血液
自分の血液。そう聞かされたとき、カチュアはとっさに自分の腕をかばう。知っている。魔法使いの女性。それも処女の生血には膨大な力が宿るとされている。その力は資質の有無にも左右される。この世界で有数の資質を持つカチュアの生血。さぞかし強力な魔力を宿しているのだろう。
「なんでテイラーは君の血を欲しているのか、それは魔道具を完成させるためだ。これ単体でも効果はある。まぁ君たちの知っている通りにね。でもこれは副産物であって本来の性能ではないんだ。これは実は受信機なんだよ、別の場所で生成した魔力を魔道具で持ち主に供給するそれが本来の性能だね。でも、発表前に完成させることができなかったから、魔力を供給できないんだ。仕方ないよね。最後の最後で必要なものが用意できなかったんだ。そう優れた魔女の生血がね。そういうわけで魔力を供給するための魔力炉を作るのに必要なのが君の血さ」
ゾッとした。まさかそんなことの為に自分が狙われているなんて。確かにカチュアの血液は高い魔力を宿している。自分も魔道具を作るときに自分の血を利用することもある。でもそれは自分の血であるから良いのだ。他人の血を利用しようなんて考えは狂気の考え方だ。
かつて、カチュアの生まれるよりずっと前、夢幻世界である事件が起きた。その名は【魔女狩り】である。現実世界の魔女狩りのような弾圧ではなく、その生血を利用するために捕まえ、生きた道具として利用するために多くの魔女たちが犠牲となった。そのために一時期夢幻世界の魔法使いの人口が激減するという事態になり、国によってある法が発令されたことで事件は収束していった。その法は他人の血液を本人の意思に反して利用することを禁ずる。というものだ。
そもそも確かに純潔の魔女の生血には膨大な魔力が宿っている。しかし、純潔でない魔女や男性魔法使いの血液にも魔力は宿っているのだ。たしかに純潔の魔女ほどではないだろうが、それでも儀式や魔法薬、魔道具の作成には申し分のない程度には力があるはずだ。それに自分の血液を商売道具として売りに出すために生涯純潔を守っている魔女が居るという話を聞いたこともある。そのため少数だが魔女の生血という商品は夢幻世界に存在しているのだ。それなのに何故自分の生血を狙うのだ。
「まったく嫌になるよね。完成すれば確かにテイラーの言う資質による格差は無くなるね。でもそのために大事な生徒を一人犠牲にしようとするなんて矛盾もここまでくれば笑えてくるよ」
いかにも愉快だというようね、とメビウスは笑う。カチュアはその言い回しにある疑問を覚えた。犠牲にする? この場合自分のことだとはわかる。しかし、生血を利用するだけで何故自分が犠牲になるのだろうか。普通はどんな魔法具を作るときでも血液は数滴、多くても十ミリリットルほどあれば上質な魔道具が作れる。だからカチュアは多くてもその程度の生血をリカードが狙っていると考えていた。
「うん、わかるよ。犠牲って意味がわからないようだね。簡単なことさ。魔力炉は普通の魔道具と違う。君のもつ常識と異なり多くの生血を欲している。少なくとも致死量以上の血液を流してもらうことにはなるだろうね。単品では持ち主の寿命を削り、魔力路を作るためには優れた魔女を犠牲にする。恐ろしいだろ? だから古い時代では制作されなかったんだ。」
メビウスの言葉にカチュアは恐怖する。他人の血液を利用するだけでなく犠牲にする? どうして、わけがわからない。足が震えだし、立っていられなくなる。
「致死量を超える量の血液が必要だと? そんな馬鹿な話があるか。貴様の部下は何を考えている」
ケリィが射殺すような鋭い眼でメビウスを睨む。
「部下? 何を言っているんだい。テイラーはボクの部下でもなんでもないよ。面白そうだから手を貸しただけさ。君たちに会いにきたのも面白そうだからだね。計画を伝えて君たちが抵抗して計画が頓挫したときのテイラーの顔を見たくてね。そもそも手は貸したけど結果が気に入らないんだ。だって考えてもみなよ。テイラーの魔力炉が完成したら何を楽しみにしていればいいのさ。資質の差がなくなって皆万々歳。これからは魔法の研究のために皆で魔力を共有して頑張りましょう。そんな世界の何が面白いんだい?」
なんて勝手な言い草だ。ケリィはそう思わずにはいられなかった。面白いから手を貸した? だというのに、それが成功すると面白くないから邪魔しにきただと。まるで世界が自分の玩具箱であるかのような言い草だ。




