帰還
「これで現実世界のスケジュールは全て終了した。」
最期の日の夜。とうとうカチュアは現実世界に帰る時間となった。現在、カチュアはケリィと共に現実世界と夢幻世界を繋ぐ出入口、通称ゲートの前に立っている。
「現実世界を楽しむことも、知ることもできたのはブラックモアさんのおかげで。ありがとうございました」
カチュアは素直にお礼を言って頭を下げた。事実、彼のおかげで現実世界のことを知ることができ、この旅行が有意義なものになったのも彼のおかげだとも考えている。
「礼を言うのは構わないが、いささか気が早いな。君を自宅まで送り届けるまでが私の仕事だ。もう少し一緒に行動することになる」
家に帰るまでが遠足だ。カチュアはお爺様のそんな言葉を思い出していた。何事も自宅に着くまで終わりではないという意味の現実世界のことわざなのだとお爺様は言っていた。確かに、その通りかもしれない。現実世界をもう出るということで気を抜いてしまっていた。ケリィの言うとおり、カチュアを帰宅させるまでがケリィの仕事である。それまでは行動を共にするのに今お礼を言ってしまっては残りの道中気まずくなってしまう。
「そ、そうですね。うっかりしていました」
「ふむ、あまり気を抜いてくれるな。むしろここからが気を引き締めるところだろう」
現実世界と夢幻世界を行き来する唯一の通り道、ゲート。これは安全な道ではない。ユグドラシルの枝の上を行き来するための特殊な通り道だが、ユグドラシルは特殊な空間に存在しているため、危険な通り道と化しているのだ。
ユグドラシルは世界の狭間と呼ばれる空間に存在していると予想されている。あくまで予想としてあるのは誰もユグドラシルの全体像を見たことがないからだ。たまたま夢幻世界と現実世界のある枝だけが世界の狭間にあるだけ、という説もある。世界の狭間はねじれ曲がった空間である。世界と世界の狭間であり、無の存在する世界。ずっといると捻じれ曲がっていき、やがて無と化してしまう。そんな危険な空間なのだ。ユグドラシルだからこそ、存在が許され、ユグドラシルの加護があるから夢幻世界も現実世界も無にならずに存在していられるのだ。
そんな夢の空間を移動するためのゲートだが、しょせんは人間の作った物である。世界の狭間の影響を多少は防いでくれるが、全てを防ぎきることはできず、徐々に曲がっていき、どこか別の世界へと飛ばされてしまう可能性もある。これこそ、夢幻世界から現実世界へ軽々しく行くことはできない原因の一つである。
だからこそ、ケリィは気を引き締めろと言ったのだ。ここからは夢幻世界まで全速力で走らなければならないからだ。
「大丈夫です。行きましょう、ブラックモアさん」
「そうか。ならば行くぞ」
ケリィはカチュアに手を差出し、カチュアは迷うことなくその手を取った。お互いの手が命綱であり、離れ離れになって飛ばされることを防ぐためだ。
そうして二人はゆっくりとゲートへと入っていく。夢幻世界へと帰るために。




