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黒峰志貴ー探し人と婚約者

黒峰志貴視点。

……彼は前世から、彼女以外が見えない。

 ……青信号を渡っているとき、大型トラックが突っ込んで来るなんて、誰も思いもしないことでしょう。


 僕と妹の詩は、この近くであった子供向けのイベントを楽しんで帰る途中でした。護衛はいましたけれど。車も普通の乗用車で、駐車場まで歩いて向かった方が目立たないので、手をつないで歩いて向かって、その途中、護衛に首を引っ張られて後ろに下がると、……目の前の男の子が突き飛ばされて、女の子がトラックに轢かれた……。

 その瞬間、猛烈な頭痛と、知らない筈の記憶の奔流に呑み込まれて……意識を失いました……。




 ……数日後。僕はようやく意識を戻し、じっくりとその記憶を確認することができました。僕と同じく、あの事故のショックで熱を出したりした子供が多かったことから、僕の熱の原因もそれだろうとされて、問題はなくなりました。……実際は違ったわけでしたけど。


 僕の思い出した記憶。恐らくは前世と呼ばれるものの記憶。前世の僕はゲームのプログラマーで、ライトノベルなども嗜んでいましたから、当然この手の話はよく読んでいました。

 『彼女』とも、それが切っ掛けで親しくなることができたのですから。

 ですが、まさか、僕自身が関わる予定だったゲームの世界に転生とは……。現実とは物語以上に不思議なものです。……というか、こういうのは創作だけで充分なんですけれどね……。


 記憶が戻ったあとは、じっくりとこの世界、そして僕や他の攻略対象者やキャラクターのことを思い出していたのですが、……そこに妹の詩が来たのです。


「失礼します。……! お兄様、その歌は⁉」

「え?」

ffフォルティッシモでは、ありませんの……⁉」

「詩……、君は」

「茜……。七瀬茜ななせあかね、ですわ」

「そうか……」


そうか。詩が茜さん、だったのか。それなら。


「そうすると、葵も生まれ変わっているかもしれないんだね……」

「って、そちらですの!」


 そちらって、僕にとってはそちらの方が重要ですよ?


「ああ、僕は葉月響だよ。詩には申し訳ないけれど、僕にとっては『彼女』の方が重要だからね」

「……。それは同感ですわ。響さんもといお兄様よりも、葵姉さんのほうが重要です」


 うん。安定のシスコンぶりですね。


 ……もともと、黒峰詩くろみねうたというキャラは、極度の人見知りで、重度のブラコンのキャラでした。中身が茜さんだったために、人見知りの部分はなくなっていたようですね。

 僕自身、本来ならば勉強よりも音楽が好きで、そちらにかまけて勉強をおろそかにして、両親とあまり意思の疎通ができないようなキャラだったんですけれど、現在は、勉強はトップ。音楽はゲームと同じく好きですが、それだけにかまけてはいませんし、ついでに今回の事故で両親の喧嘩もなくなったようですし。


「詩。まずは葵を捜そう」

「当然ですわ。ですが、どこから捜しますか」


 知らない人間を、居るかどうかすらあやしい人間を捜すのに、他人の手を借りるのは難しいでしょう。ですからここは。


「恐らく、ゲーム開始の時期には、葵も学園にいるはずだから、まずは一般の学校から捜すのを始めよう。学園にいったあとは、他に転校するのは難しいからね」

「そうですわね。では、お兄様は公立の中学にいかれるのですか?」

「もともと、そのつもりだったからね。一般の学校も通って、どういうものかを知っておくことは重要だから」


 社会は僕たちのような家格のたかい人間よりも、一般の人の方が多いですからね。そうした営みを知らないと、今後苦労することは解っていますから。葵を捜すついでに、一般の生活も学びましょう。


「詩は……」

「わたくしは取り敢えずは、今の学校で捜してみますわ。中学についてはこれから考えます。学園とは別の女子高に行くのも、ひとつの方法ですもの」

「うん。それと、外部を招くようなイベントがあるときには行ってみないとね」

「そうですわね。……姉さんが音楽を嗜んでいてくだされば、捜すのはたぶん簡単なのですが」

「……そうだね」


 葵の、音楽。声優だっただけはあって歌がすごく上手だったけれど。それ以上に響きが暖かかった。わざと声音を変えてみても、彼女の歌は聴けばわかる。僕も詩もその事をはっきりと理解していました。


「音楽関係のイベントには、絶対にいこう」

「はい、もちろんですわ」


 僕たちは力強く頷き合いました。




 それから、一年以上捜して見つからずにいました。……手がかりが僕たちの記憶だけという状態で、そう簡単に見つからないのは当然ですが、そのせいでどうしても逢いたいという気持ちは募っていました。

 そうして、学園での文化祭。音楽関係にも力を入れていることもあり、いずれは通う予定でもあり、僕たちは2日間の両方を見に行きました。


 初日の声楽の発表は、確かになかなかのものでしたけれど、やはり彼女は居ないようでした。2日目の午前中は吹奏学部の演奏。こちらの演奏を聞いて、僕も詩もすぐに気がつきました。……あのピアノ演奏をしているのは……彼女だ!


 パンフレットによりますと、本来はピアノ演奏は別の奏者が行う予定だったようです。ですが、その演奏者の急病により、代理の『七瀬葵』が舞台にたったと……。


「……お兄様」

「間違いないね」


 僕たちは頷き合うと、すぐに『彼女?』を捜しました。……残念ながら、この人混みでは見つけることはできませんでしたが。


「どうなさいますの?」

「来年から転入しよう」

「では、お兄様は音楽科のほうをお願いしますわ」

「どうしてかな?」

「……作詞はどちらかといえば、国語のほうです……」


 ……設定通り、詩は音痴でした。ちなみにこれは前世からだったりもします。よく代わりに葵に歌わせていましたから。……作詞は本当に得意なのですけれどね……。

 ちなみに、前世では茜さんの作った詩に葵が曲をつけてよく歌っていました。




 そうして葵の生まれ変わりを見つけて、翌年僕たちは学園に入りました。

 男子の制服を着ていましたけれど、間違いなく女の子だったのは、僕と詩の一致した意見でした。

 そうして、僕は主に音楽科で、詩は普通科で彼女を捜して、2ヶ月がたちました。


 その日。僕は音楽室に忘れ物をして取りに向かう途中でした。……誰も使用してない筈の教室から、音が聴こえてきて興味を持ち、そっと隙間を空けると……。流れてきたのはピアノ曲にアレンジされたffフォルティッシモ、だったのです。

 僕は演奏者をじっと見つめて、そして歌詞を口ずさみました。

 演奏を終えた、普通科の少女は、僕のほうを観て戸惑っているようでした。


 しばらく彼女を見つめたあと、僕は彼女の、僕の知っている名を呼びました。


「葵」


 驚いたような表情をすると、彼女は僕にしがみついてきました。僕の胸に顔を埋めて泣きじゃくる彼女を、そっと抱き締めて落ち着くのを待ちました。


「……落ち着いた?」


 コクン、と頷くと葵は顔をあげました。改めて間近で見て、彼女が誰なのかわかりました。

 ……赤月の彼女。そう呼ばれていた少女です。もっとも、本来は彼の恋人は彼女の姉のはずですが。まあ、そばで仲良くしていれば、そう思われるのも当然なのでしょうが……。ちょっとイライラしますね。


「藍川、美樹、さんですね? 僕は黒峰志貴といいます」


 また、コクンと頷く。声を持たない以上、仕方ないのだろうけれど、やっぱり少し寂しいですね。


「それと僕の妹の詩、なんだけれど、……彼女は茜さんだよ」

「!」


 驚いたように僕の顔を見上げてくる。……そうでした。前世では彼女もシスコンでした。

 そして、僕たちに会いに来ることができなかったことを、謝ってくれました。


『ごめん。私から会いに行ければ良かったんだけど』


 声の代わりに、タブレットに文字を書き込む藍川さん。僕は気にしないように伝える。


「仕方がないよ。赤月君の過保護ぶりはかなり有名だから」


 別の学舎である芸術科のほうまでうわさになるくらい、彼の過保護ぶりは聞こえてきているのだから。


「後日、時間をくれるかな? 茜さんだった、妹の詩とふたりで、きちんと説明をするから。葵、あっと、今は藍川さんだね。君の事情も教えてくれるかな?」

『うん』


 ……残念ながら、時間切れのようですね。扉から男子生徒ふたりが入ってきました。

 一人は赤月彰。このゲームの要……だったのですが、今は違っていますね。五体満足ですから。

 もうひとりは藤白冬弥。……彼は、葵に気があるみたいですね。こちらを睨み付けています。


「待たせたな……?」

「ナンだオマエ⁉ ミキから離れろ!」


 ……初対面で乱暴に話すのはどうかと思いますが……。


「すみません。探していた人に会えて嬉かったものですから。

 僕は黒峰志貴と申します。妹共々、藍川さんのファンなので、またお会いできるようにお願いをしていたのですよ」


 にっこりと微笑んで、僕ははふたりに告げました。


「ファンてどういうコトだよ⁉」

「……いくつかのCD、それと去年の文化祭の演奏、ですね。僕も音楽は嗜んでおりますから、やはり知り合いたくなって、転入してきたんですよ。……妹共々」

「……なぜ、わかった?」

「音を聴けばわかりませんか?」

「……」


 本当に、彼女の音は分かりやすい。とても聴き心地がいいから。


「それでは僕は失礼をします。藍川さん、またお会いしましょう」


 僕は葵に微笑みかけて、そのまま音楽室を出ました。そして、ある程度の距離をとったあと、詩に電話をかけました。


「……詩、見つけたよ」

「……! 本当ですの? どこにいらしたのですか⁉」

「彼女は藍川美樹さん。例の赤月君の側にいつもいた子だよ」

「! あの方でしたの!」


 同じ普通科ですし、詩は彼女を遠目で見ることはあったようですが、どうも彼女を捜していることがあのふたりの気にさわったようで、隠されていたらしいですね。


「また会う約束はしたから。今度はふたりで会いに行こう?」

「もちろんですわ! 待っていてくださいまし、姉さん!」


 興奮していますね。まあ、気持ちはわかります。次にいつ会うか、計画を練らないとなりませんね。




 その、予定だったのですが……。


 現在、僕は父とふたりでとあるホテルにあるレストランで、彼女とお見合いをしていました……。

 最近、赤月関連の企業の業績が上がってきていましたので、繋がりを持つためですね。

 赤月には女子はおらず、男子のみと聞いていたので、本来ならばこの場には詩がいるべきなのでしょうが……。


『い・や・よ。わたくしは絶対に恋愛結婚をいたしますの! ですから、お見合いなんて絶対に い・や・で・す!』


という我儘もあり、こちらは見送られたのでした。かといって、女子がいない以上、僕は関係がないと思っていたのですが……。


『志貴。赤月の次男の秘書には娘がいるそうだよ。なんでも、姉の方は次男の息子と婚約をしているそうでね。つまり、もう一人の娘も、いわば赤月にとっては娘も同然だと思わないかい? というわけで、赤月の方に連絡をとってみたところ、了解がでたからね。次の休みはお見合いだよ』


となりました。……僕の意見はどこにいったのでしょう……。



 幸いだったのは、相手が藍川美樹さんだったことです。彼女が口を利けないのは関係なく、父と赤月さんは和やかに会話をしていました。

 『あとは若い子どうしで』という定型で送り出された僕たちは、ホテルの屋上にある庭園でゆっくりと話をしました。


 僕のこと。詩のこと。前世のこと。そして、これからのこと。

 僕自身の望みとして、彼女のことは欲しいと思いました。そして、彼女もそれを望んでくれました。


 数日後、僕たちの婚約は正式に決まりました。




「お兄様、ズルいですわ。わたくしはまだお会いしておりませんのに」

「ごめんね。急な話でもあったから。今度、家に遊びにきてくれる約束はしたからそのときにゆっくりと話そう?」

「……仕方がありませんわね。絶対ですわよ!」

「はい」


 にっこりと笑うと、ようやく気を落ち着けてくれたようでした。



 その後、美樹と詩も会うことができて、とても嬉しそうにしていました。ただ、詩の口調には戸惑っていたようですが。


「仕方ありませんわ。このように話すように仕付けられてしまったのですもの」


 生まれてから記憶が戻るまでの10年ほどの間に、話し方の癖はついてしまっていましたからね。それは僕もですが。

 美樹も葵と違って、すこし子供っぽい話し方になっていましたし。


『それでも、こうして居られることは、とても幸せです』


 そう、美樹が書くと、僕も詩も嬉しくなって、「そうだね」と笑い合いました。



 その後、赤月彰君と藤白冬弥君とも親しくなりましたが……。


「おい、オマエ、ミキのことちゃんとスキなのかよ?」


 そう、冬弥君が言ってきたのは、婚約が決まったあとで。


「はい。僕は確かに美樹のことを愛しています」

「あ、アイシテって!」


 僕の気持ちをはっきりと告げると、彼は真っ赤になりました。


「な、ならいい! だけど、ミキを泣かせたら、オレがミキを奪うからな!」

「肝に命じておきます」


 それから、普通に友人として親しくなることができました。


 そして、その年の夏休み。美樹は正式に赤月の次男の養子となり、僕と結納を交わしました。


「これから、よろしくね」

『はい。こちらこそ、よろしくお願い致します』


 頬を染め、微笑みながらの答えに嬉しくて、僕は思わず彼女に唇を落としました。

冬弥は美樹に対して、恋というよりも憧れが強かったため、ふたりの気持ちを確認後、すっぱりと諦めています。

友人としては、変わらずに過ごすこともしています。

ただ、いまのところ次のお相手はいませんが……。


次回投稿は、1日空きます。よろしくお願いします。


登場人物


黒峰志貴

バンドのボーカル役。

本来は、勉強を疎かにして親と反発するキャラでした。

今は、前世の記憶か、本来のスペックからか、勉強もトップ、仕事の手伝いもしているため、趣味の音楽も容認されてます。というより、親が一番のファンになっていたりします。

藍川改め赤月美樹を、溺愛もしています。

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