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リバーサイドミステリー  作者: うなぎ先生
[第二話:自殺の為のプレゼンテーション]
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プロローグ

プロローグ



「一体どういう事だよ!」

 私がぷらぷらと散歩なぞをしながら何の気なしに天界の受付に立ち寄ると、そこで受付係と人間の若者とが揉めているのが目に、と言うより耳に飛び込んできた。昼間っから景気の良い話である。

 あまり褒められた話ではないが、ここではこう言った面倒事は少なくない。天国とやらに希望を求めてきた人間に限って理想と現実のギャップのはけ口として私たちに文句を垂れるのだ。私たちが「天国ってのは素晴らしいところですよ。さあさあお父さんもそこの娘さんもみなみなさま方とも是非いらっしゃい」なんて胡散臭い勧誘をしたならばともかく、ああいった輩の大半は勝手に天国に楽園のようなイメージを抱いてやってくるのだ。

 いずれにせよ積極的に関わり合いになりたい問題ではない。受付係の彼には悪いが、しばしここで様子を窺わさせて頂く事にする。

「どういう事と言われましても……決まりですので」

「話にならない。責任者を出してくれ!」

 これは困った事になったぞ。あんなに激昂している人間と話すのは億劫極まりない。周囲を見回して誰にも見られていない事を確認すると私は慌てて雲の中へと身を隠す。雲の中へと潜ると白い綿あめのような雲が身体へとまとわりついてくる。私がそれを振り払いもせずにいると、それらは少し逡巡した後に私の口から体内へと流れ込んできた。白いシチューに全身が満たされる感覚に覆われると幸福な気持ちに包まれる。あの青年もこの雲の中へと投げ込んでやれば溜飲も下がるのではないか、と画策しながら私は再び彼らの話に耳を傾けた。

「僕は自殺をしたんだよ」

「はい、そちらについては存じ上げております」

 なるほど、この青年は自殺をした人間らしい。それにしても相変わらず彼らの自殺への執念は素晴らしい。人間以外にも自殺をする動物はいるが、人間の自殺へ対するそれは他の生物と一線を画していると常々思う。そもそもとして嫌でも人間いつかはこっち側へとやってくるのだからその時までは人間界での生活を謳歌するべきなのだ。自殺する人間と言うのは「早く大人になりたい」と思う子供と同じくらいに思慮が浅く愚かである。子供の時期が短いのと一緒で地に足をつけていられる時期もまた短いのだ。

「じゃあなんで僕が天国へ行けないんだよ?それともなんだ、自殺は罪深い事だからその時点で地獄行きが確定するって事なのか?」

「いえ、管理者が書類に目を通した上で正当防衛死にあたると判断すれば、自殺者の方でも天国へ行ける決まりになっております」

 まあなんだ、その管理者と言うのが実は私だったりする。ちなみに今は仕事をほったらかして遊んでいるので彼に会うのは尚の事バツが悪い。彼らから距離を置くべく私がさらに深く雲の中へと泳いでいくと途中に蕎麦味の雨雲があったので一つ口に入れてみる。つゆがないのでまったく美味しくなかった。

「てことは僕の死はその正当防衛死ってのにはあたらないって事か?お前ら僕の死を馬鹿にしてるのかよ!」

 またボルテージが上がってきた青年。人の怒りや闘争心と言うのは自分に干渉してこない限りは酷く滑稽で見ていて愉快な気持ちになる。きっと格闘技やスポーツにあれだけの観戦客がいるのはそう言った事が要因になっているのであろう。いつの世も人は滑稽な道化に心を躍らせるものなのだ。

「いえ、経歴を確認する限りあなたの場合はそれに該当すると思われます。その他の行動をとってみても天国へ行くには問題ない経歴かと」

 受付係は淡々と業務をこなす。彼がそう言うのならばそうなのだろう。私の前にまわってくる書類は、大体の承認非承認の仕分けがなされた後のものなので、私の仕事は各々の経歴など見ずにただただ該当の欄に判子を押すと言うものである。当たり前だ、死んだ人間全ての経歴を読んで仕分けるなんて事を私一人で出来ようはずも無い。そんな事を出来るやつがいるならそいつは神以上の存在である。

「じゃあなんで天国へ行かせてくれないんだよ!」

 ついに青年の手が受付係の胸ぐらへと伸びる。いいぞもっとやれ、と周りの雲たちが二人の周りを跳ね回る。無責任なやつらである。かく言う私も雲の中で見つけた雹のコンペイトウを食みながら手に汗を握る。

「あなたはまだ死んでいないんですよ。正確に言えばまだ死ぬ権利を得ていないと言いましょうか」

「……なんだって?死ぬのに権利なんてものが必要なのか!?」

 やはり事務的に受け答えする受付係の言葉に狼狽する青年。

「正確に言えば、自殺には、と言う事になりますが」

「じゃあ早くその権利とやらをくれよ!」

 頭をかきながら遅々として進まない状況に苛立ちを隠そうともしない青年。いつだってお役所仕事は面倒なのだ。そんな事は向こうにいる時から知っていた事だろうに、人間とはかくも学習をしない生き物である。

「わかりました。それでは……」

 そう言って受付係は後ろの棚から一冊の薄い冊子を取り出した。

「このプレゼンテーション大会で優勝してきて下さい」

「……プレゼン大会?」

 プレゼンテーション大会。受付係がそう表したものは、自殺者を極力減らそうと言うキャンペーンの元設立された新しい制度であった。正式名称を「人生再生法第四十九条」と言う。これは自殺した人間たちの中にもきっとやり直す余地のある人間がいるはずだ、自殺者たちを一同に集めプレゼン大会を開く事により優勝した人間以外に「あんなに自殺に値する人間に比べれば自分はもう少し生きてもいいのかもしれない」とわずかでも今一度生きる希望をもってもらおうと言う事を目的とした制度である。まあ聞こえのいいおべんちゃらをつらつらと述べさせてもらったが、この制度の導入に際したマニフェストはその他の例に漏れず全て詭弁であった。この政策の真意はただ一つ。こちらの都合に構わず死んでくる連中の厄介払いである。

 年々自殺者の人数は増加を辿っている。これは私たちにとって由々しき事態なのだ。例えば戦争とかであればある程度こっちでも大量の死亡者がやってくると判っているので対応もなんとかなるのだが、個人個人の裁量によって死なれるとこちら側としては予定外の対応にスケジュールが組み辛くなるのだ。それも少数ならまだいいのだが、ここまで数が増えるとその処理は中々に面倒くさい。その所為で休む暇も無い私にとっては本当にはた迷惑な話であり、仕事に忙殺されている時などは自殺者たちに対して殺意が芽生える程である。そうか、もうこの制度は導入されていたのだったか。

「こちらの資料に詳細が記載されておりますので、ご一読お願い致します」

 まだ話がうまく飲み込めていない青年に受付係が冊子を渡す。あくまで口調は丁寧だが、受付係からは「もう早くどこかへ行ってくれ」と言う空気がありありと伺えた。お役所仕事ここに極まれりと言ったところか。

「優勝出来なかった場合は一命を取り留めてしまいますので頑張ってくださいね」

 最後に受付係はそう付け加えて青年にお引取り頂くよう手で払う。未だ呆気にとられる青年は最後にこう呟いた。

「僕は……まだ死んでいないのか」

 そう。君はまだ死んでいないのだ。

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