小山内
小山内
篠生さんのプレゼンテーションが終わる。まばらな、おざなりな拍手が会場を包む。自分が死んだ理由を発表し、いい気持ちに浸っている篠生さんに対する周囲の反応は「かあ、最近の若いのは根性がねえなあ」だとか「わたしの会社なら現場の人間は高卒でも雇ったのだがね」だとかであまりいい感触とは言えなかった。自信たっぷりだった彼の顔が判りやすく歪んでいくのがとても気持ちいい。ざまあみろである。
「……そう言えば少し気になった事があったんですが」
「ん?何かな?」
明戸さんはわたしの言葉に小首を傾げる。
「ここにいる参加者は世界中から集まってきた自殺志願者の人たちなんですか?」
わたしは会場を見渡す。ざっと数えて三十人前後だろうか。そのほとんどがわたしと同じ日本人のように見えた。もっともわたしと同じ年齢の人は他に一人もいなかったけれども。
「どうしてそんな事聞くの?」
「いえ、審査員の方たちも日本人のように見えたので言葉が通じない場合どうするのかな、と思いまして」
もしかしたらここが天国に類するところならば言葉の壁なんてものはないのかもしれないが、文化や風習の違いによって死ぬ理由はそれぞれだろうし、それに同調するかどうかも結局は同じ国の人でないと不利に働くような気がした。
だが、そんな考えも次の明戸さんの説明で杞憂と知った。
「ああそういう事ね!んーと、確かいくつかの会場に分けて国だとか何だとかで地域ごとに分けて行っているみたいだよ?詳しくはわたしも知らないけど」
言われてみればそういう配慮はされているのは当然とも思えた。もし逆にわたしが他所の国の人に囲まれて演説をしなければならないなんて状況に陥ったらそれだけで死んでしまいそうだ。
「あ、小山内さんあれ見て!」
明戸さんが指を差す方向へと顔を向ける。
「うわあ、篠生さん審査員のポロシャツのおじさんに掴みかかってます」
そこには野次を飛ばしたポロシャツの中年男性に掴みかかる篠生さんの姿があった。
「アタシはあいつらどっちも嫌いだからすこぶる気分がいいね!」
わたしの隣でそんな事を言って楽しそうに笑う明戸さん。
「……これはわたしの勝ちですかね?」
「個人的には小山内さんに勝っては欲しくないんだけどねえ。ううん、正直この空気を見る限り彼の優勝は難しいだろうなあ」
彼女は眉をひそめ「使えない男め」と口にする。幼い子供に自殺して欲しくないから出た言葉なのだろうが、当事者としては複雑な心境である。
「それにしても……」
大人の男性二人の取っ組み合いを他人事のように観賞していた明戸さんがこちらを向く。
「小山内さん、ちょっと明るい表情になったね」
「……明るくなった?」
「うん、何て言うか。さっきまでより全然いい顔をしてるよ」
まさかの言葉にわたしは自分の顔をぺちぺちと叩く。自分ではそんなつもりはまるでないが、第三者から見るとそうなのだろうか。残念ながら鏡はない。
「いい顔……ですか。百歩譲ってそれが本当だとしても、理由が賭けの対戦相手が滑ったからだって言うのも陰湿な感じがしますね」
「あはは、違いないね。でも、陰湿だろうと何だろうとやっぱり人間笑顔が顔が一番素敵だと思うな」
そう言って明戸さんはにっこりと陰湿さの欠片もないような顔でわたしに笑いかける。
壇上から篠生さんが降りてきて、正確には引きづり下ろされてきて、わたしの前へとやってきた。
「……この反応だとどうやらわたしの勝ちみたいですね」
まだ成長途中、と言うか成長する気もなさそうな胸を張る。以前のわたしなら考えられない所作である。明戸さんの言うとおり何かがわたしの中で変わってきているのだろうか。
「なに言ってやがる。僕がお前なんかに負けるわけがないだろう」
この惨憺たる有様を見てもそう嘯く彼は、それが虚勢であれなんであれ、強い心の持ち主なのかもしれない。強い心の持ち主が自殺をすると言うのもおかしな話ではあるが。