光の島編:6日目
昨日、というか数時間しか経っていない。日付が変わったのは事実なので一応分けて書いたが、ほんの少ししか経っていないと言うことだけは伝えなくてはならないだろう。
同じものを延々と見続けていると、当然だが飽きてくるものである。だがこの星空に限ってはそれは無かった。自らのいる星が自転しているのを感じ取れる位星々の輝きははっきりとしていて、多彩な変化を見せつけてくれたからだ。山を下るゴンドラに乗るのが少々惜しいと感じる程だ。
夜半のゴンドラは日付をこえて暫く立ってようやく出発するものだった。乗り場は同じ駅舎の隣のホーム、私があがってた時には無かったのだが・・・。もっとも発電量が多い時間帯に引き上げたのかもしれない。ゴンドラに乗り込んだのは私を含めて6人、車掌を含めると7人だ。見た目はケーブルカーと殆ど同じだ。室内には非常灯のようなLEDが3つついているだけだ。
定刻になるとドアが閉まり出発する。ドアが閉まると同時に室内灯が2つ消えた。「キャッ」というような声が聞こえてきたが、薄暗がりもつかの間で進み始めると明かりは全て灯りだした。私は前面を展望出来る席、具体的に言うと運転手のほぼ真横に居た。目前は真っ暗で前照灯がなければレールすらも見えない程。ゴンドラのレールの間にはケーブルカーのようなワイヤーガイドとともに、鉄でできたギザギザが上を向く歯車のようなレールがあった。気になったので、少々気がひけたが
「あのぎざぎざしたレールは何ですか?」
と運転手に訊ねてみることにした。
「あれですか?あれはラックといいまして、このゴンドラについているピニオンギアとかみ合っているんですよ。ピニオンギアにはブレーキがついてまして、このゴンドラの速度制御をしているんですよ。」
通常のレールと車輪ではケーブルカーの車体重量はとても制御できない。鉄と鉄同士では摩擦係数が低くこの重量をこの角度では確実に滑ってしまう。そのためケーブルカーではレールを抱くような非常用ブレーキが搭載されていることが多い。
「このゴンドラは毎日下ってますから、レールを痛めるようなブレーキは搭載できないんですよ。とはいってもこのピニオンブレーキも癖が強くて使いにくいんですが・・・」
そう言いながらハンドルをぐるぐると回す。
「それがブレーキですか?」
「ええ、これを回してチェーンを巻き取ってブレーキシューを動かしているんです。路電みたく回生ブレーキとか電気指令式を積んでくれればっこんなに頑張って回す必要も無いんですが。」
と言いながら今度は反対方向に回しだした。
「ここは勾配がキツイからブレーキをきつめにしないとっ・・・」
巻き取るにつれゴンドラのスピードが遅くなり、同時に室内灯も少し暗くなる。まさかとは思うが、車輪にダイナモが載せられていてそれで電気を生み出しているのではないだろうか?そうなると、この列車は真っ暗やみの中を自立した動力を持たぬまま、落下しているということになる。この恐怖がわかっていただけるだろうか。
「あ、一応引き上げ用のケーブルがつながってますから、もしもの事があっても非常用が効きますしっ。危なくはないですよ。」
時折入る小さい「つ」はハンドルを回しているタイミングだと思っていただきたい。これが入るたびに2回転くらいはぐるぐると回している。ギアを使って減速しているからそれだけ回さなければならないのだろう。
山下りは約50分続いた。
山を下りてホテルに戻ると、もう日の出まで4時間も無かった。どちらかと言うとロングスリーパーな私はこの町をでる昼前まで寝ることを決意してベッドにもぐりこんだ。午前中を棒に振ってしまうが、そもそもこの島には棒に振る程のものが存在しないのでそれほど後悔はしないだろう。
実際昼までぐっすりと眠ってしまうと、なんとなく残念なことをしてしまった気がする。ベッドの上で胡坐で流石に時間を無駄にしたという気分が凄くする。無理をしておけば、また別の地域、西側や東側の生活が見れたかもしれない。この時間だとどう考えても向こうに戻り、出国手続きをするくらいしか時間が無い。
もうここまで来ると焦る必要も無いので、荷造りをして食事をしてチェックアウトをたっぷり1時間程掛けて行い。そのまま駅へと向かった。時間がとても悪く、次の列車が来るまで1時間程かかるようだがもう気にしない。1時間を丸々ノート整理に時間をかけてみると、意外とはかどり、気になって直さなくても良いところを直してしまう。暇を持て余すということはこういうことでもある。やってきた列車に乗り、南のビックシティへと向かった。今日・・・ではないな正確に言うと明日の深夜、この島を出発することになる。
役場前駅で路電をおり、この先はトロリーバスで空港を目指す事にした。空港まで向かうトロリーバスの路線は南側の町を走る路線の中では最長を誇る。と言っても始発であるこの駅から終点まで1時間程しかかからないので比較的一般的な長さかもしれない。この島の性質上、普通に路線バスが走れば30分程で橋から端まで行き切ってしまうので、このバスの長さは相当なものであるのだが・・・。もともとまさか空港までバスで行くわけがないという発想なのだろう、このバスはいくつもの小ターミナル(幾つかの路線の始終点となるバス停)を経由しながら走る。空港に着くまでに4回は一回転したと思う。トロリーバスは給電を路面電車と同じく架線から行うため方向転換するにもとても面倒な事にループ線を通らなくてはならない。町の少し外れた所に行くとループ線を利用したラウンドアバウトのような個所も見受けられる。トロリーバスが走っている光景を見ることが無い人はどういうものか文章だけでは思い浮かばないかもしれない。
空港に着いたのは影の町をでて3時間かかった。わざわざトロリーバスなどにのる必要は無かったのだが、建物と近い距離を走るので生活が垣間見えるかも、なんて思ったのだがそんな期待は見事に崩れてしまった。町はどこもかしこも似たような建物ばかりで、歩く人は少ない。エネルギーを無駄使いさせないためだろうけど、同じ風景が続くのは随分惜しい気がする。降り立った時は窓が一切なかったが、夕暮れ時の今空港のロビーはオレンジ一色に包まれていた。南向きに全面がガラス張りになっていたのだ。あの時はそこまで気が回っていなかったのだが、あの時は窓に真っ白なシートをかぶせていたらしい。日没とほぼ同時に上から降りてきた。
この島の出国検査はやけに厳しかった。はいはいと追い出すような勢いだったガーネットとは違い。手荷物検査では開封までさせられた。よほど太陽電池の技術流失を防ぎたいのか、もしくはそのほかに何かあるのか・・・?要らぬ詮索はよそう。自らを破滅させかねない。
さて、出国検査が終わってからが暇で暇で仕方がない。なぜなら私が乗る飛行船の出発時間は日付過ぎであるからだ。飛行船は日没してから数時間後ようやく着陸許可が下りる。ここには燃料浮遊ガス食料の充填、それと簡単な整備点検をする程度の設備しかない。そのため飛行船は乗客だけを乗せ換えてとんぼ返り(ふつうは分解整備までして2~3日滞在する)をするのだ。私はそのとんぼ返りに乗り込むのだが、この島の設備はその充填ですら時間がかかるので結局出発は日付が変わってしまう。その為か、出国検査を受けたあとバーカウンターのある展望フロアに通された。酒の力でなんとかしようというのだろうが、この島は酒を造っていないはずなのだが・・・。
仕方なくガラスの向こうを眺めるだけだった。暗闇の向こうに見える月とその光が反射して波に輝く光景は綺麗だが長々と眺める気にはなれない。不意にガラスに背後を歩く数名の人々が写り込んだ。
「あ!?」