魔道具
「もっとも、研究もだがゲートの監視の仕事が忙しくて出られなかったというのもあるがね。それもこの街の活気を見てくれればわかるが少し楽になった。研究も昨年ようやく完成のめどついたからな、来年の親族会には出席する予定だったがね」
「それです」
「ん? なんだいブラックモア君」
「この街の活気はどういうことですか? 我々が現実世界に、向かう前はここまで活気があったわけではない。この短期間でどうしてここまでの街が人で賑わうようになったのですか」
ケリィはザイードに気になっていたこの街の活気について質問する。長い間この街に住んでいるザイードなら何か知っているのではないかと考えたのだ。
「あぁ、確かに急にこの街も騒がしくなったからな、驚いただろう。実は君たちが向こうに行っている間にある魔法具が流行りだしてな、それ以来どこへ行ってもこのような騒がしい状態が続いておる。何でもどの街にも平等に売りに出されているのじゃが、近隣の街では売り切れになってしまい、人数の少ないこの街に買いに来た者が大半だ」
「ある魔法具とは? そんなに凄いモノなのですか」
「あぁ、あれは凄い。何でも資質に関係なく夢幻の力を行使できる魔法具だそうだ。今は国中がその魔法具の話題で持ちきりでな。ほれ、あそこでも使っている者がおる」
そう言ってザイードが指差した先には巨大な氷柱を作り出してはしゃいでいる男性の姿があった。たしかに、あの規模の魔法は並みの魔法使いでは作り出せない。
資質に関係なく夢幻の力が使える。それを聞いた時は耳を疑ったが、嘘ではないようだ。資質が関係ない。それは今までカチュアが悩んできた問題が無くなったということだ。しかし、素直に嬉しいとどうしても思えなかった。何故なら夢幻世界がいかに万能に近い力であるとはいえ、法則があり、ルールが存在するのだ。その大前提が夢幻の力を使う資質の有無である。それは今まで上位に立っていた魔法使いの立場を危うくし、資質の乏しいモノが積み重ねてきた努力の歴史を否定するということではないのかと思った。
「ふむ、メイザース家の御嬢さんはあまり歓迎していないようだな」
ハッとして顔に出ていたのかと、慌ててザイードを見る。もしかしたら、カチュア自身の優位性が崩れたのが気に食わないと考えていると誤解されたかもしれない。
「心配するでない。それは普通の反応とは言わぬが、正しい反応だ。最近の若い者は、いあや、大人も居るか。とにかく、安易に飛びつきすぎだ。何かを得るには同等の代償が必要だ。資質に関係なく使えるようになった夢幻の力。それが何を代償にしているのか、それも分からずに手を出すなど愚の骨頂だ」
カチュアを誤解したかどうかはわからないが、ザイードも新作の魔道具に関して憂慮していたのだ。それもカチャアの発想の及ばなかった、代償について心配しているのだ。確かに資質に関係なく使用できるとしても、その魔力をどこから調達しているのかという疑問に行き当たる。さすがに魔力を消費せずに魔法を使用することは新作の魔道具であろうと不可能だろう。何かを消費して魔力に変換していると考えるのが妥当だ。
資質による魔法は、予め体内に溜め込まれた魔力を消費して使用している。資質という予め決められた器があり、その中の魔力をやりくりして使用するのが魔法だ。消費した魔力は大気中に存在する魔力を呼吸や食事と共に吸収して回復する。しかし、いかに回復しようと魔力は容量以上に回復しない。それが資質の差である。そこで新作の魔法具は何を消費して魔力に変換しているのかという謎に行き当たる。
新作魔道具が何かを消費して魔力に変換しても容量を超える魔力を容器にそそぐことはできない。つまり、容器に溜め込まずに、魔法を発動するときに直接変換して使用しているという仮説が立つ。なるほど、このやり方なら資質など関係ないのだろう。
では何を消費してか。空気中の魔力だろうか。空気中ある魔力は個人では消費しきれないほどある。夢幻の力のない現実世界に行ったとき、大気中に存在魔力が存在しないことに驚いた覚えがある。しかし、いかに膨大な魔力が存在しても使い続ければやがて無くなってしまう。そもそも大気中の魔力は世界を維持するために必要な存在であり、無くなるということは夢幻の力の消失を意味する。今までは魔法を使用するときに消費した魔力の数パーセントが大気に還元され、自然に大気中の魔力が回復していた、現在は国中に新型魔道具がばら撒かれている。もし仮説が正しければあっと間というほどではないが、数年もすれば回復が追いつかずに無くなってしまう。
「落ち着け、今考えることではない」
思考の海に没頭しているカチュアをケリィが呼び戻す。
「ザイードさん、何か新型魔法具について情報を知りませんか?」
「ふむ、詳しくはワシも知らんし、知ろうとも思わんかったからな。たいした情報は持ち合わせておらんよ。だた一つ、妙は噂を聞いた他はな」
ザイード自身、世の中の流れを無視した生活が長く、新型魔法具に対しても気に入らなくはあっても興味がわかなかった。何か問題が起きても誰かが何とかするだろうとさえ考えていた。そのため、情報を集めようとは思わなかった。その結果、噂を耳にした以外は知らないことだらけだった。
「妙な噂?」
ブラックモアもザイードとそれなりに長い付き合いのため、彼のそんな所を理解しており、あまりあてにはしていなかった。しかし、そんな彼の耳にまで届くほどの噂というモノには興味があった。
「あぁ、何でもこの魔法具は魔法学校から出回っているそうだ」




