逃走
「カチュア、話が付いたぞ」
互いが動けない状態の中、講堂にケリィが入ってきた。それはカチュアが賭けに勝ったということだ。ケリィはカチュアに頼まれて別行動をし、ある人物と接触していた。そして、その人物の協力を取り付けることができたからこそ姿を現したのだ。
「リカード先生。あの魔道具ですけど、やっぱり回収することになりました」
ケリィの登場に気を取られている隙に、トラップを起動しようとしたリカードに対して、カチュアはまるで世間話でもするかのように言う。
「それは、いったい」
どういう意味なのか?リカードが尋ねる前に、ボフンという音と共に座っていたグレン隠れていた場所が煙をあげて爆発し、人形が転がる。その手には水晶玉が抱えこまれていた。
「なっ」
思わず声を上げるリカード。身代わり人形と入れ替わって脱出し、助けを呼びに行かせたのか? しかし、まだこちらは何もしていない。このタイミングで助けを呼びに行くなど無意味だ。頭の中に推論を巡らせる。
「替え玉人形。人間そっくりに変身する人形です。あそこにはハートフィリア君の代わりに隠れて貰っていました。本物は」
「ワシの所に来ていたよ」
講堂の扉が開かれ、グレンと共にアドルフが現れる。その手にはグレンが用意した魔道具に関する資料と水晶玉が握られていた。
何故グレンの身代わりを隠れさせていたのか。それはリカードに作戦を気取られないようにするためだ。リカードは風を操る魔法使いである。そして風の魔法使いは気配に敏感であるのだ。だから講堂と狭い空間に誰かが隠れていることくらいは最初から知られていた。気配に敏感だからこそ、リカードのよく知るグレンも此処に居ると誤認させておけば計画がバレる心配もないと考え、最初から存在の知られていないケリィとアドルフの元に行かせたのだ。
カチュアはアドルフを仲間に引き入れるためにグレンとケリィを向かわせていた。何故ならグレンの話では今回の計画はリカードを含む数名の教師陣が手を組んで行われたことであり、学園長であるアドルフはノータッチである。だからこそ、夢幻世界でも発言権をもつアドルフを引き入れたかった。
大人は信用できないとリックが言った。その理由はリックの話を信じなかったからだ。でもそれは証拠を持っていなかったからだとカチュアは考えた。大人は証拠を欲しがる。だからカチュアは資料が手に入ったことで賭けに出たのだ。
更にカチュアは保険をかけていた。人形とアドルフの手にある水晶玉。それはお互いの周囲の状況を映し出すことができるという魔道具だ。つまりアドルフは講堂でのカチュアとリカードの会話をリアルタイムで見ていたのだ。
「学園長」
リカードは目を見開き、膝をつく。計画の失敗。アドルフの登場でそれを理解してしまった。リカードが何をしようと、大魔法使いであるアドルフには敵わない。いかにトラップをしかけていてもである。アドルフに拘束され、解放されたころにはアドルフの名のもとに全ての真実が白日の下にさらされることになるだろう。このままでは捕まってしまったら、カチュアを犠牲にしようとしたこと、多くの魔法使いの寿命を削ってしまったことの罪で裁かれ、目的が達成できないのだ。
「ずいぶんと勝手なことをしてくれたモノだ。あ奴の口車に乗せられ追って」
あ奴、というのはメビウスのことだろうか? 確かにそうだ。彼が居なければリカードも現状に不満はあっても行動には移さなかっただろう。彼がリカードに接触したからこそ、こんな事件になったのだ。
「申し訳ありません。学園長。でも、私は止まるわけにはいかないのです」
リカードはアドルフの登場で全てが終わったと完全に油断しきっていたカチュアを捕まえ、転移する。その事態にアドルフは慌てる。
「いかん! ハートフィリア君。魔力炉はどこにあるのかね?」
そう、彼は魔力炉のある場所に転移し、最後の悪あがきにカチュアの生血を炉に注ごうとしているのだ。リックとその仲間たちも慌てるが、グレンはその比ではなかった。
「わかりません、リカード先生以外は誰も知らないんです」
そう、魔力炉は完成した時点で他者に奪われ利用されるのを避けるためにリカードが誰の目も届かない場所に隠したのだ。そうでなければグレンは魔力炉を爆破するという手もとれたのだ。それができなかったからこそ、カチュアを誘拐しようとしたのだ。
「くっ、すまん、ワシがもっと早く気付いておれば」
アドルフは悔しげに拳を握る。悪戯好きとして知られるアドルフだが、長い時を魔法学校で過ごしてきたのだ。生徒への想いはリカードにも負けていない。そんなアドルフだからこそ、リカードの目論見を阻止して、カチュアを助けたかった。
「よかった」
そんな中、ケリィの安堵の声が彼等の耳に届く。
「てめぇ、カチュアが危ないってときに、何がよかっただ」
思わず、リックはケリィに詰め寄るが、ケリィは冷静に答える。
「発信機だ。もしもの為にカチュアには発信機を取り付けてある。今のカチュアの場所はまだ近いぞ。こっちだ」
そう言って、ケリィは駆け出す。発信機。それは現実世界のものを参考に夢幻世界でケリィが趣味で組み上げたものだ。魔力を使わない物だからこそ、気付かれることはないと考え、カチュアが狙われていると判明した時から身に着けてもらっていたのだ。今回はこれが功を奏した。




