青海駿ー懐かしさと新しい音楽
青海駿視点。
……また、こうしてベースに触ることが出来るようになるとは、思ってもみなかった……。
「……見合い?」
「兄さんがするの?」
「違うわ。あんたたち二人がするの」
「はあ⁉」
……という会話があった次の日曜。俺と夏李は、黒峰の自宅に招かれていた。そこには俺たちは見合いの相手という、中1の女子がいた。たしか、黒峰詩、だったか。
黒峰の家格は青海と同等。そこの長女にくる縁談の話しはすべて断られていたと聞いている。あの、義兄も会うことさえ許されなかったと。
……どうせ、こういう家の子供なら、義兄姉と変わらないだろうと思い睨み付ける。……俺が夏李を守らないと!
どうすればいいのかわからずにおろおろとしている夏李を庇うようにしたとき、先に向こうが口を開いた。
「初めまして。わたくし、黒峰詩ともうしますわ。お兄様の駿さまの事は、赤月美樹お姉様にお聞きしております」
赤月だと。たしか、前に部活見学に来ていたな。赤月の息子と一緒にいたやつが、たしか養子に入って黒峰の次男と婚約したんだったか……。
まあ、関係のないことだ。俺たちが青海の血を引いてないと判れば、興味も無くすだろう。
「青海の養子で駿だ。こちらは弟の夏李。俺たちはお前とよろしくするつもりはない」
「……兄さん、そんなこと……」
「いいんだ。こういうやつらに利用されてやる訳にもいかないんだからな」
先に釘を刺す。主導権を握られるわけにはいかないからな。
だが、そいつは俺の予想の斜め上の提案をしてきやがった。
「あら、逆ですわよ。おふたりがわたくしを利用されれはよろししいのです」
「なに?」
なんだと?
そいつの説明によると、どうやら青海の義父が俺たちを保護する目的で、この見合いを仕組んだらしい。こいつは、それを理解した上で、利用しろといっている。
……確かに、個人的に黒峰との縁を持つことは、俺たちを護ることになる。あの義兄姉前もそうそう手出しは出来なくなるだろう。
「え、えっと……」
いまだに戸惑う夏李をちらりとみて、まっすぐにこいつー黒峰詩を睨み付ける。
こいつは、信頼できるのか、見定めようとした。
「……正式な婚約は必要なのか?」
「いいえ。あくまで友人として親しければ問題はないかと」
「なら、なぜお前がきたんだ? 兄でもいいだろう?」
「……お兄様は、美樹お姉様と、仲良くされるのでお忙しいのです……。思わず砂糖を吐きたくなるくらいですもの……」
「……そうなのか……」
「……そうなのですわ……」
はあーーと盛大にため息をついた。
砂糖を吐きたくなるほど仲がいいのを間近で見続ける、か。たしか、その相手ももとは一般人だったはずだ。
それを思い出したら、なんとなく可笑しくなった。
「黒峰という身分があっても、俺がもとは一般人だったと知っていても、お前は気にしないようだな」
「当然ですわ。生まれなんて自分で選べないことをどうこういうのはおかしいですもの。もちろん、立場上のものは必要かもしれませんけれど、他人に迷惑をかけるような方でなければ、気にすることでもございませんわ。ましてや、駿さまについては彰さまも褒めておられましたし」
「赤月が俺を褒める?」
「はい。部活を見学されたときの、演奏について褒めておられましたわ。ただ、お姉様は駿さまがお辛そうに見えたとおっしゃられておりましたが」
「辛そう、か……」
良く見ている。他人を見極めることが出来る人間が、俺を認めてくれたということか。
あのころは、青海の人間となって間もなく、かつてのようにバンドも出来ない。代わりのように管弦楽部に入部していても、やはりかつてを思い出して、苦痛を感じることも多かった。……だからといって、音楽から離れることは、より出来ないことでもあるから。
「まあ、そうだな。音楽、特に父が、ああ、青海ではなく、実の父がまだいた頃は、一緒にバンドなんかもしていたからな。……父の浮気と、友人の父親の事故死で、それもなくなってしまったが」
「……駿さまはバンドをされておられたのですか?」
なんだ? 妙に食いついてきたというか……?
「あ、ああ。父はギターで夏李によく教えていた。俺はベースを担当していて……」
「……お兄様はボーカル、お姉様はキーボード、冬弥さまがドラム、駿さまがベース、夏李さまはギターがおできになるということは……! 彰さまに曲を作っていただいて、わたくしの詩を合わせれば、素敵なバンド演奏を聴くことも可能ですわね!」
「お、おい⁉」
「え、ええ⁉」
なんなんだ? いきなり大声で叫んで、バンドの演奏とかなにを⁉
戸惑っている俺たちの手を引いて歩き出す。
「おふたりとも、お時間はございますか?」
「あ、まあ、あるが……」
「大丈夫、です、けど……」
「なら、善は急げですわ! 一緒に参りましょう!」
……そうして、そのまま、赤月の屋敷に向かう……もとい、引きずられていった……。
「「……」」
目の前にあるのは、どうやら本格的なスタジオのようだった……。
有名な歌手や劇団を自宅に招く金持ちは多く、専用のステージを用意している屋敷の噺ならそこそこ聞く。……義姉が作らせた、歌劇用のステージなら、家にもある。
だが、屋敷内に防音の部屋を作るのではなく、専門のスタジオを作というのは……、どうなのだろう?
「……ここは?」
「赤月さまのプライベートスタジオ、ですわ」
呆然としたままの俺たちの手を引いて、スタジオの中に入っていく。
そこには、見覚えのある連中……と、昔馴染みがいた。
「あれ、シュンにカイか?」
「冬弥?」
「冬弥くん?」
藤白冬弥。昔のバンドのドラムの息子。俺たちとも年が近いから、かなり親しくしていた。
「冬弥、お前青海のふたりと知り合いなのか?」
「ああ、ムカシ、親父が一緒にバンド組んでた友人」
「世界は以外と狭いものだよね」
藍川改め赤月美樹は、ただ頷いている。……たしか声が出ない障害持ちだったか……。
「紹介いたしますわ。こちらは青海駿さま、夏李さま。あちらはわたくしの兄の志貴、兄の婚約者の美樹お姉様、ここ赤月のご子息の彰さま、ご友人の冬弥さまです。……冬弥さまとはお知り合いでしたようですわね」
「まあ、そうなんだが。……その制服、学園の生徒なのか?」
まさか、同じ学園に通っていたとは思わなかった。
「おう。音楽科、吹奏楽部だ。ま、今のメインはここでの演奏だけどな!」
ここでの演奏。作者、演奏者不明でクオリティの高い音楽をCDとして発信している、ここがその場所……。
「……まさか、あれの……」
「……あれ、兄さんもボクも好きな曲だよ」
「そうなんだ。ありがとう」
礼を言いつつも、黒峰兄、志貴が何かの譜面を差し出してきた。
「それじゃ、まずはこれを演奏してみようか?」
それは、俺や夏李にとって、懐かしくもある曲。
一般でも有名な曲で、比較的簡単に演奏できる曲でもある。
用意が良く、準備されていた楽器を、俺たちも手に取る。……久しぶりなのに、妙に手に馴染む気がする。夏李も懐かしそうにギターを爪弾いていた。
全員の準備が整うと、冬弥がスティックを鳴らす。それに合わせて演奏を始めた。
演奏中、なにも考えられなかった。これほど集中したのは始めてだ。……正直、これほどとは思っていなかった。金持ちのお遊びでしかないのかも知れないが、それでも、実力はかなり高い。
共に演奏をして、それがはっきりとわかった。
「素敵でしたわ!」
詩が真っ先に感想を言う。
「うん。次は俺の創った曲で演奏を任せる。バンド名はどうするか……」
赤月彰は、自分の作曲と、なぜかバンドの名前に走っている?
「さすがに、いままでと同じようにはいかないかな」
黒峰志貴は、これからについて考えているようだ。
「カネモチの趣味のバンドって聞かねーし」
冬弥はあきれたような表情をしている。
「そうですわね。あちらとは別の立場が必要かも知れませんわ」
『ーーーー』
志貴に答えた詩に、今度は赤月美樹がなにかを言った。……手話を学ぶべきか?
「より、大きく。意味的にもいいかもしれないね」
より大きく? ああ、ffか?
「それなら、個人名はどうする? 外見は伏せるとしても、名前まではそうもいかないだろう。仮の呼び名が必要ではないのか?」
「あら、それでしたら、春夏秋冬でよろしいのではございませんか?」
「春夏秋冬? どこから持ってきたのかい?」
「お兄様はシキ(四季)、駿さまのシュンは、春の読み替え、夏李さまはそのまま夏、お姉様のお名前、あ・かつきみき・の最初と最後で秋、冬弥さまはそのまま冬ですわ!」
「オイ、だじゃれかよ!」
「そうですわ!」
……芸名らしきものが、だじゃれで決まるとか……。たしかここにいるのは、ほとんどが高い家格を持つ、身分のある人間のはずなんだが……。
俺は、彼らの様子をあきれてみていた。
夏李も呆然としている。
「……はあ、金持ちってこういうものなのか?」
「うん。青海の人たちと全然違うね……」
夏李と顔を見合わせて、お互いの意思を確認する。……こいつらと一緒と言うのも、かなり面白そうだ。
まだ、知り合って1日も経っていない。それなのに、昔からの知り合いのように、そばにいると居心地がいい。
ここに連れてきてくれた詩には、感謝をするべきだろうな。
「……それでいいだろ。単なる仮の名前だし」
「……ボクも……」
「仕方ないかな。まあ、分かりやすいし」
「オイ、ウタ。ナンかあったら責任とれよ!」
「知りませんわ!」
詩と冬弥の言い争いはなんとなく面白く、その場にいる全員で笑った。
……父が居なくなってから……、いや、父が居たときから考えても、これほどに居心地が良く、楽しかったのは初めてだったかもしれない……。
それから間もなく。俺と詩の婚約が正式に決まった。
黒峰、赤月の連中と親しくなったのなら、必要はなかったのも確かなんだが……。この婚約も強制力は小さく、俺や詩がそれを望めばすぐに解消できるものとなっている。
……なんとなく、詩を間近で見ていたくなったから、仮でも婚約者と言う立場に立つことを選んだ。
詩と彰の才能。それを目の当たりにしたのは、婚約が整ったあとだった。
新しい曲ができたから、演奏しろと言われて、初見で合わせて演奏……。普通はない気がするが、自然と曲を追える、不思議な感覚だった。
俺たち、演奏をする人間は、実際のところ天才という訳でもない。才能はある程度あるのだろうが、それに努力を加えることで、並み以上に演奏が出来る。メンバーの中でも特に上位と感じる美樹さんや志貴でもそうだ。
だか、この曲は……。その実力を押し上げる。
俺たちの弾きやすい曲の形態、その上で他者に訴えかける旋律、詩。
CDで聴いていたものでは、全然足りない、これが本来の演奏……。
……弾き終えたあと、俺も夏李も放心していたと思う。
「まあ、最初だからこんなもんか」
「プロデューサーさんは何かいっていたのかい?」
「ああ、バンドに関しては、曲を聴いてから決めるそうだ。だが、間違いなく通るだろうな。あと、クラシック方面でも新しい曲を近々つくろ予定だからな。そのときの演奏には、駿も夏李も、手を借りるぞ」
「……。俺たちで、大丈夫なのか」
いままで感じたことのない不安。それほどの天才の曲を俺たちが演奏してもいいのか。
彰は呆れたように俺たちをみた。
「当然だろ。俺が、お前たちが演奏するために作る曲なんだからな」
……口調も態度も偉そうだが、実際の行動は以外と柔らかい。
そんな彰をみて、俺は笑みをこぼす。
「……彰、仮にも俺は先輩だぞ。そんな口調でいいのか?」
「いやなのか?」
逆に問われるが……。
「別に構わないのはたしかだな」
むしろ、へりくだる様子は思い付かない。この天才にはこちらの方がふさわしい。
「なら、問題はないな」
「確かに」
本当にここは、居心地がいい。
俺たちはちょくちょくとスタジオに入り浸るようになる。基本は彰の曲の練習か、もしくは勝手に楽器をさわって遊んでるかだが……。俺はクラシカルギターで詩に歌って聞かせることが多かった。
「駿さまの歌声を聞くと、落ち着くんですの……」
そう言って微笑む詩は、とても可愛らしかった。
……俺が詩にかまけている間に、夏李はとある女性と知り合っていたが……。
おい、お前、彼女のペット状態なんじゃないのか……?
ちょっと変則で、次回は夏李の話になります。
登場人物
青海駿
ゲームではベース担当。ひねくれものだった。
現在はそこまで捻れる前に詩と知り合い、仲間もできたことで、楽しく過ごせるようになっています。
ブラコンではなくなりました。
また、この後は義兄姉も伝にして黒峰に近づこうとしては、失敗を繰り返し、結果青海を継ぐ資格すらなくします。