小山内
小山内
わたしは受付係の人から手渡されたパンフレットに目を通す。パンフレットの表紙には「人生再生法第四十九条について」なんておどろおどろしい文字がわたしを怖がらせ、空を飛ぶ天使が「君は本当にもう死ぬべきなの?」なんて問いかけてくる。
「本当に死ぬべきなのか……かあ」
自分の生について振り返る。大した面白味も深みもない人生だ。
わたしは無口な子供だった。その背景には両親の不仲などがあったのかもしれない。お父さんは別にお母さんやわたしを殴ったりはしなかったけど、どう贔屓目に見ても両親の関係は冷え切っていた。家の中のギスギスとした空気に、わたしはいつも針のムシロに立たされている気分に陥り、次第に内向的な性格になっていったのだと思う。なんて言ってはみたけれども、実際のところみんなに打ち解けられない自分の性格を家庭を理由にしてごまかしているだけなのかもしれない。
理由はどうあれ、同級生から見ればわたしは他人と交わろうとしない気味が悪い存在で、学校のクラスの中でも浮いた存在であり、いつの間にか誰もがわたしと話す事をしなくなった。
浮いた存在は集団からのけ者にされる。大人がそうなのかどうか確かめる前にわたしは命を絶ってしまったけども、少なくとも子供の社会では他人と違う人間ははじかれる運命にある。そして、わたしはクラスメイトたちからのイジメに耐え切れずに自ら命をドブ川に流す事を決めた。
「……わけでもないんですけどね」
もちろんイジメは辛かったが、耐えられない程のものではなかった。頭を引っ込めて我慢していればその内に嵐は去るものだと子供心に解かっていたからだ。だから、それは決定的な理由ではない。理由は他にある。もしかしたらそれだって他人から見れば馬鹿らしいものなのかもしれない。イジメもわたしが死んだ理由も大局的に見れば一時的な誰もが超えるべきハードルだったのかもしれない。でも、わたしにはどうしてもそれが我慢出来なかったのだ。そして気が付くとこの場所にいた。
「それで……わたしは一体どうすればちゃんと死ねるんだろう?」
パンフレットを開く。受付係の人の話では死ぬ為にはこのプレゼン大会と言うもので勝たなくてはならないらしい。気が重い話だ。正直な話、本気の大人相手に口喧嘩で勝てるほどわたしの口は上手く回ってくれないだろう。それが判らない程わたしは無知ではない。
どうにかこの手続きを免除してはもらえないかと、もう一度受付に足を運ぶ事にする。「どうやって頼むのが効果的だろう」何て事を考えていると、受付係の人と誰かが言い争いをしている様子が視界に入ってきた。わたしは慌てて近くの雲の陰に隠れる。
どうやら揉めていたのは自分と同じ境遇の人、二十歳を少し超えたくらいのお兄さんだ、のようで死なせて欲しいと懇願しているようだった。聞き耳を立てる体勢がとれたのもつかの間、話は終わってしまったらしい。結局説得は叶わなかったようで、肩を怒らせながらこちらへと歩いてくる。
お兄さんがわたしのいる場所の少し手前で立ち止まる。一瞬わたしがここに隠れている事がばれたのかと思ったが、そうではないみたいだ。何やら物思いに耽っているようである。
どうにか声をかけたい、わたしはそう思った。人付き合いは苦手だし、一人でいる事には慣れているつもりだったけど、この右も左も判らない状況はさすがに心細い。
わたしは勇気を振り絞って雲から身を出し、彼の元へと近づいた。わたしに気づいた様子はない。完全に一人の世界に入っているお兄さんを観察する。眉を潜めぶつぶつと何かを独り言を言っているようだ。その仏頂面に反して服のセンスはわたし好みで好感がもてた。顔もまあ悪くはないと思う。
周りをうろうろとしていると「僕が自殺を完遂する為には一体どうすりゃいいんだ?」と呟いた彼と目があった。
「……誰だお前?」
先ほど物思いに耽っていた時以上にぶすっとした顔でわたしに声をかけるお兄さん。小学生の女の子に向かってその対応はどうなのだろうかと思う。さて、それはそれとして知らない人間に自分の名前を明かしていいものなのか。わたしは必死に頭を回転させて口にすべき最良の言葉を探す。
「……他人に名前を聞くときは自分からってお母さんが言ってました」
その結果口から出てきた言葉がこれだ。自分の口下手さに腹が立ち、もう少しマシな台詞があっただろうにと顔が赤くなる。
「ならいいや。別に大して興味もない」
彼はそう言うと、ぷい、と横を向いてしまった。それにしても本当に素っ気無い人である。きっとこのお兄さんもわたしと同じでコミュニケーション能力が人より著しく劣る人物なのだろう。群れからはみ出したくなくても、他人とどう接すればよいかが解からず、結局鼻つまみにされてしまうような類の人間だ。もしかしたら最近流行っている引きこもりと言うやつかもしれない。ただそれでも建て前だらけの大人よりはよっぽど好印象だった。
「……そうですか」
わたしは特に食い下がらずに引き下がる事にした。別にどうしても彼の名前が知りたいというわけでもない。
「……お兄さんはそれに出場するんですか?」
わたしは彼の顔から手元の冊子へと視線を移す。表紙の天使と目が合った気がして少し気分が悪くなる。
「ああ、そうだな。どうやらこれに勝たないと死ねないらしいんでね。僕は早く死にたいんだよ」
臆面もなくそう言い放つお兄さん。自分と似ていると思ったが、彼はわたしとは全く逆の人間なのかもしれない。わたしが全てを殻に閉じ込めて偽ってしまうのに対して、彼は全てを殻から吐き出してさらけ出してしまうのだ。毒をお腹に溜め込むのと、ところ構わず撒き散らすのではどちらがいいのだろうか。おそらくどちらも駄目なのだろう。それにしたって今のは他の人が聞いたら「あの人子供に何て事言っているんだ」なんて呆れられてもおかしくない発言である。
「あんた……子供になんて事言ってるんだよ?」
ほら早速言われてる。