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リバーサイドミステリー  作者: うなぎ先生
[第二話:自殺の為のプレゼンテーション]
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小山内

小山内



「ああ、小山内さんの担当は明戸さんなんだ」

 黒井さんに続いて現れたわたしの担当は明戸と言う名前の女の人であった。どうやら黒井さんとこの女性は知り合いらしい。彼女に声をかける黒井さんの声が少しはずんでいるのは気のせいではないと思う。きっとこのお姉さんに気があるのだ。

「こっちに来てから坊ちゃんからお暇を出されちゃってさ。アタシも副職でもしないと厳しいんだよねえ」

 そう言って「むむむ、困ったもんだよ」と神妙な顔をするお姉さん。

「あ、アタシがあなたの担当の明戸です。よろしくねえ」

 自己紹介を終えた明戸さんは眩しい笑顔を見せてシェイクハンドを求めてくる。差し出された手を握っただけで彼女の人柄の良さが伝わってくる。わたしとは違って誰からも疎まれる事のない人生を歩んできた人なんだろうなあ、と漠然と想像する。それにしても、黒井さんにしろ明戸さんにしろ、わたしたちの問題を気乗りがしないだとか副職だとか散々な言いようである。

「……よろしくおねがいします」

 わたしは何とか明戸さんに対して言葉を返す。彼女は「よく出来ました!」とわたしの頭を一つ撫でると、地面から雲を引っ張り出して固定させた即席の椅子に腰掛けた。

 さすがに慣れない状況に疲れ果てていたわたしは、ふう、と口から一つ息を吐く。彼女に出会った事により目まぐるしく変化してきた状況がようやっと一段落したように感じたからだ。

「えっと、君たちはどうしても自殺がしたいんだよね?正直、自殺なんてあんまりオススメ出来ないけどなあ」

 こめかみに人差し指を当ててわたしと篠生さんに問いかける明戸さん。続けて彼女は肩をすくめると「アタシなんか事故で死んじゃったんだよ?」と付け加えた。その言葉やこれまでの雰囲気から判断するに黒井さんと明戸さんは同じ事故で死んでしまったのかもしれない。

「明戸さん、その下りはもうやったから」

 黒井さんが言うと、明戸さんは「あら、そうなんだ」と舌を出して照れくさそうに笑った。

「おい。そっちも担当が来たんだったらもういいだろ?」

「ああ、そうだな。じゃあまた後で」

 焦れてこの場を立ち去ろうとする篠生さんに対して、名残惜しそうな顔をする黒井さん。もう少し明戸さんと話していたかったのだろう。ここまで判り易い人も中々いない。そんな彼を見てわたしは「きっと探偵だとかには向いてないだろうなあ」なんて失礼な事を考える。

「じゃあ早速だけどプレゼン大会の説明でもしよっか」

 左手を腰に当てて、逆の手の人差し指を立てる明戸さんにわたしは「……お願いします」とだけ答える。

「そう言えばパンフレットはもう読んだのかな?」

「……ええ、なんとなくは」

 ただ正直なところ読むには読んだが、内容を理解してるとは言いがたかった。それに目を通した時はまだ混乱した頭を落ち着けるのに精一杯で、文字の上を視線が滑っていただけだったからだ。これからプレゼン大会のちゃんとした説明がされるのだと思うと、胸に抱えた冊子が、ずん、と重みを増したような気がした。

「まずざっくりな説明としては、後数時間後に始まるプレゼン大会で優勝した人だけが自殺する権利が得られるの」

 家庭教師の先生のような振舞いで説明を始める明戸さん。

「ああ、数時間後って言ったけど、この世界では時間の概念みたいなものがあやふやだから、あくまで生きてた時の感覚で数時間後ってイメージをしてね」

 よく解からなかったが、とりあえず頷いておく。

「それでその大会で優勝出来なかった人たちは残念ながら自殺は不履行になって、九死に一生をって感じであっちの世界に戻ってしまうの」

 そう言って彼女は雲で出来た地面を指差す。やはりわたし達がいたの世界はこの雲の下にあるという事なのだろう。或いはただ単にイメージの問題なのかもしれないが。

「じゃあどうすればプレゼン大会に勝てるのか。これはもう結局のところ自分の死にたい理由、如何に自分は死ぬべきなのかって事を熱く語るだけ。それを聞いたオーディエンスの人たちが投票によって誰が一番死ぬべきなのかを決定するの。観客の心に届く演説をすれば自ずと優勝が近づくってわけね」

 その話を聞く限り、これはプレゼンテーションと言うよりは選挙の演説に近いものなのかもしれない。「わたしの死に清き清き一票を」なんて声を張り上げている自分を想像して、可笑しさとおぞましさが混ぜこぜになったような気分になる。どこかで聞いた、笑いとホラーが紙一重と言う言葉を思い出し得心がいく。

「んで、アタシの役割はあなたの死にたい理由を聞いてあなたがその大会で勝てるようにアドバイスをする事なんだけど」

 ここまで、とんとん、とお母さんがまな板の上の野菜を切るように流暢に話を進めていた明戸さんは、自分のポジションについて説明すると少し困ったような顔をした。年下の女の子の自殺を手伝うのが心苦しいのかもしれなかった。「だったら初めからこんな仕事引き受けなければいいのに」と思うのは子供故の浅はかな考えなのだろうか。

「ここまでで何か質問はあるかな?」

「その演説ってわたしの代わりに明戸さんにやってもらう事って出来るんですか?」

 無理だろうとも思いつつもわたしはそんな質問をする。出来る事ならば人前で自分の恥部とも言えるような話を語るなんて事はしたくなかった。

「んと、一応ルール上は出来るよ。自分の番が回ってくるまでに委任届けを提出すればそれで演説の代行は可能だからね」

「だったら」

 わたしがそう口を開きかけたところで、明戸さんがそれを遮るようにこう続けた。

「でも……出来ればそれは自分の口で言って欲しいかな」

 今まで一番真剣な眼差しがわたしを貫く。それは叱咤なのか、激励なのか、どちらにしてもその瞳には不思議な温かさがあった。

「とりあえずさ、小山内さんが自殺した理由を聞かせてもらってもいいかな?」


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