表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セカンドカントリー  作者: 桜華咲良
火の島"ガーネット"編
7/16

火の島編:6日目

 今朝の目覚めは随分と遅かった。昨日の惨めな気分からすっきりしようとしてワインを随分と煽ったからだろう。若干二日酔いも残っている。時間は昼食時、シャワーをあびて食堂車にでも行こう。

 そう言えば、今日は途中でどこかの町に止まる日だった。食堂車は人がほとんど居なかった。きっと外で食べようという人が多いのだろう。サンドウィッチを幾つか食し、熱すぎるコーヒーを頂いて、とっとと部屋に戻り支度を始める。ドアの横には停車と書かれていた。


 着いた駅は高速鉄道で止まった町だった。駅の位置は町の端と端ぐらい違うらしく、その駅は見える距離ではないので実感はそうわかない。降り立って感じたのは空気の悪さ。単純に昨日の森林浴のような駅と比べているから悪さを感じているのだとはおもう。事実、町の商店にはそれほどマスクが置かれていない。マスクの置かれている量を尺度にするとは明らかに間違えているとは思うが、それ以外に測るすべがない。

 駅前の通りを歩いていると後ろから


 ポコポコポコポコ


 という音がしてきた。何だと振り返ると、馬が引いていない馬車のような物が走ってきた。黒煙を上げながら、ポーポーという汽笛と白煙を上げながら。蒸気自動車か。いくらこの火力の島でも未だにそんな物が走っていたとは。市街地でも幾らか古い車は走っていたが、流石に全て内燃エンジンで外燃機関を乗せた車は見たことがなかった。おととい乗った蒸気機関車は観光列車だったので存在していてもおかしくは無いが、まさかここで実用された物を見るとは思いもよらない。見ると、街ゆく車の約半数は白い煙を上げていた。

「・・・1世紀前に来た気分だ・・・。」

 思わずこんな言葉が出てしまった。町全体がこじんまりとしていて、小さな建物ばかりなのも、その感情を増幅させる。

 町を歩いて気付いたことはまだある。電柱がないのだ。いくら火の島であっても全く電気が無いわけではない。流石に各家庭に電灯ぐらいは行きわたっている筈だ。それ以外はほとんど使われていないに等しいが・・・。あくまでもライフラインと呼ばれるものの一つではある筈だ。その電柱ですらないのだ。町の街燈は全てガス灯か、油かのどちらかだろう。家の中は?お茶を飲んだ時に見てみよう。市街地の時は周りの眩く価値ある建物に目を奪われてしまい、そこに住む人々の動きをそれほど観察出来なかった。ここではいろんなものが見えてくる。まずミルクタンクのようなアルミ容器をもって歩く人が数人いることだ。まぁ、普通ならミルクなんだろうと考えるだろう。私だってそう思った。だがその容器をもった人々はみんな「MILK」ではなく「OIL」と看板に掲げた店に入っていく。

「あぁ、あの中身は機械油だよ。」

 そう教えてくれたのは看板の店主。

「一家に一つは何らかの機械があるからな。どこでもなんでもなんなりと使う所はあるさ。あんたもいるか?」

 有難いお言葉を気持ちだけ受け取ることにしてもう一度町をみる。小さな蒸気機関車のような形をした車がコトコトと言いながら左へ消えて行った。

「特に蒸気機関は油を注す所が多いからな。市街より油を使う量は多いだろうな、あっちと違ってこっちは蒸気がメインだから。」

 背後から聞こえる声は更にこんな事を教えてくれた。

「この町はあっちと違って整備工場も少ないし、公害も進んでないからわざわざ新しい車を買う気にならないんだよみんな。」

「扱いにくくないんですか?蒸気機関って。」

「むしろ蒸気の方が扱いやすいんだぜ。クラッチ要らないから走らせやすい。」

「そうなんですか。」

 オイル屋で聞けた話しはなかなか興味深かった。市街に戻った時はもうちょっと興味深く眺めてみよう。

 店を出てまた町を歩く。あぁ、店内の明かりが何か聞くのを忘れていた。次入った店で聞くか。呑気なことを考えながら周りを見る。依然として幾つかの蒸気自動車が走り、中には蒸気トラクターのようなものもある。町の建物はモダンな佇まいで、平屋建が多く感じる。道は広いが市街のそれ程ではない、二日程前に居たポミグラネットのように路面汽車も無く、走っているバスはやっぱりポコポココトコト言いながら白煙と黒煙を交互に上げている。この町の特徴はざっとそんなものだろうか。歩く人々からはどこか心のゆとりを感じる。ポミグラネットの事をそれほど細かく見ていた訳ではないが、あの町よりも時代に取り残されたような、そんな感覚を覚える。まさに、1世紀前に取り残されたような。

 川辺へと行ってみた。川からは澄んだ水の匂いがする。臭いではなく、匂いだ。そう言えば、跳ね上げ橋が掛かっていた川からも臭いはしなかった。この島は空気は汚いが水は汚くないのか。何故だろう。

「あぁ、それはあれだよ。この島は全てのゴミを徹底的に燃やすからね。水に流すなんてことはめったにしない。糞尿だって洗剤や石鹸水だって、徹底的に蒸発させて、燃やして徹底的に小さなゴミにするんだ。」

 川に向かって糸を垂らしていたやや老人よりの中年男性が親切にも答えてくれた。徹底的な火力重視のようだ。

 丁度お茶をする時間になった。何か飲もうと思い川沿いを歩く。幸運にもいい具合にテラス席がある喫茶店を見つける事が出来た。一体店内に入りカフェモカを注文したと同時に、店内の照明を確認する。オイルランプのようだ。自分は外に座っていると告げてテラス席にすわる。川沿いの道を今度は蒸気自動車が引く馬車が進んでいく。なんとなく残念だ。この島に来てから、動物を見ていない気がする。飼われた犬や猫は1匹ずつは見た気がするが、それ以外はほぼ皆無だ。

「ああ、本土の方ではそうらしいですね~野良猫とか一杯居るって。この島ではそういうのは駆除されるんですよ。よく機械に挟まって動きを悪くするから」

カフェモカを持ってきた店員が飲みたくなくなるような事を言う。

「そのお陰で、犬猫買う人大金持ちって言いますから」

ハハと笑って店内に入っていった。店員の言っている事は概ね正しいとは思うが、もしかするとこの島の環境の悪さも、猫や犬の少なさに関わっているのかもしれない。

また、妙に熱いカフェモカを飲む。もう馴れてきた。戸惑う事なくのんびり冷めるのを待ちながら飲むのもなかなか粋なものだと思い込むことにして。

たっぷり時間をかけて飲み干し、店内に戻って料金を支払う。少々まどろっこしいが店員が忙しそうだったので、それくらいの心遣いはするべきだろう。戻ってみるとカウンター席の上で面白いものが動いていた。

カタカタカタ

と言いながらはずみ車を回して、

グサグサグサ

と豆を挽く音がする機械。

「蒸気コーヒーミルだよ」

カンターの向こうに立っていた店長らしき人が教えてくれた。

機械の全高は握り拳4つから5つ分位ぐらいでその真ん中に炎が、その上に動力源となる蒸気機関があり、産み出された回転力を軸で機械の下の方へ伝達、そこにミルがある。蒸気機関はどんな状況でも適切なトルクをかけるのでとても理想的らしい。熱気は上方へ逃げるので敢えて下にミルを付けてあると言うのもよく考えてある。火傷を防ぐ意味でも良い構造をしている。

代金を払って外へ出る。やっぱり蒸気自動車が目の前を走っていく。そうだ、タクシーに乗ってみよう。私はわざわざ選んで蒸気自動車のタクシーを選んで捕まえた。

「とりあえず、30分ぐらいこの辺を走ってください。」

「最後はどちらで?」

「寝台車の止まる駅でお願いします。」

「ああ、あの大きい列車の方ですね。了解しました。」

 タクシーは走りだした。とてもなめらかに滑るように走りだした。これが蒸気機関特有の走りなのだろうか。はたまた運転手が上手いのかはわからないが。

 流れて行く車窓はレンガ造りだったり、コンクリートだったり、木造だったりと個性に富んでいたが、どれも4階以上の階層を持たないという共通点はあった。どれも頑丈な作りで、一つとして華奢な物がない。同時にそれは芸術とは無縁なものでもある。優雅や優美などの言葉はほとんどが華奢な構造体から来るものだ。細くすらりと伸びた模様や曲線などは、構造体としては何の意味も無いものだからだ。この町には芸術的な建物はほぼ皆無と言ってもいいだろう。だが力強さはある。何が起きてもびくともしない、そういう強さを感じる。

 タクシーはそんな発展した区画を抜け、下町とでも言おうかそういった雰囲気の区画へと入っていく。よく整えられた石畳の道から、土煙の上がる道へ。建物も木造平屋が多くなってきて、2階建てはほとんどない。造りは、台風が来れば屋根が飛んでいきそうな感じ。

「屋根ですか?飛んでいきますよ簡単に。まぁ簡単に飛んでってくれるから直ぐに直せるんですがね。」

 同じ島の中でかなりの格差があるように感じた。

「まぁこの辺は労働階級の住む街です。お客様のような方が本来来る所じゃないでしょう。」

「私が誰かわかるんですか?」

「いえ、分かりません。でもお客様の服を見ればわかります。」

「そうですか・・・。」

 このタクシーの運転手はかなりの知見を持ち合わせているらしい。服をみて判断するとは。

 タクシーはまた、舗装された道へと戻る。自らの行ったセリフの通りハンドルを運んだのだろう。ふと、窓の外を眺めると、なかなかセンスのいい建物が見えてきた。

「あの建物は?」

「あれですか?劇場ですよ。レビューとかオペラとかの公演をする。センス良いでしょ、あの建物。」

 全く持ってその通り、いままさに口にしようとしたことだ。市街の建物といい勝負をする、この町唯一の建物かもしれない。白亜の身なりに柱には見事な曲線の彫が入り、その姿はとても優雅だ。その隣には、同じくらいの大きさで赤レンガ造りの建物があった。雰囲気が物々しい。一目で警官と分かる身なりがうようよしているからだ。

 この町をぐるっと回った感想は、そんなものだろうか。本当に、町全体が1世紀時が止まったような、そんな町だった。

「ありがとう。」

 そう言って私はタクシーを降りる。また、寝台車にのって出発地であり目的地「本庁駅」へと向かわなくてはならない。まだ時間は早いが、乗り遅れると飛行船に間に合わない。

 ホームに人はまだまばら、まだ出発には早いからだろう。しばらくすれば、たくさんの客が戻ってくる。今日の停車時間はあと1時間と少々だ。


「はっしゃーしまーす。」

 伝声管の響きを聞いて、廊下に居た私は部屋へと入る。ガッチャンと音がして、ドアの横に「発車」の文字が回り出て、レールと車輪が軋む音がする。

 明日、またあの水晶のような本庁駅へ降りたつ。そしてタクシーにのってガーネット総合港に行く。この島に居る時間はもう1日も無い。

 そろそろ、キチンとした感想を書かねばならない。今日この後の時間はそれに費やそう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ