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セカンドカントリー  作者: 桜華咲良
火の島"ガーネット"編
3/16

火の島編:2日目

ホテルの朝食は、至って普通の内容のバイキングだった。この島にやって来て始めてのまともな食事がこれほどまで普通のバイキングというのは正直ちょっと残念だが、まぁそれは致し方あるまい。

今日の予定は朝から夕方迄埋まっている。ホテルのプランにあった1日観光ツアーを申し込んである。

集合時間の少し前に集合場所であるフロントの前にいくと、「観光ツアー」とかかれた小さい三角の旗をもった如何にもツアーガイドらしい女性がいた。

「ツアー参加者の方ですか?」

「ええそうです。」

「こちらの名簿のご自身の名前の後にサインをお願いします。」

差し出されたバインダーには20名程の名前があり、その殆どが既にサインを書いてあった。ツアー参加者はそれなりに居るようだ。サインを書き終わり、手渡すと「有り難うございます。しばらくこちらでお待ちください。」とこういって、フロントの方へと歩いていった。その動きから察するまだ来ていないツアー客を館内放送か、部屋への内線で呼び出すつもりらしい。フロント嬢が受話器を取った。内線だな。


数分後、内線を受けて慌ててやってきたカップルで全員揃ったらしく、ツアーガイドが「ツアーにご参加の方~バスへとご案内致します~」と独特な声色で先導していった。

私たちが乗り込むバスはまさかのボンネットバスだ。一応冷暖房は備わっているらしく快適性は悪くない。席の3分の2ほど埋まったバスは、全員が着席し、最終の点呼を取ると走り出した。

「皆さま、本日はホテルニューガーネットの観光ツアーにご参加いただいて誠に有り難うございます。本日のツアーのお…」

ツアーガイドらしい挨拶を聞き流しながら、私は窓の外に目をやった。見覚えのある建物が流れていく。

「先ずはこれより、この島の歴史博物館へと向かいます。歴史博物館はガーネット総合港の近くに御座いまして主要産業である石油精製のれ………」

昨日ホテルへ向かう時に通った道のようだ。ということは空気が悪くなるのか。

そこら辺はよく考えていらっしゃるようで、ツアー参加者にマスクが配られた。綿地の、如何にもマスクといった厚みのあるタイプだ。

「このマスクはガーネット工業特区で働く作業員全員に配られているものと同じものです。石油を中心とした工業の発達は煤煙をだし人間の肺へと害を成します。幸いにも、工業特区へ吹く風向きは市街地方面からでしたので大規模な公害こそ起こりませんでしたが働く作業員の被害はとても深刻でした。その為このマスクが開発されました。人体に影響のある物質を殆どこのマスクは通しません。原理は…」

難しい話が始まった。化学の話のようだ。専門外の話は聞かない方がいい。今のうちからマスクをつけておくべきだろう。気分を悪くしてからは遅い。

今のガイドの説明で、この島の考え方は本土のそれと比べると、とても異常だと言うことがわかった。本土なら局所的で有ろうが公害は公害で扱われ、工場側に改善を命じるのだがこの島では作業員側に対策を取るようだ。確かにこの島は石油が出る。そしてそれを売っている。製品にもして、それは本土でもよく見るものだ。工業特区の経済的重要性は計り知れないのだろう。それでも工場側を最優先しているのだろうか。

「更に、マスクだけではなく積極的に機械の自動制御を用いることで出来るだけ職員の労働環境を改善することで作業員の健康を守っています。これから向かう歴史博物館にはその歴代自動制御機械が置かれております。お楽しみに~」」

成る程随分回りくどかったが、そう言う案内なのか。

そのあとガイドによる手慣れた客いじりにバス内の空気は随分と明るくなり、そして窓の外はほんの少し陰り始めた。

「皆さまお疲れさまでした。歴史博物館に到着です。これよりドアを開けます。皆さまマスクをお付けください。」

そこまで厳重にしないといけない所らしい。。そういえば私は空港に降り立った直後マスクをしていなかったがあれはよくなかったのだろうか。

「短時間であればそれほど問題ではありませんよ。正直このツアーも問題に成る程外には居ませんが一応念のためです。」バスを降り立ってからガイドに聞いてみるとそんな答えが帰ってきた。少し安心した。

歴史博物館の中は空気浄化装置が置いてるらしく、マスクが不要とのことらしい。一瞬外そうかと思ったが、この息苦しさにもなれておこうと思いそのまま付けておくことにした。どうやら他の参加者も殆どが同じことを考えていたようだ。

展示されている内容はこの島の歴史について、各年代に分けたブースがありそこに関連する機械や資料が置かれるという。まぁとてもシンプルなものだった。

「この自動制御機械、全く電子部品を使っていないんですよ。」

最新機種のブースを見ているといきなり背後から声がした。振り向くと、中年ぐらいの男性がたっていた。ネームプレートを首から下げている。学芸員のようだ。

「この石油プラントの自動制御機器は全く電子部品が使われていないんです。すべて機械式と油圧式で動いているんですよ。振り子やギヤ、ゼンマイも使っています。油圧を機械的に制御することでとても信頼性が上がるんですよ。」

そう得意気に話してくれた。

「電子制御だと信頼性にかけるんですか?」

「普通ではそうならないんですが、ここの環境が電子制御にはとても厳しいんです。すすやほこりが基盤にたまって悪さをするんです。ですので、機械に防塵対策をするんですが、どこからともなくすり抜けて絶対におかしくなる。もうそれだったら諦めて機械的な制御にしてしまおうと、40年程前になったんです。」

「40年も前だと電子部品の性能もそれほど良くなかったでしょう。防塵性能も。」

「はい、その通りです。今の最新技術を用いればきっと簡単に作る事が出来るのでしょうが…。40年前に電子制御を捨ててからと言うものこの島の電子分野の成長は他地域と比べ著しく遅い。コンピュータが良い例です。」

入島審査に変に時間がかかったのはコンピュータの処理速度が遅いからなのか。

「車だってそうです。この島には本土のような最新型の車は殆どいないですよね。」

「ええ、確かに」

本土では見ないような車ばかりだったのを覚えている。

「あれは最新の車に乗せられているコンピュータを誰も理解出来ないんですよ。壊れたらそれで最後、修理が出来ません。」

この島全員が、機械音痴といった所か。いや、機械は触れるのか。


私が違うブースにいっても、この学芸員は付いてきた。まぁいろんなことを教えてくれるのは有り難いのだが、一人でアカデミックな気分に浸りたい私からすれば、素直に嬉しいとは言い難い。

「元々この島は石炭が出たんですよ。」

「石油ではなくて?」

「ええ、今も綿を作っているような工場は石炭を使った外燃機関を主動力にしています。」

「それは何故?」

「早い話が、機械更新をしていないんです。この町で一番古い工場は約200年前から、部品更新で間に合わせ続けています。」

「そんな昔から」

正直疑いたくなるくらいの話だ。200年もの間一度も致命的な故障を起こさず、部品調達も滞らず、そして何より新しい効率の良い機械に追い出されなかったというのが凄い。

「この博物館のあとに行かれると思いますよ。あの機械は凄いですから。」

そう笑顔で話し掛ける学芸員は余程機械が好きなようだ。


「さぁ皆さん。続いてはガーネットで最も古い工場へと向かいます。バスのなかにお座りください。」

あの後も学芸員に、この機械は何処が凄くて何処がよくないと大変マニアックな事を一方的に話しかけられた。正直なところ、そういう構造的な話は私とは随分と畑が違う。

「続いて向かう綿工場はこの島でも1・2を争う位人気の観光スポットです。文科遺産にも登録されていながら現役を続けている工場は世界中を探してもここしかありません。」

走り出したバスのなかで、ガイドはまた話始めた。さっきから何も見ずにペラペラと喋っている。すべて覚えているのだろうか?何度も同じことを繰り返しているから出来る芸当なのだろうか

10分程走ったのちバス止まった。窓の向こうには赤い煉瓦の壁が見える。バスから降りて見ると、そこには大きな大きな建物があった。窓の向こうから見えたのはこの建物の壁だったようだ。赤い煉瓦造りの巨大な工場はとても立派で、歴史を感じさせる。

「皆さん!工場の中へ入りますよ!」

何時もよりも声を張りげ、私たちを案内しようとしていた。頑張っているのはわかるのだが、とても聞こえにくい。煉瓦の壁の向こうから流れてくる騒音がその声を掻き消すのだ。

「今回み・さ・がご覧・・るの・工・うの2階にあ・・・・ろうからそう・・・うのよう・をご・ん・・・・ただきます。」

張り上げる声が益々大きくなり、最早叫び声と同じ位になってもやはり聞こえにくい。一生懸命手に持った旗を振って「こっちだこっちだ」とアピールしている姿は随分と滑稽に見える。

階段を上って上から動いている機械を見る。凄まじい規模だった。大きな工場内は最低限の通路を除いて全て機械に埋め尽くされていて、その全てが音をたてて動いていた。

「この工場の機械は200年間部品交換のみで動き続けています。初期の頃の部品は約20%程残っています。今も部品を作り続け、メンテナンスをしています。」

ガイドはいつの間にか大きなフリップを持っていて、そこに説明がかかれていた。ページを捲ると、

「年間の休止日数は7日間しかありません。1日にこれだけの数の機械のメンテナンスをします。すごいですよね。」

と書かれている。この姿もなかなかシュールで良い。

「では皆さん、移動しましょう。階段を下りてください。」

ガイドはこう書かれたページを見せ、追い出しをかけた。一人も文句を言わず、皆にこやかに笑いながら階段を降りていく。階段を降りると、「私に付いてきてください」と言う感じ旗を大きく振り、皆それについて行く。良い感じで飼い慣らされてる気がした。


「先程はお見苦しい所を御見せ致しまして申し訳ございません。」

騒音が少し収まった所でガイドはこう言った。あれは仕方がなかったよ。可愛らしくてよかったよ。という声がツアー客から飛び交う。

「ありがとうございます。気を取り直しまして、今度はこの工場の展示室へと向かいます。先程の機械で生産された糸や布 、そしてそれを使用した製品等がおかれております。実際に使用された部品も有るんですよ。皆さまこちらです、付いてきてくださいね」

バスガイドって巧いな。そう感じる。

展示室に行くと、それはとても高品質な綿製品が置かれていた。有りがちだが、販売もされていた。

「綿で何でも作るんだなぁ」

他のツアー客がため息をつくのと同じくらいで呟いた。全くもってその通りである。

「これなんて見ろよ。綿布の強化樹脂だぞ。」

繊維強化樹脂を綿で作る。正直ピント来ない。カーボンやガラスで作るとはよく耳にするが、綿で作るのは余程珍しいのだろうか。この男性はその綿強化樹脂で作られた定規を購入していた。

「ねえねえこれ見て可愛い」

若い二人組の女性はカバンを指差し可愛い可愛いと騒いでいた。うるさい。確かにデザインの良いカバンは多いが、それほど騒ぎ立てる程でもないだろうに。

私はここでは全く何も買うつもりは無かったのだが、これまた綿で作られたとても質の良い肌着を見つけた。これは買っておいても良いだろう。それほどかさばらないだろうし、何よりこの先も必要だろうから。


「さあ、皆さま。続きましてはお待ちかね、お昼ごはんです!」

パチパチパチ

乾いた、力の無い拍手が車内を包み込んだ。

朝から続いたツアーは工業特区近くの予定を全て消化し、またガーネット市街地の方へと向かう。

「その様子ですと皆さん、一度はこの島の料理を口にされたようですね。」

それほど嬉しがらない車内の空気を感じ取ったらしい。

「肉は硬くて、揚げ物は油でギトギト。あとは白い固まりも出されましたか?」

昨日食べようとした夕食を思い浮かべる。まさにそのままだ白い固まりは口にもしなかった。

「あのような料理がこの島でよく食べられているのにはとても深い理由があるのです。」

そういってバスガイドは語り出す。

「この島はかなりの早い時代から産業の自動化が進みました。そして自動化された工場に勤める人々は時間に対する正確性が求められました。余りに正確さを求められた為、急な病欠等が出ると、てんやわんやになってしまうのです。そのため絶対にお腹を壊さないような過剰に焼いたり揚げたり似たりする料理が出されるようになりました。」

バスガイドの説明はすこしおかしかったが、大方の理由がわかった。

「とは言いましても、この島の全ての料理がそういう訳ではございません。今日の皆さまの昼食はきちんとした歴史ある美味しいレストランでございます御安心下さい。」

そう言われてほんの少しだけ期待してみると、まぁ見事にほんの少しだけの期待に、そのレストランは答えてくれた。

本土で言うところのチェーンのレストランレベルのハンバーグだったが、もしかするとこれがこの島では絶品扱いなのかと考えると味わって食べておいた方が良いのかもしれない。そう考えたツアー客は多かったらしい。中には泣きながら頬張る者もいた。「やっとやぁやっと美味しいものが食べれるぅ」余程まともなものにありつけていなかったのだろう。

「皆さん…そんなにこの島の料理は美味しくなかったんですか…」

ほんの少し、涙目になっていた。


昼からは市街で最も栄えている商店が立ち並ぶエリアの自由散策であった。

「安いよ安いよ~大安売りだ!」

あちこちでこんな声が聞こえてくる。もっともメインの通りは流石に繁華で、道にはみ出すように置かれた段ボールや発泡スチロールには野菜やパックに入った魚が置かれていた。魚はパックのなかなのか。

通りの中に立つ街灯には10本に1本の割合で4色のランプが取り付けられてた。緑黄オレンジえんじの4色。いったいなんを知らせるものなのだろう。なにか看板がひっついているが汚れていて文字は読み取ることが出来ない。緑色が点いているので、きっと大丈夫なんだろう。

ツアー的にはここでお土産を自由に買って貰う時間なのだろうが、私は買っていくつもりはない。その代わり、市場調査と迄は言わないが、何が売っていて何が売っていないかを軽く確認する時間にした。明日も1日それをするつもりなのでそれほど確りは見なかったが、どの店にもマスクが置いてあった。

「皆さま本日はお疲れさまでした。これにて本日のツアーは終了になります。ありがとうございました。」

スタート地点のホテルに戻って全ての行程を終了した。このツアー、歴史探訪ツアーのようだったな。それにしても、疲れた気がする。私は真っ直ぐにホテルの自室に戻り、夕食としてルームサービスを頼んだ。届いたワインとほんのすこし焼きすぎのピザを食べながら、窓の向こうに見える夜景を眺める。そういえばガイドが1万ドルの夜景だとか言っていた。石油石炭が出る分電気代が安いから数字は小さくなるが、その規模はかなり大きいと言っていた通り、見渡す限りの小さな光はとても幻想的だった。

今日はぐっすりと眠れそうだ。

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