火の島編:4日目
早く寝れば、早く起きる。
そんな体質な私は、予定よりも早く起き、時間に余裕を持って行動することが出来た。昨日の夜に頼んでおいた朝食のルームサービスを悠々待ち構え、ランドリーサービスも予定より早く持ってきてもらった事を詫びチップを渡すことを忘れなかった。それくらい余裕だった。チェックアウトするときに、用意してもらっていた高速鉄道の
ホテルからは直通のシャトルバスに乗って鉄道本局駅まで行くことが出来る。来たバスはボンネットバスだ。ホテル所有のバスは全てボンネットバスなのだろうか。
ホテルから鐵道本局駅までは半時程かかっる。近付くにつれ、町の賑わいがスタイリッシュなものになっていく。武骨な建物が多かったのが、デザイン性の高い得れガントな建物が占めるようになる。そしてバスも少しずつその台数を多くしていき、その種類も増えた。
本局駅が視界に入ったとき、次の瞬間強烈な光が襲ってきた。一瞬だけだったので、目くらましを食らったようなものだったが、暫く視界に影が入ってしまった。視界が戻り始め、さっきの光の方向を見る。何が反射したんだろう。目を凝らしてみてみると、そこには透明な塊が見えた。
シャトルバスから降りると、前に広がる光景に目を奪われた。周りの喧騒も聞こえない。全面ガラス張りのまるで水晶のような建物が目の前にたたずんでいたからだ。これが本局駅か。外壁ほぼすべてガラスで覆われており、骨組みが無数にアーチを描いている。中に入ってみよう。この時の私は、本局駅の前に広がるバスターミナルを眺めるというサブイベントを完璧に忘れていた。中に入ると、発券機がサイドに置かれ、目の前には改札があった。電子技術が発展していないだろうから、自動改札ではないと思ったのだが、意外や意外にたくさんのそれらがずらっと並んでいた。でもどうやら入場の切符切りしかできないようで、出口は別の所にあり、そこではたくさんの駅員たちが切符をさばいていた。本当に何でも機械制御なんだと感じる。上を見上げると、水晶の中身がほとんど吹き抜けであることが分かる。とても広い空間からはたくさんの光が差し込んできて、すがすがしさすら感じる。当然空気は悪いが。
ホテルで受け取ったチケットは、この島を走る高速鉄道とその先の観光列車のチケット、そして明日以降使う寝台列車のチケットだ。ホテル経由で予約をしてもらっていた。ホームは21番、先頭車両の1号車の真ん中ほどの席、窓際。この時間だからそれほど利用客も多くないだろうとのことだ。ホームへと向かう。
本局駅はこの島の全ての路線が集まるらしい。この島はそこそこ大きいのでその路線数もかなりのもので、その分ホームも多い。高速鉄道用ホームは改札から少し離れた所、一番端にあった。出発時刻よりもまだ早いため、列車内は清掃中のようだ。ホーム中ほどのベンチに腰掛け待つ。ホームにはカシャカシャと写真をとる人が数人いた。ウイング橋のときもそうだったが、やっぱりこういう人はいるんだな。そんなことを思いながら、ベンチで観光案内誌を広げて待った。
清掃が終わったらしい。ホームに乗り込みを促すアナウンスが流れ、その頃合いにはやはり乗客も増えてきた。1号車は先頭車両だろう。そう思って一番先頭まで歩いて行くと、先頭車掌に乗り込むドアがなかった。前面はなめらかな流線形を描いていて時速330km走行できるこの高速列車にふさわしい形状をしている。先頭車で間違いないのだが、
「ハハハハハ、1号車は機関車だよ。貴方の乗る1号車はこの後ろ。2両目だよ。」
高速鉄道、私の勝手なイメージでは電車だと思っていたのだが。そうだ、この島には電車が存在しないんだった。運転手に教えてくれた礼を言い、すごすごと言われた通り2両目へ乗り込んだ。
先頭の1両目と後端の1両、そしてその間の10・11両目に搭載された大型のガスタービンが1万馬力以上を発生させこの列車を時速250kmまで引っ張る。本土では考えられない構成ではなかろうか。私はてっきりディーゼルが全車両に搭載されてると思い込んでいたが、そんなことは無かったようだ。案内誌には大型のガスタービンがどれくらい大型なのか書いていなかったから、わからなかったが、1両を丸々埋め尽くすぐらいの大きさなのだろう。とすると、10両目11両目は完全にふさがってるのだろうか?ちょっとした好奇心で列車の中を後端目指して歩いてみた。この列車は、前が指定席、後ろが自由席と分けられている。もし通れないのならいい具合の分け方な気がする。
意外と遠かった。真ん中までが、想像以上に1両あたりが長いので、結構な距離が合ったように感じる。目当ての車両は、真ん中に1人がギリギリ通れる幅の通路が伸びてあっただけだった。両サイドにガスタービンが入っているのだろうか?もしくは片方に燃料か?そんな疑問は出たが、知る必要もないと感じたので誰にも聞くことは無かった。
まっすぐ戻って、私は指定された席へ着いた、車内は出発の数分前だというのにだというのにまだ閑散としている。これだけしか乗らないのかもしれない。なにせ平日の朝方、これから都会へ行こうという人は多いだろうが、田舎へ行こうという人はほとんど居ないに違いない。窓の外、向こうのホームを眺めても、それほどたくさんの人がいるわけでもなかった。出勤に行く人もいないのか?などと一瞬考えたがそれはおかしい。この町の経済規模から考えれば、かなりの労働者がいるはずだ。何故だ。考えているうちに、定刻になったらしい、高速鉄道はゆっくりと始動を始めた。予想外に、騒音は少ない。電化されたそれと比べるとやはり大きいとは思うが、気動車らしいエンジン音がしないと、こうも感じ方が違うのかと感心してしまう。そしてまもなく列車は全力運転に入る。車内に取り付けられたにニキシー管の速度計が270と言う数字を叩きだすまで数分と掛からなかった。窓の外の景色は右から左へとただ流れて行くだけで、何か情報を私に与えようとはしなかった。
20分ぐらいだろうか?停車駅が近づいたようで、列車は減速に入る。さっきまで270という数字を示し続けていたニキシー管が目まぐるしく表示を変えた。列車が停車したのは、市街から少し離れた所のようだ、窓の外から見える景色からは半時前に私が賑わいは見えない。停車し、ドアが開いて、しばらくたって、ドアが閉まる。どうやら誰も乗り込んだ形跡はない。また列車は走りだし、直ぐに全力運転に復帰した。
今度は10分程、その間に2駅程通過しただろうか、次の停車駅の周辺は閑散としており、周りには何もない、農業地帯のようだ。
更に20分。3駅通過した。今度は少しだけ、少しだけだけど町のようなものが広がりつつあった。停車時間はかなり長い。車内アナウンスで、燃料の補給をすると言っていた。30分ほどの停車になるそうなので、燃料の補給とやらを見物しに行ってみた。と少し歩くことを覚悟したのだが、それほど歩かずに済んだ。なにせ先頭車両に補給していたから。ホームに出ると、直ぐに補給用のパイプが目に入った。
カシャカシャ カシャ ギィィィギィィィ
シャッターを切る音とフィルムを巻く音がする。やはりどこでもこういう人はいるのだろう。
「何を入れているんですか?」
車両の上に登って、補給用パイプを接続したのであろう作業員に訊いてみる。
「えっ?あ、これかい?これはねガスタービン用のハイオクタンガスなんだよ。」
「良く燃えますか?」
「良く燃えるし、良く体をむしばむよー」
体に悪いから、中に入っとけ。ということか。私は作業員の気遣いだととって車内へ出戻った。
燃料補給を待つ間、何故かこの時間に車内販売が回ってきた。きっと、ここで商品も補給するから古い商品を出来るだけさばいて補給したいのだろう。丁度喉も乾いてきた頃だったので、ストレートの紅茶とショートブレッドを買った。この組み合わせ以外、きっと買うことができなさそうだ。
補給が終わると、また列車は時速270kmの全開運転へと舞い戻る。ふと見ると、3つ並んでいるニキシー管のうち真ん中が切れている。暫くしないうちに、右も切れてしまった。あらら、酷使される部分はやっぱり先に切れるのだろうか?
今度は5つほど駅を通りすぎた。40分ぐらいか。ようやく高速鉄道の終着駅へと着いた。ここで観光列車に乗り換えて更に先に進む。列車を降り、目当てのホームへ向かった。迷うことは無い、なにせ私が次に乗るのはSLだからだ。もくもくと上がる黒煙は分かりやすい目印であったし、何よりカメラを持った人々がそこへ向かって駆けて行ったので、ついていくだけで良かった。
といっても、行ったところで乗ることはできない。流れで目の前まで来てしまったが、これに乗るのはお昼を頂いてからだ。さて、何を食べようか。ショートブレッドと紅茶では、流石に物足りない。駅の外へ出てみると、幾つかのファーストフード店と、レストランがあった。その中で、古くいかにも旨いものを出しそうな1軒のレストランに入り、グラタンを頼んでみると、まぁそれなりに美味しかった。やはり、焼きすぎではあったけど。
昼ご飯を食べ周辺を散策し、ほどなく私は列車へと戻った。黒光りする鉄の塊の前にはまだ人だかりがあった。煙は上がっている。その姿を目に焼き付け、私は指定席である最後尾の車両へと乗り込んだ。発射するまでまだ時間はあるのに、何故乗り込んだのかと言うと、この最後尾にはバーカウンターがあるからだ。列車に揺られながら、太陽が高いうちに美酒に酔いしれる。なんと贅沢な事か、それに移動し続けているのだから時間を無駄にすることにもならない。スチームの圧力に身を任せ2時間揺られよう。そんな風に考えていた。
まぁ、流石に公共の場で泥酔や酩酊状態になるなど、そんな非常識な事はしない。足取りもしっかりとして頭もある程度働かせれる程度にしか嗜まないように努めた。
いい具合になったので、カウンターを離れ車内を見て回ることにした。外観からしてそうだったが、高級客車としての作りがとてもよくできている。この車両はどうやら木造のようだ。外観の青に対比するように赤みがかった木目が車内をあでやかに彩り、車内の白熱球が間接的にそれを引き立てる。座席は高速鉄道と違って旧型の2人がけ転換クロスシートだが、それは車両がとても古いからだろう。新車の時はきっと最新のトレンドに合ったに違いない。青で統一されたシートの座り心地は回転式と比べても決して劣らない快適さ、窓際に深く座りのどかな田園が左から右へと流れて行きそれを見つめていた・・・という所までは覚えているのだが、そこから先の事を実は覚えていない。気付いた時には車掌が横におり、私の体を揺すっていた。窓の向こうに見える看板には一方向にしか矢印がない。
少し眠っていたお陰で、頭が冴えた気がする。到着したポグラネットと呼ばれる町は本局駅から伸びた線路の中で最も遠く離れた駅のある町で、この先にはローカルの狭軌軽鉄道しか残されていない。言わば最果ての町といった具合だ。町はそれなりの繁華を見せ、古くからある建物が威張っている。町行く人も、何処か古風だ。市街のトレンドがそれほど伝達されていないのかもしれない。
そんな事は兎も角、私はこの町に観光しに来た訳では無い。ここはあくまでも折り返し地点でしかないからだ。折り返すにはまだ時間が早い。軽く2時間程潰さなくては。
狭軌軽鉄道とは一体どんな物なのだろうか、興味が出たので、それを見に行く事で時間を潰すことにした。鉄道局線の駅から5分程離れた距離にあった軽鉄道の駅は、駅というより停留所のような雰囲気だった。レール幅はやはり狭い。暫くすると黒煙を吹き出させ列車がやって来たが、それも小さかった。客車の中も小さく、向かい合ったロングシートの間は狭く、膝と膝が当たってしまうかの用だった。運賃はとても安い。路線図によると、この列車はポミグラネットの町を環状しているようだ。機関士に聞いてみると1周1時間もかからないとのことだったので良い時間潰しだと思い乗ることにした。
乗り心地は、良いものでは無かった。ガタガタと揺れ、たまにうねりも伴う。殆どが道路との併用区画であった為か、路面のうなりに存分に影響されているようだ。元々軽く酔っていたのに、益々気分が悪くなる。道路が車で溢れていた。この交通量が、路面を痛めているらしい。市街でうなりが気にならなかったのは、金のかけ方が違うからだろう。
1時間丸々揺られ、出発点に戻ってきた頃には頭痛がし始めており、直ぐにでも休みたい気分だった。シャワーを浴びて横になりたい。でもまだホテルは来ていない。あと1時間を鉄道局線の駅前にあった喫茶店で過ごす事にした。
やはり、この島の飲み物は基本的におかしい。飲めない訳でもなく、美味しくない訳でもないのだが、甘すぎたり苦すぎたり熱すぎたりする。1時間を潰し、私はホテルへと向かった。
その先に有ったものは、私の予想を越えていた。きっとこの島で最も強い驚きだったかもしれない。本局駅の美しさよりも遥かに、この目の前のホテルの凄さに目を奪われる。
目の前には2階建ての立派な寝台列車があった。
今夜は、揺られながら寝ることになるかもしれない。