ブレスレット
「なかなか難航しているようだな」
カチュアが様々な推論を立て、それをすぐさま却下するという悪循環を繰り返していると、ようやくケリィが戻ってきた。その手には純白のブレスレットと数枚の資料が握られていた。
「おかえりなさい、ケリィさん。それが、例の魔法具ですか?」
本とにらみ合いながら頭を働かせていたカチュアは顔を上げてケリィを出迎えるが、すぐにケリィの手の中のブレスレットを見て質問する。
「あぁ。思っていたより楽に手に入った。ついでにこれが今現在、この魔道具について出回っている情報だ」
そう言いながらカチュアに資料と共に手渡す。すると、カチュアは軽くお礼を言って、すぐに資料を読みながら新型魔法具を観察し始めた。そんな様子をやれやれという様子で見ながら、手ごろな椅子に腰かける。
実はケリィが持ってきた魔道具はカチュアの母、マリアが用意したものである。マリアはケリィとの約束通りに魔道具の情報と共に、実物を用意してくれていたのだ。カチュアの家に試供品として渡されたものだそうだ。そうでなくては今後、いつ手に入るかわからないほど、供給が追い付かない状態だった。
見た目は白いブレスレットである。装飾もされておらず、そうだと言われなければただのブレスレットにしか見えない。材質も現実世界にあるプラスチックに似たモノが使用されているのか、手触りがスベスベしており、軽い。まるで夜店で売っている子供用のブレスレットだ。
そんなブレスレットを真剣な表情で眺めているカチュアを見ていると、まるで夜店で売っているブレスレットを欲しがる子供のように見えて微笑ましい気分になってくる。事実、カチュアは十二歳である。しかも同年代の子どもよりも幼く見えるカチュアはまさに夜店のブレスレットを欲しがる子どもと同じに見えてしまうのだ。
そんな風に、自分のプライドをズタズタに引き裂くような想像をケリィがしているとも考えず、カチュアは真面目に魔道具を調べていた。カチュア自身が使うのは母親から教わった人形使いの魔法である。そしてその魔法に使う人形というのは一種の魔道具である。魔道人形とも言われる魔道具は自作のモノである。他人の作った人形よりも自分の手作りの人形を使用する方が操りやすいからだ。
人形とはいえ、魔道具を作り続けた経験を持っているとカチュアは言える。だからこそ新型魔道具を解析しようと試みている。しかし、魔道具と言っても様々な種類が存在することは言うまでもない。掃除機を作れるからと言ってテレビを作れるだろうか? ようするに分野が異なるのだ。カチュアが試みていることも同じ魔法使いからみればいきなり分野の異なることに挑戦していると言える。
「だめ、全然わからない。術式が難解すぎて専門書が無いとわからない」
しばらく調べていたが、カチュアはギブアップして、目頭を押さえながらそう言う。まさにお手上げだ。魔道具を正しく作動させるための術式がブレスレットの内側に刻まれている。そこまでは良い。今まで見てきたどの術式とも異なるソレを見て、カチュアは手を出すべきではないと判断した。
魔道具に刻まれた術式は下手に弄ると危険である。昔、遠見の魔法の力の込められた魔道具の術式を弄って爆発させてしまう事件が起きた。それに似た事件は他にもある。だからこそ、知識もなく不用意に術式を弄るのは禁忌だという暗黙のルールが生まれた。
「それではどうするのだ? あてが無いのなら私の伝手を当たってみようとおもうが」
「あ、大丈夫です。魔道具の専門家には心当たりがあるので。ただ…ちょっと問題があって、どうしようか悩んでいるんです」
魔道具を専門に扱う家の出身者でカチュアの友人でもあるその人物に協力を求めれば、調査は進むどころか答えまで導きだせるかもしれない。しかし、カチュアはその人物に接触するつもりがわかなかった。むしろ接触したくなかった。その人物の名はリック・ダイソン。恐らくこの新型魔道具について何かを知っているだろう。
カチュアがリックに接触したくなかった理由。それはもし接触してリックの足手まといになってしまったらという後ろめたさだ。ミキヨミで見た何らかの戦いに赴くリック。恐らくは今は準備段階だろう。もしリックの目的が新型魔法具と関係のないことだったら邪魔してしまうかもしれない。だからカチュアは答え合わせがしたかった。もし新型魔法具の効果の秘密がわかれば、リックの戦いに関係しそうなら、その時はリックに協力するために接触していただろう。だが、今の段階では新型魔法具がきな臭いというだけしかわからないのだ。
「やぁ、どうしたんだい?」
そんなとき、カチュアでもケリィでもない、第三の人物が話かけてきた。




