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三題噺(接着剤・涙・カラクリ) テーマはコメディー

作者: 野生

 天空都市オシタリア。その心臓部の機関室の整備が、俺たちの仕事だ。

「ね~、ミツルー。3インチのスパナ取って~」

 幾重にもパイプが連なった天井から、不意に相棒の声がする。こんな換気の悪い機関室でいつも仕事しているくせに、その澄み切った声は衰えるところを知らない。まったく、こっちとら毎日咳と痰で苦しんでるつーのによ。ほんとに女か、アイツは?

「ミ~ツ~ル~、まだ~?」

 ひょこっと、銀鼠色のパイプの影から、オレンジ色のツインテールと共に煤だらけの顔がこちらを覗いてくる。だから、あんまりパイプから出るなって、いつも言ってんだろが。てめぇは、何回落っこちたら学習すんだよ。

「リナ。道具が必要なら自分で降りてこい。こっちは、今手が離せないんだよ」

 手持ちのマイナスドライバーの先っちょでこめかみを掻きながら、リナの言葉を適当にあしらい、手元の配電系を確認する。こっちが今いじってるのは、俺たちのライフラインを円滑に作動させるための電気系統だ。最終調整が終わるまで、離れるわけには行かな……

「泣き虫ミツル君が最後におねしょをしたのは、7歳の誕生日の日。涙と汗とおしっこで濡れた布団は、第13エリア南西公園の……」

「それ以上言うなああぁぁっぁぁぁー!」

 俺の絶叫と共に、張り巡らされたパイプの網の中を3インチのスパナが飛ぶ。針の穴を通すコントロールで投げたスパナは、もちろんリナの息の根を止めるのが目的だ。奴は俺を(社会的に)殺すデーターバンクを持っている。

 が、俺が渾身の力で投げつけたスパナは、ものの見事にリナの作業用手袋によってキャッチされた。

「ナイスパス。さすが私の相棒」

「。お褒めの言葉ありがとよ。ついでにいつでも解消してやるよ。365日24時間いつでも絶賛受付中だ」

「あはははは。あたしとミツルの仲はどんな接着剤にも負けない赤い糸でがんじがらめにされてるから、絶対に離れないよ」

「ちょっと待ってろ、今ワイヤーカッター用意してくっから」

 本気でワイヤーカッターに手を伸ばす俺に、リナがスパナを持った手をだらんとパイプの端からぶら下げながら、楽しげに微笑む。たく、ここにきてそんな顔すんじゃねーよ。殺る気無くすだろうが。くそ。

 ワイヤーカッターを道具箱に戻し、俺は意識を配電図に戻した。ライフライン系統の配電は、これで良し。次は、電力供給ラインの配線チェックだ。正直、どんなカラクリでこの天空都市が空の上に浮いているのか知らねぇが、配線は配線図を見れば良い。でもまぁ、いつかはこの天空都市の機関のシステムを全部解明するのも面白そうだ。いつになるか、わかんねぇけどさ。

 にしても……

 身軽なリナがパイプの強度や劣化状況、ナットの緩みを確かめて、俺が配電系を確かめる。長年続いた腐れ縁だ。心底悔しいが、俺はあいつを認めてる。あいつの鉄材の劣化や異常を見つける目はかなりのものだし、実際にそれで何度か危ないところを助けられてきた。

 少し耳を傾けたら、楽しげな鼻歌が聞こえてくる。この薄暗い機関室で、あんなふうに楽しそうに仕事をするのはリナぐらいのもんだ。銀鼠色のパイプが連なる機関室で働く俺たちみたいな整備士を、上の奴らは『ネズミ』と呼んでるらしい。ふん、言い得て妙だ。

 でも、アイツは、リナはちがう。俺には分かる。リナは、こんな穴倉じゃなくて、太陽の下で生きる方がいいんだ。

 いつか、俺があいつを……

「ね~、ミツル~。ちょっといい?」

 鼻歌が止み、ちょっと元気が弱くなったリナの声が耳を撫ぜた。さすがのアイツも、ばててきたか……。しゃあない、帰りにアイツの好きな抹茶アイスでもおごってやろう。

「なんだー? もうちょっとだ、気合入れろよ!」

 配線がごった返す床下に頭を突っ込みながら、可能な限り声を張り上げる。

 ……と、劣化してる配線発見。藍色のこの色は、電力系か。

 替えの配線が詰まった腰の作業袋を手繰り寄せ、頼りないライトの光で照らしながら同じ配線を探す。電力系はデリケートだ。間違っても、別の配線は繋げられない。

「あのさぁ~……、まぁ~、なんていうかさ~」

「ああー」

 同色の配線発見。端子の雄と雌を確認しながら、慎重に差し替え作業に移る。って、くそ。結構狭くて、手が……

「単刀直入に言うとだね~」

「ああー」

 くそ、もうちょっと。あと、数センチ……

「私たち、結婚しない?」

「ああー…………。ああっ!」

 ゴンっと俺の頭が床底の板にぶつかり、何かに引っかかったオーバーオールの肩ひもがブチッと切れる。目から火花が飛んでチカチカする視界の中、俺は死に物狂いで床下から顔を引っ張り出した。

 見上げると、そこには限界まで顔を赤らめたリナが、俺を見下ろしていた。その大きな眼を溢れんばかりの涙で潤ませながら、見慣れた俺の相棒が、見たことのない表情で俺を見下ろしていた。

 何か言わねぇと。何か!

 俺が普段は仕事と寝ることにしか使わない頭をフル稼働して、言葉を探していた、その時。

 ビ――――ビビビビ、ビ――!

 機関室に突如、強烈な緊急警報が鳴り響いた。

「異常発生、異常発生、異常発生。作業員は直ちに集合せよ。繰り返す、作業員は直ちに集合せよ」

 繰り返すアナウンス。何が起きてんだ? 何が?

 パニックになりかけた俺の眼が、まるで磁石に引き寄せられるように自分の手に落ちる。

 そこには、藍色の配線が2本の握られていた。

 1本は劣化して取り替えようとしていた配線。もう一本は、これから新しく繋ごうとしていた配線。

 ということは……つまり

 現在、電力系に繋がってる配線は0本。

「やっべーっ!」

 繰り返す非常警告アナウンス。騒然とする機関内と入り乱れる足音。

 天空都市オシタリアの墜落まで、あと5時間。


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