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リバーサイドミステリー  作者: うなぎ先生
[第二話:自殺の為のプレゼンテーション]
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篠生

篠生



 受付で受け取った冊子をパラパラと捲る。冊子と言ってもそんな大層なものではなく、数ページしかないパンフレットのようなものだ。表紙にはでかでかと「人生再生法第四十九条について」などと偉そうな文字が躍っており、その横では頭にワッカを乗せた全裸の子供が「君は本当にもう死ぬべきなの?」などとのたまっている。まったくもって余計なお世話である。

「本当に死ぬべきなのか……か」

 自分の生について振り返る。大した面白味も厚みもない人生だ。

 数年前に大学受験に失敗した僕は世の中に絶望し生きる気力を失った。「浪人しているやつなんて日本中に五万どころじゃなくいるわ」などと言われたらそれまでなのだが、事実生きる力ってのを失ってしまったのだから仕方が無い。おそらく本当のところは受験に失敗したから生きる力がなくなったのではなく、怠惰な生活を求める為の理由にそれをもってきただけなのだと分析できる。

 昼もまわった辺りで目を覚まし、つけっ放しのパソコンからネットの世界へと逃避する。母親が運んできた飯を無感動に口に運び、またヴァーチャルの世界へと埋没し、朝方にはいつの間にか眠っている、そんな毎日。何か動かなくてはと思っているのに、動けない動かない日々。自分だけがぽつんと世界から置いていかれているような射精後の倦怠感にも似た感覚を常に身に纏い続ける腐り果てた日常。その孤独を埋める為にまたパソコンと言う箱の奥に自分と同じ境遇の人間を探し一時の安定を得る中毒患者のような悪循環。そんな生活に嫌気が差した為に僕は世界からの解脱を試みた。

「わけじゃあない」

 無論あのままあの生活を続けていれば、そんな何の目新しさも無いカビの生えた未来へと進んでいた可能性は大いに考えられたが、実際のところ僕が自殺を決めたのはそれとはまた別の理由からであった。まあその理由ってのが引きこもりニートが世に絶望するのに比べて目新しさがあったのか、他人が自殺に足る理由と判断するに適当であったのか、と問われれば甲乙はつけ難いところではある。勿論どちらも乙だから悩むと言う話なのだが。

「んで、結局のところ僕が自殺を完遂する為には一体どうすりゃいいんだ?」

 頭が痛くなる話である。そもそも引きこもりと言うのは口下手なやつが多いのだ。プレゼン大会とやらで優勝が出来るほどに弁が立つのであればそもそも僕はもっと悠々自適なライフをおくれた事だろう。

 怨嗟のうめき声をもらしながら、冊子の一ページ目に視点を落とすと視界の端に何かが映り込んできた。おや、と思いながら焦点を手に持った印刷物からそちらの方へ向ける。何かと目が合った。

「……誰だお前?」

 そこには小さな女の子、おそらく小学校の高学年くらいだろう、が立っており上目遣いでこちらを見つめていた。上目遣いと言っても、心得ている女が男を誘うようなやり方ではなく、純粋に身長差がある為に不可抗力でと言うような感じである。いずれにせよきっと小児性愛者の方々であるならば鼻息を荒くするようなシチュエーションなのだろうが、残念ながら僕にそう言った趣味はないのでただ単に「なんだこの少女は?」と言った感想を持つだけに留まる。

「……他人に名前を聞くときは自分からってお母さんが言っていました」

 ぼそぼそと僕の耳に届くか届かないかくらいの声で喋る少女。僕のぶっきら棒な対応に怒っているのか顔が赤くなっている。白のストライプの入ったオーバーオールなんて出で立ちなもんだから活発な印象を受けたが、どうやら僕と同じ他人とのコミュニケーションが苦手なタイプのようである。彼女に対して「君はまだ若い。僕のようになるんじゃあないぞ」と言いかけて止めた。この状況でそれが何の意味のない事だと気付いたからだ。

「ならいいや。別に大して興味もない」

 そう言ってそっぽを向く。僕はプレゼン大会に向けての準備で忙しいのだ。どこぞの者ともしれない陰鬱な女の子に構ってやる暇はない。

「……そうですか」

 特にしょぼくれた様子もなくそう返答する少女。感情どころか生気のかけらも感じられない彼女は生きた屍と表現しても差し支えないように思えた。まあここにいる以上似たようなものなのだろう。当然僕も含めて。

「……お兄さんはそれに出場するんですか?」

 ぼうっと僕の方を見つめていた彼女の瞳が僕の手元、例の冊子の方へと運ばれる。

「ああ、そうだな。どうやらこれに勝たないと死ねないらしいんでね。僕は早く死にたいんだよ」

 年端もいかぬ子供に何を言っているだろうと思いつつ、僕は事実をそのまま述べる。それが誰であれ、他人に調子を併せて言葉を取捨選択したりするのは嫌いだった。いや、出来るのであれば僕もそうしたいのだが、どうしても遠慮だとかおべっかだとかが使えない、性に合わない。いわゆる空気が読めないと言うやつの典型だ。きっと他所から見たら「あいつ子供に何て事言っているんだ」なんて冷ややかな目で見られるに違いない。

「あんた……子供になんて事言ってるんだよ」

 ほら早速言われた。


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