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セカンドカントリー  作者: 桜華咲良
火の島"ガーネット"編
6/16

火の島編:5日目

 目が覚めると、昨日の気持ち悪さは無くなっていた。清々しいぐらいだ。

 シャワーを浴びると、着替えの服を取りに2階へ上がる。2階の窓からはとても素晴らしい朝日が見えた。この島に来て最も早く起きたようだ。暫しその朝日が上がる様をソファーに座り眺める事にした。

 眺める事に満足すると、3両後方にある食堂車へ向かう。食堂車は1階が厨房兼食料庫で2階がフロアとなっていた。いくつかの"円卓"と"4脚の椅子"がセットで並んでいて、私がその中の1席に座ると、ボーイがメニューを伺いにやって来る。なんとも優雅だ。

 私が乗っているのは、超広軌寝台列車。レール幅は普通の2倍、車輪は人の身長程の大きさがある。車内はとても広く、通常の2.5倍はあるのではないだろうか。高さも倍以上有り、客車10両全て2階建てと、巨大なこの列車は、先頭の2両と後端の2両ともに重連の機関車で牽引されている。スピードは100km/h程で、この大きさと重さで考えれば、かなり速い。

 ボーイが持ってきたスクランブルエッグにカリカリに焼かれたベーコンは、私のオーダーに忠実で、全く味付けがされていないプレーンだった。正直、変な味付けされるよりプレーンの方が遥かに良い。そう頼む人が多いようで、ボーイも何の驚きもなくオーダーを通し、料理を持ってきた。味は旨い。食材の味が全面に出されていて。

 腹ごしらえを終え、自分の"部屋"へと戻る事にした。1階の廊下を歩いて行く。私の部屋は1等客車のメゾネットシングル。ドアを開けると右にシャワールームがある。目の前には窓があり、その手前にはベッドがおかれている。左には螺旋状の階段があり2階へ上がる事ができる。2階はソファーと机、小さいクローゼットがあり、昼はここで過ごすといった具合だ。

 ベッドが何故1階なのかというと、下の方が揺れが少ないからだ。私はイマイチわからないのだが、車体の重心位置よりも低いから揺れが少ない云々ということらしい(ロールセンターとも言うらしい)。寝ている間に常に揺られると、当然というかやはり気持ち悪いものだ。起きている間主に過ごす2階は多少揺れても問題ない。その上、高い方が景色が良い。就寝するのに景色の良さは不要な気遣いとも言うべきかもしれない。水回りは重いから1階につけるなど、合理化を図られているし、使い勝手もとても良い。人間工学と構造力学の折り合いを巧みに操っている。車内のデザインは木目を貴重とし、金色のアクセントも入る芸の細かさ。乗る前に外観を見たが、車体は金属製のようだ。これだけ大きければそうもなるか。シングルにしては少々広すぎさをも感じる部屋だったが、快適で優雅で素晴らしい日を過ごせそうだった。


 ガチャガッチャン

 物思いに更けていると突然、錠が回るような音がドアの方からした。何事かと思い螺旋を駆け降りるが、ドアの鍵は閉められたままであり、何も変化が見えなかった。錠が回る音”しか”していないので、誰かが進入した訳でもないだろう。空耳か。

 そう思いまた戻ろうとすると、ドアの横に今までこの部屋で見たことがない色彩が目に入る。長方形をした白色に黒い文字で「停車」と書かれている。先程まであそこには特に色は無かったのだが・・・。近づいてみると、そこは私がネームプレートか何かだろうと思っていた木の枠だった。手のひらぐらいの横長に、その半分くらいの高さがあって、その枠の中に、文字が出ている。

 暫く注意深く眺めていると、ガチャという音と同時に、文字が斜め上方向にスライドし、下から今度は「減速注意」と出てきた。5秒程置いて列車が減速を始める。なるほど、これは列車の状況の案内なのだろう。普段は何も示さず、こういった列車に大きな変化のある時には切り替わる作りのようだ。しかも機械仕掛けで。

 2階へあがり車窓を見ると、どんどんと減速を始めていた。周りは田園風景が広がる田舎のようだ。この先町が開けてくるとは到底思えないくらいの町。列車はある程度まで減速すると、速度を一定に戻したらしい。もう暫く走りそうだが、この速度ならそうとう長く走らないと町は出てこなさそうだ。先程の文字は「停車」に切り替わっている。それほど長くは走らないだろう。

 10分程スピードを保って、また列車は減速を始めた。文字は「減速注意」に切り替わる。今度は確

実に止まるようだ。私は荷物を用意する。ここでの停車は3時間程らしい。車内で過ごすのは流石に馬鹿馬鹿しくなってしまう長さだ。部屋を出ると、列車の両端に取り付けられた伝声管から「リスラム~リスラム~補給の為スリーアワーの停車~停車~」の声が聞こえる。減速はゆっくりで、最後は残圧でブレーキを効かせたような感じだ。ドアは手動、各車両に一人いるボーイがドアの窓を開けて外に手を出し、ノブを回した。当然だが、ドアが開く。私はホームに降り立った。そこは田舎の辺鄙な駅だった。

 ここで、燃料の補給をするためだけに3時間も停車する理由は単純に燃料補給をしなくてはいけない場所があからさまに多いかららしい。まず前後の重連機関車にそれぞれ、更に客車の電源供給用ディーゼル列車2両。これを一つ一つ補充していくらしい。この駅には補給機が一つしかないからどうしても時間がかかる。じゃあなんでこんな所に止まるのかと言うと、単純に燃料が持たないからだという。じゃあ作れよという話だが、意外とこの駅は人気があって止めてほしいという声が多いのだ。この島で唯一といてもいいくらい緑が多い地域の真ん中にある駅、観光客には人気が高い。本当に周りには緑、田畑しかなくちらほらと黒煙や白煙が上がっている。駅は線路が複雑に組まれているが、建物は全て平屋、その半分以上は鉄道局の作業用建屋。大きなガスタンクがあり、その前には後ろのものとは少し小ぶりだが、タンクがあった。足もとには背丈ぐらいの車輪がある。

 そんな辺鄙な駅のホームで、私はのんびりとペンを進める。周りは目に優しい緑色、聞こえる音は規則正しい内外燃機の躍動する音、人の声はあまりしない。降りた人は、ほとんど緑の中に入って行ったし、出ていない人はそのままなのだろう。ここでは面白いぐらいにペンが紙の上を走ってくれた。楽しい。

 楽しい時間は直ぐに過ぎ去った。1時間が経つ。ランチの時間だ。私はのんびりと食堂車へと戻る。外から見る食堂車はなかなか滑稽なもので、横大きく張られたガラスから中が見える。しかも恥ずかしいくらいに。しばしそれを眺め部屋に届けてもらおうかと少々悩んだが、これだけペンが進む環境があるのだから、面倒なことはしたくない。食堂車にのり螺旋階段を昇り空席に座る。オーダーを訊きに来たボーイにピザとエスプレッソを頼んだ。食堂車は少しずつ客が増えてくる。満席とはほど遠いが8割ほどのテーブルが埋まり思い思いの食事をとっていた。優雅にフルコースを頼む者もおれば、サンドウィッチをテイクアウトするためだけに2階まで上がってきてしまった者もいる。テイクアウトは1階のカウンターで頼むのだが・・・。

 私はと言うと、ピザをさっさと食し、やはりどこか振りきれているエスプレッソを渋い顔で飲み干すと、すぐさま食堂車出て先程のベンチまで舞い戻る。あまりペンを長く留めておきたくなかったからだ。食事をしている時でさえ、さまざまなアイディアがあふれ出てきた、停車時間中で全て書き切れるかすら怪しい。ベンチに座りペンを握ると・・・動かなかった。あれ、さっきまで考えていたことは?絶対面白い筈だったのに・・・あれ?あれ、あれ・・・。


 カランカランカランカラン

「寝台車~市街地ゆき~発車しま~す。」

 ホームではベルを振る駅員が、


ピンポンパンポン

「これより~市街地~市街地ゆき~発車します~」

 車内では伝声管から列車長の声が、


 トボトボと肩を落としながら乗り込んだ私に突き刺さる。

 面白いネタ、面白い話を直ぐに忘れるというのは、意外と良くあることだ。色々飛んだ私は結局あの後線を一つも引くことが出来なかった。ドアをあけて、部屋に戻る。伝声管から聞こえるエコー掛かった列車長の声が聞こえなくなり、音楽はレールと車輪の軋む音しか聞こえない。久しぶりに、こんなに惨めな気持ちになってしまった。つらい。二階に上がりソファーに座り窓の外を眺める。流れて行く車窓はそれほど速くない。

 

 2時間くらいか。車速が全然変わらない。かなり時間が経ったのだが。あまりこういう事に、目くじら立てる程時間がないわけではないが、なんとなく気になったので、列車運行表を手に取った。あぁ、この辺は制限速度があるのか。

 特にやることも無い。ペンを握っても、特に何も思いつかない。ただひたすら、流れる車窓を見るだけで、残りの時間を過ごそう。

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