らないと、みんな知っているからだ。


「なら日本人専用区域内でもいいから、お願い! 役に立つから」


 それでも諦めない鹿野に紀一郎から折れる。


 クラスメイトの可愛い女子に言い寄られるのは、悪い気はしなかった。


「今、現地語の語学カリキュラムを作ってるんだ。それを受けてみたらどう? 合格できれば僕の方からも働きかけてみるから」


「ホント!?」


 パンパンと紀一郎の肩を叩く。パーッと表情が明るくなり大喜びで礼を言うと、あっさりと帰っていった。


「カロっち大好き~!」


 去り際にとんでもない言葉を置いて行き、紀一郎の顔を赤くさせる。



 翌日のプライムタイム。


 河原崎町のローカルTV放送で(当たり前だが)鈴谷八重が河原崎総督府の開府と初代総督就任が発表され、テレビ演説が行われた。


 視聴率は六十%を超え、様々な人々が様々な思いでそれを視聴する。


 紀一郎も出島機関の三郡調整官室でそれを観ていた。


(おめでとうございます)


 複雑な胸中で小さく呟く。


 エメラインと離れて以来、自身の目標が失われてしまっていたからだ。


 それでも回り続ける河原崎町の生活に身をゆだねる事しかできない。


 新しい世界は新しい人生を与えてくれるとは限らないからだ。


 後日、旧生徒会のメンバー達が非公式に行った支持率調査によると、消極的支持も含めて七十%前半を叩き出した(うち十二歳~十八歳までの年齢層からの支持率は九十五%を記録した)

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