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夢幻と現実の狭間で…  作者: 魔死吐?
魔道具編
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名前


翌日、カチュアとケリィは国立魔法図書館に向かって歩いていた。魔法学校を上回る書籍の量を誇る魔法図書館で新型魔法具について調べるためだ。

カチュアは腹を立てていた。自分が倒れたせいではあるとはいえ、いつの間にかケリィが同行することが決められていたのだ。確かにケリィは頼りになる人物である。カチュア一人で行動するより確実に楽になる。それでも自分の知らない所で決められてしまったことが気に入らなかった。なによりケリィを巻き込むことになったのが嫌だった。

ミキヨミで見たものはリックが数名の仲間と共に戦いに赴く姿だった。わずかそれだけの映像である。未来の情報はわずかなことでも膨大な情報として知覚されため、その情報量の多さに頭がパンクしそうになった。ミキヨミについて説明された時にカチュアは極力使わないことを決意する。

しかし、ミキヨミの情報でリックがこの件に関わっていることが分かった。リックといえば卒業式のある事件を思い出す。リックが閉じ込められていたあの事件。あまり重要なことではないと思い、深くリックに聞かなかったことが悔やまれる。もしかしなくてもリックだけでなくリカードとグレンも関わっているだろう。恐らく新型魔道具についても関わっているのかもしれない。断言はできないが、タイミングから考えるに無関係ではないはずだ。

リックに直接聞きに行く。その手もあるが、まずは情報を集めなくてはならない。生徒一人を閉じ込めるような相手だ。危険もあるだろう。そんな相手に対して他人を巻き込むのは気が引けていた。

「何を考えているかはだいたいわかる。しかし、そんなに私は頼りないかね?」

ケリィは歩きながらカチュアの頭に手を乗せる。思わずカチュアは足を止めてケリィを見上げた。

「確かに君に比べて私は非才だ。魔法の知識も圧倒的に劣っている。私では調べものをする手伝いもわずかにしかできないだろう」

「…別にブラックモアさんが頼りないわけじゃないですよ」

ケリィの言葉をさえぎってカチュアは声を上げた。

「ただ、私の都合でブラックモアさんを巻き込んだことが心苦しいだけです。それに都合と言っても別にやらなくてはいけないことでもないですし。もし危ない目にあったらと思うと…」

 カチュアは俯きながら呟く。それは独白である。ケリィが頼りないのではなく、ケリィを巻き込んでしまった自分が悪いのだと。

「ふぅ、まったく、君は」

ケリィはカチュアの頭から手を放し、視線を合わせるように屈みこむ。

「もう少し君は周囲に頼ることを覚えるべきだ。君がいかに才気に恵まれようと一人ではできないことは多い。だから君は後ろ向きに考える必要はない。私から君の力になりたいと思ったのだ。気に入らない仕事はしない主義だからな」

そういって軽くウィンクするケリィを見て思わずカチュアは吹き出してしまった。似合っていないわけではない。ケリィはカッコいい部類の顔立ちである恰好にさえ気を使えばさぞかし女性にモテることだろう。しかしそんなケリィの慣れていない感じのウィンクに思わず笑ってしまったのだ。

「そんなに笑わなくてもよかろう」

ケリィは仏頂面でそう抗議する。

「ごめんなさい。ちょっとおかしくって」

 ようやく笑いが収まったのか、仏頂面のケリィに笑顔でそう言う。

「ふっ、ようやく笑ったな」

「え?」

突然、柔らかい笑みを浮かべてケリィは呟き、カチュアの眉と眉の間に指をあてる。思わずカチュアは驚いてしまうが、動かないでケリィの様子をうかがう。

「どうも先ほどから眉間に皺ができていた。笑いたまえ。いかに困難なこと、自分の不都合なことが起こっても笑顔を忘れてはいけない。辛気臭い顔をしていればマイナスの結果しか出せなくなる。これから行動を始めるのだ。笑って行動したまえ」

そう言いながらケリィはカチュアの眉間から指を放す。

「ブラックモアさん」

カチュアはマジマジとケリィの顔を見てしまう。確かにそうだ、後ろ向きに考えていては何事も上手くいかない。前向きに考えなくては。カチュアはそう決意する。

「ケリィだ。それが私の名前だ」

そんなカチュアに対して、ケリィは改めて名前を名乗る。しかし、何故、今になって名前をもう一度名乗るのだろうかとカチュアは首を傾げる。

「これから仲間として行動するのだ。私のことはケリィと呼んでくれ」

その言葉でようやくカチュアは気が付いた。ケリィはカチュアが自分の名を預けるだけの価値のある人間であると認めているのだと。

名前というものは夢幻世界ではそれなりに重要な意味を持つ。名前はそのモノの存在を表し、手段さえあれば名前から相手を縛ることすらできるからだ。しかし、普通に相手の名前を聞くだけでは意味がない。名乗る名前は声であり音である。だから知ることはできるが、縛ることができるほどの力はない。重要なのは相手に名前を預けるという行為だ。魔力を込めて自分の名前を言う行為である。同じ口から出した名前であっても、魔力が込められたことで、縛ることができるほどの力を持つ。そのため、名前を預けるということは信頼した者同士でないといけないのだ。

ケリィはそんな名前を預ける行為をカチュアに対して行った。そのことにカチュアは驚きもあったが、歓喜する気持ちの方が大きかった。

「えっと、ケリィさん」

「なんだ」

「私のこともカチュアと呼んでください」

名乗られたら名乗り返す。そんな礼儀はこの夢幻世界には存在しない。しかし、カチュアは名乗りたかった。カチュアもケリィのことは信頼できる大人だと考えている。そんな彼に認められたことが嬉しくて、自分の名前を呼んでほしいと思ったのだ。

「…あぁ、わかった。これからよろしく頼むぞ、カチュア」

「はい、よろしくお願いします、ケリィさん」

お互いに手を出して握りあう。これからどうなるのか二人にはかわからない。しかし、それでも力を合わせれば乗り越えられると考えて。



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