ミキヨミ
その瞬間、カチュアとケリィの動きが止まった。二人の脳裏に浮かぶのは共通の一言だった。
風が騒いでいる。しばらく魔法学校に近寄るべからず
カチュアの祖父が伝言として伝えたこの言葉だ。魔法学校でいったい何があったのだろう。恐らく噂は正しいのだろう。新型魔法具の発生場所は魔法学校だと。
「リック…」
ふと、友人の顔が脳裏に浮かんだ。何だか胸騒ぎがする。地に足が付かないような感覚に襲われた。大切なことを忘れているような。
「どうした、メイザース。何か心当たりでもあるのか?」
そんなカチュアの反応に違和感を覚え、ケリィはしゃがみ込んでカチュアを見る。カチュアは自分の両肩を掴んで震えていた。
「わからない、急に友達の顔が浮かんで、消えていくの。こんなの初めてだよ。それに何か重要なことを忘れているようで、不安でどうしようもないの」
髪の毛を掻き毟るかのように頭を抱え込み、カチャアはその場にしゃがみ込む。今までケリィに対して話していた敬語も外れ、感情を、むき出しにして叫ぶかのように話す。
「ふむ、ミキヨミじゃな」
そんなカチュアの反応に心当たりのあったザイードは呟きがら、カチュアの頭に手を置く。同時にフラリと音もなくカチュアはその場に倒れ込んだ。
「催眠魔法じゃ。今は混乱しているが目が覚めれば情報の整理もできていよう」
ザイードのかけた魔法でカチャアは眠らされたのだ。あのまま放置していてもどちらにせよ気絶していたとザイードは語る。
「ミキヨミとはいったい」
ケリィは眠っているカチュアを横抱きに抱えながら知らない単語であるミキヨミについてザイードに尋ねる。
「ミキヨミ。未来を読む、と書いて未来読みじゃ。文字通りに未来を断片的に見る魔法じゃ。かつて偉大な魔法使いが未知が来ることを読む魔法とたとえたことからその名がついた。魔法と言っても本質は超能力に近い。優れた素質を持った魔法使いが目覚める力とも聞く。本来は起きている間ではなく寝ているときに夢という形で未来を見るそうだが、どうもこの子の素質が高すぎたようだな。新型魔法具と魔法学校の関係性を知りたいと無意識に思ったことから発動させてしまったようだ。まぁ、寝ている間に未来読みで見た情報が整理されているだろう」
その子が起きたら親族会で会おうと伝えてくれ。そう言い残してザイードは去って行く。ケリィはそんなザイードの後姿を見送っていたが、しばらくして歩き始める。
「まずは仕事を達成しなければ、全てはそれからだ」
自分の仕事を果たしてこそのプロだ。その志を胸にケリィは案内役をやっている。正直に言えば、不可解なことが多いとケリィは考えている。カチュアやザイードのような生粋の魔法使いと違い、ケリィは護衛するための魔法、仕事に必要な魔法を覚えてきた。そのため、普段から考えることに向いている生粋の魔法使いに比べてこの件について調べる手段を持たない。カチュアの言っていた、忘れていることカチュアの祖父の伝言、魔法学校と新型魔法具。きな臭い話だとケリィは思う。
「もっとも、いくら私が考えたところで答えなど出ないがね」
自嘲ぎみにそう呟く。この仕事が終わればしばらく休暇が出る。どうせ暇なのだ。もし求められれば協力しても良いと思えるくらいにはカチャアのことを気に入っていた。もっともカチュアが調べないのならそれでも良い。ただし、調べるが手を貸さなくても良いと言われれば、勝手についていくつもりだった。
「少し向う見ずな所があるからな。私のような皮肉屋が傍に居るのがちょうどいいだろう」
思わず、笑ってしまう。本来なら仕事の客でしかないカチュアに入れ込むことなどないのだが、カチュアは不思議と見舞っていたくなる。
「やれやれ、危険だとか、陰謀だとか、私も考えすぎが移ったかもしれないな」
そんな声を残して、ケリィは速足にメイザース家へ急いだ。




