藍川美樹ー事故と赤月彰の恋
攻略者その1、幼馴染みの選んだこと。
事故からすでに二週間。なんか、あっという間だった。
事故から数日、どうやら私は生死の境をさまよっていたらしい。ぶつかって来たのは、居眠り運転の大型トラックだったそうで……。これと喧嘩して勝てるわけはない。
その間、留学中の姉さんが戻って来たそうなんだけど、私が峠を越えてもう大丈夫、となったらすぐに向こうに戻った。
というのも、重要な試験の直前だったそうで。間に合うギリギリまで側にいてくれたそうだ。……ほんとに妹思いの良い姉です。
その後、全身包帯ぐるぐる巻きの状態で、全く動けない……ので、看護師さんたちにいまだにお世話になっております。
まあ、お陰でゆっくりと事態を飲み込むこともできたし、記憶の整理もできたし、私としては悪くはなかったかな?
……なにより、あのゲームと違って、彰ー赤月彰は、事故にあって、失明することはなかった……。
なんの話か? って、私が前世の記憶持ちの転生者、らしいってことです。
前世で私は事故で即死して、今の私、藍川美樹に生まれ変わっていた。といってもその事に気づいたのは、今回の事故の時、だったけど。
どうやら、前世の死因と同じ状況になることで、記憶が戻ってきたんだね。
……もっとも、人格、というか性格はもともと前と変わってはいなかったけど。
もし、変わっていたら、ゲームの藍川美樹と同じ性格だったら、私は彰を救えなかった。だから、それはいい。
代わりに、彰が失明する代わりに、私が声を失ったとしても、私自身には後悔はない。ただ、無事でよかったと思うだけだから。
っと、話がそれました。
まあ、ゲームについて説明をしましょう。
よくライトノベルとかである、ゲーム世界への転生。それも乙女ゲーム転生で、彰は攻略対象のひとり、私は彰の過去を説明して、ヒロインの彰攻略を手伝うキーパーソン。
ゲームでの攻略対象は、とあるバンドのメンバー。彰の担当はキーボードだったな。その他に対象は4人いて、舞台は高校だった。
で、たまたま(別名歩都合主義)覆面バンドffの正体を知ったヒロインが、メンバーと恋愛模様を繰り広げるーーって、よくあるパターンの乙女ゲームだった。
ヒロインが関わる切っ掛けが失明した少年、彰……。
……だったけど、とりあえず大幅に変化しちゃったね。
今、私はまあ自分のしたことを納得してるけど、彰は私の隣で落ち込みまくってるよ。
無理もないか。トラックが突っ込んで来たとき、直線上にいた子供を抱きかばったところで、私がふたりを突き飛ばして代わりにひかれたわけだからね。
さすがに身代わりになられちゃ、落ち込んで当然だろうね。……ましてや、私は声を失った訳だし。
ただ、私自身はその方がよかったと感じてしまっている。
ゲームの『私』と違って、私は声楽は目指していない。医者いわく、声が出ない以外は全く問題がない位に回復する。つまり、会話は筆談になるけど、その他は普通に過ごせるってこと。
彰が失明してたら、普通に生活することすらできなくなる。それを考えれば、私の方が気楽な状態な訳で。
だけど、そんなこと知らない彰にしてみれば、落ち込むしかなくって、私のそばから離れようとしない。
まあ、学校は無理矢理行かせて、ノートをとらせている。
勉強は大事。私が必要だから、といえば取り合えず真面目に授業は受けてくれてる。
……まあ、退院まではこのままでいくしかないかなー。
……さっさと立ち直ってほしいんだけど。苦しませたい訳じゃないから……。
「美樹!」
私の名前を叫びつつ、ひとりの少女が病室に駆け込んできた。
……病院で大声を出してはいけません。走ってもいけません。
「……」
「大丈夫なの!」
彼女は私に近寄って顔を覗きこんだ。3つ上の姉、優希姉さんが、日本に帰ってきてすぐに見舞いに来てくれたのだ。
姉さんは、ある会社の社長をしている彰の父の援助を受けて、留学をしている。将来は、その会社に入ることを条件にされてるけど。っていうか、現在15ですでに高卒の知識を得ていて、今回の試験に合格すれば、大学入学だそうで。そっちはちょっとしっかりと学ぶって言ってたっけ。
で、無事に合格して、すぐにこっちに来るって連絡はあったけど……。まさか自宅にも寄らず直接来るとは思ってなかった。
姉さんは私の声が出ないことはちゃんと知っていて、私が姉さんを見つめて数回瞬くと、何となくわかってくれたようで、ホッと息をついた。
私の怪我、ほとんどが骨折と打撲。だけど、喉のところだけかなりひどく切り裂かれてて、正直頭を動かしたくなかったり……。骨折とかが直ったあと、傷を消す手術もする予定。
ーね、え、さ、ん、あ、き、ら、をー
一文字ずつ口を動かすと、姉さんはわかってくれた。……私が彰が落ち込んでるのを気にしてるってこと。
「さて、彰」
「……え?」
ずっとうつむいたまま椅子に座っていた彰が、姉さんの方を見る。
「……あれ、優希ねえ? いつ帰ってきてたの?」
「はぁ」
落ち込みで、姉さんが大騒ぎしつつ入ってきたのに気がつかなかったよう。
「あんた、いつまでそうやってる気?」
「……え?」
「あんたがそれじゃ、美樹が庇った意味もないでしょ?」
「え、意味って……」
「……そうね、美樹声が出なくなっちゃった訳だし、取り合えず読唇術と手話を学ぶわよ!」
「えぇ⁉」
そうして、姉さんは彰を引きずって行ったのでした。
それから毎日。学校が終わってすぐに私の所に来る彰を、姉さんが引きずって訓練に連れていく日々が続いた。
正直、この行動に私も赤月のおじさんも感謝をしている。
……後悔で自分の殻に閉じ籠ってしまった彰が、きちんと周りをみることが出来るようになったのだから。
あと復習として、私の前で手話の練習もよくしていてくれたお陰で、私も手話の意味は覚えることができたのは助かった。
もっとも、私自身が手話をできるかはまた別問題だけれど(一応、まもなくギプスは取れる予定だけど)。
それと、読唇術をある程度修得してくれたのは大きい。お陰で私の意思を伝え易くなったのだから。
うん、それはいいんだけれどね、時々私を無視して、ふたりで手話で盛り上がってるのはちょっと寂しいんだけれどね……。
やがてギプスも取れ、喉の傷を消す為の手術も終え、現在はがんばってリハビリ中。姉さんと彰もずっと付き合ってくれてる。特にお医者様とのやり取りの時、通訳をしてくれるのが本当に助かる。
あと、赤月のおじさんもよくお見舞いに来てくださって、姉さんとなにやら話してたり、私にお土産をくれたり……っていうか、普通、息子の恩人だからって、高価なノートパソコンとかくれたりするもの⁉ 彰を落ち着かせる為にも貰ってくれって、かなり強引に渡されたけど⁉ ……仕方ないし病院生活は暇なので、昔(前世で)やってた作曲とかしてるけどね。
こんぴゅーたで作曲とかできるっていいよね。
「なにやってるんだ?」
現在、姉さんは赤月のおじさんのところで、バイト中、らしい。いずれのために、今から多少は仕事を覚えてくれって、結構気が早い気もするね。
『作曲、だよ。パソコンにソフトを入れて、それで作曲してるの。結構楽しいよ』
「へえ、俺にもできるかな?」
『だれでもできるよ。なんなら、彰もやってみる?』
「うん、やる!」
あーして、こーして、とふたりで相談しながら作曲してみました。なんというか、彰ってこういうのにかなりセンスあるみたいだね。
「よし、とりあえずはこれで」
『うん。取り合えず流してみるよ』
~~~~♪
「……うん、なかなかいいかも」
『うん、そうだね。彰ってこういうののセンスあったんだね』
たしか、ゲームではピアノ等の演奏はともかく、やっぱり作曲とかはしてなかったからね。
どうしても、ネガティブの方向にいっちゃうからって。
「あれ、どうしたの? 綺麗な曲だね」
「あ、優希ねえ! これ、俺と美樹で創った曲なんだ! ね、どう思う⁉」
「そうなの? すごくいいと思うわ。だけど、どうせなら美樹の演奏で聴きたいかも」
「あ、そっか。それじゃ、これをピアノ曲に編集しなおすね!」
「できるの?」
「うん。やり方覚えたから大丈夫!」
……えっと、ある意味私を無視されてるね。まあ、演奏というか、ピアノはたしかに触りたいけど。
彰が教養とかで学んでいたのに付き合ってたら、私の方がはまっちゃったんだよね。演奏は楽しい。……そのためにも早く退院したい……。
「美樹、楽しみにしているからね!」
「……優希ねえ、俺のアレンジは楽しみじゃないの?」
「もちろん、それも併せてよ? だけど、曲は取り合えず聴いたから、やっぱり美樹の演奏の方が楽しみになっちゃうでしょ?」
「うー。それじゃ、今度は優希ねえのためだけに作曲する! 最初は美樹に弾いてもらうけど、曲はその時まで優希ねえには絶対に聴かせてあげない!」
「そう? それじゃ楽しみが増えたわね。新しい曲も楽しみにしているわ」
「任せといてよ!」
それで演奏するのは私、と。うん、これは本格的にピアノの勉強をするべきだわ。……両親と赤月のおじさんにたのんどこう……。
そしてはや数ヵ月。間もなくクリスマス。夏休み終了と共に留学先に後ろ髪を引かれながら戻っていった姉さんも帰ってくる予定。
以外と彰は元気なままだった。なにしろ姉さんとの約束があったからね。
入院中も、退院後も、私を巻き込みつつ姉さんの為の曲をずっと創っていた。
私自身、その様子にすこし安心していた。
どうやら、私の事故を引きずらずにいてくれそうだ、と。
少々、姉さんに対する依存が大きい気もするけど、なんというか、ひょっとして? って感じがするんだよね。
ちょっと考え込んじゃったからかな。赤月のおじさんが私の所に来てくれた。あ、ちなみに今は身内でのクリスマスパーティの準備中。
「彰のことを気にしてくれてるのかい?」
『ええ、まあ。私のことを引きずらずにいてくれているみたいなんですけど……姉さんに依存しすぎている気がして……』
「ああ」
おじさんはちょっと笑った。
「あれは依存という訳ではないから、大丈夫だよ。将来的にも、私としては助かるし、うれしいからね」
……ああ、そうですか。将来、姉さんが彰のお嫁さんになって欲しいと。優秀な嫁が必ず手に入るのは、赤月としても助かると。
『私は、姉さんと彰が幸せなら、それでいいですよ』
「そうか。ま、優希のお陰で、彰には好きなことをさせられるのも確かだからな。優希自身は、私の後を継ぐことに大層乗り気だしね」
姉さんなら言いそうだわ。おじさんの手伝い、すっごく楽しいし面白いって言ってたからね。
『間もなく、姉さんも帰ってきますね』
「ああ。あと少ししたら、彰とむかえに行くといい。車は出すから」
『はい』
すこし準備を手伝ったあと、私と彰は姉さんを迎えに空港に向かった。
「優希ねえ、早く会いたい……」
「(あー、はいはい)」
彰がぼやくのを隣で適当に相づち打ちつつ、空港に向かった。
私たちが到着したとき、ちょうど姉さんの乗った飛行機も到着したところで、私たちはすこしその場で待つことにした。
そわそわする彰を横目に、飛行場をのんびりと眺めていると、懐かしい声が響いた。
「美樹! 彰! ただいま!」
「優希ねえ! おかえり」
大急ぎで駆け寄る彰。……ちょっとこっちも気にしてほしいような。私は一応病み上がりだぞ? まだ完調にはなっていないんだけど?
姉さんはそんな彰を無視して、私の方に駆け寄る。……彰はブスッとしてる。
「美樹、体の方は大丈夫なの?」
『うん。もうほとんど大丈夫。また、体力とかが戻ってない気もするけど』
……寝たきり生活が長かったからね。リハビリは大体終わって、通常の生活にはあまり影響はないとはいえ、やっぱり事故の前とはなんか違う気がする。
「そっか。それで、今日のパーティで演奏するんでしょ? 大丈夫なの?」
『練習は頑張ったから。あとは、多少の間違いは多目に見てください、ということで』
「そっか。うん、楽しみにしておくよ。……美樹が間違えるところも」
『姉さん!』
「あはは」
私たちが楽しく話していると、暗い顔をした彰が割り込んできた。
「……優希ねえ、俺とは会いたくなかったの?」
「え、彰とは毎日電話してたでしょ? だから久しぶりって気はしなくて。美樹とはメールだけしかできないから、本当に久しぶりだものね」
ああ、肉声を聞いていたことで感覚が少々ずれていたということか。ひたっすら恋い焦がれていた彰ほどの情熱は姉さんにはない、と。まあ好意はあるみたいだから、……彰、頑張れ!
「もう。とにかく行こう。みんな待ってるから」
彰が差し出した手を握り、反対の手で私の手を握って、姉さんは歩き出した。
ちなみに、姉さんの荷物は彰が持ってます。じゃないと、両手が空かないからね。そうして、多少彰が拗ねたまま、私たちは赤月の家に帰った。
そうして、私たちが帰ってすぐに始まったクリスマスパーティ。みんなで乾杯をして、用意されたごちそうを食べて、そして回ってきた私の出番。
「えー、それでは。美樹に演奏をしてもらいます。曲はすべて俺もしくは俺と美樹で創ったものです」
私はピアノの前で一礼する。……じつは、子供の頃から彰に付き合ってマナーとか学んでいたので、結構ここら辺の所作には自身があったり。……ちなみに姉さんは、普段は普通なのに、パーティとかの公的な場では所作がものすっごく綺麗になるという性質、というか切り替えが上手いというか。現在も、大人たちと混じって、全く違和感がないし。
……さて、現実逃避はここまでにして……。
私は鍵盤に手を乗せる。
そして、演奏を始める。
人前に初めて出す曲。
彰が姉さんのため、私が演奏するために創った曲。
私にとって、とても心地よく奏でられる曲。
数曲を奏でて、ほう、と一息。立ち上がって再び一礼をする。
しばらくは、静まり返ったままだった。やがて、赤月のおじさんが拍手を始めると、その場にいた人々が全員慌てて拍手をしてくれた。大きく歓声も上がって、私は嬉しくなってもう一度、礼をした。
すこしして落ち着くと、彰が私の横に立った。
「……みなさんにお話ししたいことがあります」
……何? これは聞いてないな。
「最後の曲なんですが、俺が優希ねえ……、藍川優希さんを想って創った曲です」
おお、言い切った。
「そして今、優希さんに言いたいことがあります」
「……何かな?」
緊張している彰とは対照的に、落ち着いた様子で彰の前に立つ姉さん。
「……優希さん、好きです! 俺と結婚してください!」
どよどよ……。回りの皆さん驚きまくり。父さん、母さん、赤月のおじさん、おばさんは聞いていたのか気づいていたのか……平然としたまま、ふたりの様子を見ている。
私はどうすればいいのやら。さっさと舞台から降りるべき?
私がおろおろしているうちに、驚いた表情をしていた姉さんがにっこりと笑みを浮かべた。
「十年早い、とか言いたいところだけど、これだけのものを聴かせられちゃったらね。十分に一人立ちもできる能力を見せてくれたわけだから、きちんと返事をさせてもらうわ。
……赤月彰くん。君の想いは受けとりました。これからもよろしくお願い致します」
そう言って、姉さんはすこし屈んで、まだ自分より小柄な彰の頬にキスをした。
しばらく呆然としたあと、彰は姉さんに抱きつく。
「やった! ありがと、優希さん! 大事にする! 大好き!」
やれやれ、と姉さんに背なかをポンポンと叩かれながら、嬉しそうに笑う彰。
私はほっとして両親の所に向かう。
そして、首をかしげて見せると、ああ、といった風に説明をしてくれた。
「赤月さんから聞いていたんだよ。彰くんがもしかしたら優希にプロポーズするかもというのは。父さんとしては複雑だけど、優希が望むなら構わないと返事はしておいたんだ」
「ちょっと早いとは思うけれど、やっぱり娘には幸せになってほしいものね。美樹も好きな人ができたらちゃんと紹介するのよ? 応援するからね」
「そうだぞ。美樹は幸せにならないとダメだからな。……あのふたりの為にも」
私たちは姉さんと彰を見つめた。
たしかに、私がこのまま相手を見つけられなかったら、また事故のせい、自分のせいと責めかねない。それは避けなければならないことだけど……。
『……せめて、大学卒業までは、猶予、ちょうだい……』
と、お願いするのでした。
医療技術などについては、この世界ではそうなんだでさらっと流していただきたいと。
登場人物について
藍川美樹
この物語の主人公。記憶は事故までありませんでしたが、人格は前まま引き継いでいます。そのため、物語のキーとなる事故の内容が変わりました。
元のキャラとはちがい、ピアノを好んでいます。
努力でかなりの腕前に。
前世の記憶(無意識含む)から、勉強はかなりできます。