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パフォーマンス試験


しばらくしてカチュアの名前が呼ばれた。

「頑張ってこいよ」

激励の言葉をかけるリックに、カチュアは軽く拳を掲げて返す。

待機室から出て石造りの通路をしばらく歩き、目の前に闘技場につながる出口が見えてきた。まだ、カチュアの出番ではなく、カチュアの前の人物のパフォーマンスが始まるところである。入口から闘技場を除き見ると、そこには赤髪の少年が立っていた。

「ハートフィリアくん」

ぽつりと呟く。一か月前にぶつかりかけたグレンがそこに居た。思い返せば自分の前は彼だったか、カチュアはそう考えながらグレンのパフォーマンスを見る。

 グレンは一冊の書物を持っていた。彼の実家であるハートフィリア家の魔道書で、魔法発動の触媒だったとカチュアは記憶している。本の中に予め魔法陣が刻まれており、ページをめくって魔力をこめるだけで魔法発動を可能にするのがハートフィリア家の魔法だ。

 グレンは会釈を一度するとバッと魔道書を開いた。何をするのだろか、と興味深く見ていると魔道書から水でできた人魚が飛び出してきた。その水の人魚は天に向かって手をかざし、水の球を作り出す。水の球はだんだん大きくなり、突然爆ぜて闘技場に雨が降り注いだ。

グレンは雨が自分にかかる前に別のページを開いていた。次の瞬間には炎の円盤がグレンの頭上に現れて傘の代わりをする。雨粒が全て蒸発すると、グレンは炎の円盤を消すために竜巻をおこして吹き消した。その竜巻もグレンの出した雷で霧散した。

カチュアはグレンが力を誇示するアピールをしていることに気が付いた。パフォーマンス試験は力を誇示する場ではない。むしろ昨今の夢幻世界では攻撃魔法は野蛮だと言われるほど、忌避される傾向にあるため、マイナスにしかならないのではないかと心配になった。

そこでふと一ヶ月前のことを思い出す。あの時、妙にグレンは焦っていた。普段は走らない廊下を走ったり、少し聞いてみただけで誤魔化すことすらろくにできていなかった。もしかしたらまだ問題が解決していないことが原因で、今回のパフォーマンスをおこなったのだろうか?

カチュアが思考を巡らせていると、グレンのパフォーマンスが終わったのか、一礼して反対側にある出口に歩いていく様子が見えた。自分の番だとわかり、慌てて闘技場へと向かう。今は自分のことに集中しなくてはならない。そう考え、闘技場に立つ。

大勢の視線がカチュアに突き刺さる。グレンのパフォーマンスで場の空気が盛り下がったのもあるが、カチュアが大魔法使いと呼ばれた人物の孫であるということも大きい。

大魔法使いの孫。それはカチュアが魔法学校に入学して以来、言われ続けてきたことである。大魔法使いの称号は夢幻世界に居る数多の魔法使いの中でもほんの一握り、歴史上でも十人居るか、というほどだ。そんな人物の孫である自分が注目されることは嫌でも理解していた。

しかし、努力しても大魔法使いの孫なのだから当然と思われることは辛く感じていた。そのうえ、才能だけは高かったものだから、周囲からの嫉妬や過度な期待が重く圧し掛かってくるため、お爺様のことは尊敬していても、大魔法使いとしてのお爺様は嫌いであった。

カチュアは大魔法使いの孫だから、ではなく。自分だから、と言われる魔法使いになりたいと考え努力を重ねてきた。無論、現実世界に行きたいという考えが強いが、この場では自分を認めさせることに利用するためにパフォーマンスをおこなう。

パフォーマンス試験では、最初に一礼してから始めることになっている。これは魔法使い同士の決闘での流儀を参考にしている。相手は居ないが、礼儀作法だ。何より、自分自身に勝つために気持ちを切り替えることができ、観客からも始まりがわかりやすいということもあり、現在でも続けられている。

一礼したあと、カチュアは持っていた人形を放り投げる。カチュアは人形遣いである。当然、投げた人形はただの人形ではない。魔法をかけた糸で作られた人形である。人形は宙を舞いながら巨大化し、カチュアの背後に二本の足で降り立つ。見た目にお腹に大きな縫い目のあるクマのぬいぐるみである。それが本物のクマと同じ大きさまで巨大化し、少女の背後に居るのだ。可愛らしくデフォルメされている分、シュールな光景である。

カチュアの魔法はただ人形を大きくするだけではない。巨大化したクマは自分のお腹にある縫い目に手をかけて左右に縫合後を引きちぎりなだら開く。すると中から大量の人形が雪崩のように闘技場に流れだし、一面を埋め尽くす。いかにクマが巨大化したとしてもあきらかに体積を超える人形たちの数。実はクマの中に大量の人形を隠していたわけではなく、別の場所にある人形をクマの腹部に作ったゲートを使用して召喚したのだ。

そしてカチュアは闘技場を埋め尽くす人形全てに魔法をかけ、空へと浮かべた。狭い闘技場の上ではスペースに問題があった為、浮かせてしまえばいいと考えてのことだ。宙を舞う人形たちはその全てが楽器を持っている。ギターやオルガンなど、まるでオーケストラのような楽器の数々を人形たちが構える。

カチュアは闘技場の真ん中で指揮者のように両手を上げ、振り下ろす。そると人形たちがそれぞれの楽器を演奏し始めた。指揮など経験のないカチュアは振り下ろした後に、魔法に粗が無いかを確認する作業をおこなっているが、人形たちはオーケストラさながらに楽器を演奏し続ける。

そろそろ持ち時間が無くなるころ、ようやく演奏が終わった。すると宙に浮かんでいた人形たちが幻のように消えていく。実は演奏の最中に気が付かれないように音だけ残して一体ずつ送還していき、演奏終了時には最初のクマ以外は居なくっているように調整したからである。

パフォーマンス試験で道具を使う場合はその出し方や片づけ方まで評価対象に含まれる。そのための作戦であった。クマもいつの間にか元のサイズに戻っており、カチュアは最後にこれで終わりという合図の意味を持つ一礼をして、入ってきた反対側の出口へと足を向けた。

手ごたえはあった。自分のできる精一杯のパフォーマンスができた。

「よしっ」

 カチュアは小さく拳を握り、笑みを浮かべた。



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