予習
薄暗い部屋、木からそのまま彫りぬいたような机と椅子、ぼんやりと光る天井、びっしりと隙間なく本で埋め尽くされた棚。棚に入りきらなかった本が何冊も床に積まれている。
「ふぅ、やっと終わったよ~」
赤色の髪を肩まで伸ばした少女、カチュア・メイザースは、椅子の背もたれにもたれ掛りながら大きく伸びをする。彼女は魔法学校の課題である魔法史のレポートを寮の自室で書き終えたところだった。
彼女の通う魔法学校では多くのことを教えている。夢幻世界の歴史や魔法の成り立ち、生活に役立つ魔法や護身用の魔法など、幅広く教えている。六歳から十二歳までの子供が常識などを学ぶための場として用意されたのが魔法学校だからだ。
しかし、基礎的な魔法や多くのテンプレート化された魔法などは教えられても、専門的な、個々人の適正に見合った魔法や攻撃、相手を傷つける魔法などは教えていない。なぜならば、魔法はそれぞれの家で継承されるものが多く、テンプレート化された魔法ならともかく、それぞれの家系によっては異なる理論で魔法を教えることがあるからである。
また、家伝の魔法は基本的に秘匿されることが多く、カチュアも母方の家系に伝わる人形使いの魔法を教わっているが、魔法学校にある図書室で人形使いの魔法を調べようにも資料は存在しない。魔法学校は歴史や一般常識などを教える場であり、基礎やテンプレート化された魔法などを教えるのはついでであり、それぞれの家系に伝わる魔法を発展させていくための足掛かりになるように教えているだけである。それは魔法学校だけでなく、超能力、霊能力、気功術などの他の夢幻の力に関わる者の通う学校でも同様である。
また、攻撃魔法は基礎すら教えていない。これは法律に『故意に他者を傷つけることを禁ずる』という文面があるからである。他者を攻撃する力を持った場合、急な感情の爆発で攻撃魔法を行使してしまうかもしれない。現に魔法学校創立してすぐの頃には攻撃魔法の基礎が教えられており、調子にのって学友や小動物を傷つけてしまったという事件が何件もおきている。そのため、現在の魔法学校では防御や拘束などの魔法は護身用に教えていても攻撃魔法は教えていない。
「さて、今のうちに明日の予習をしておかないと」
軽く伸びをした後、机の上に分厚い本を広げる。カチュアはあと三か月で魔法学校を卒業することになっている。そのため、来月に行われる最後の試験のために必死に勉強していた。
最期の試験の結果が卒業生の成績の序列を決定する。今年度の上位成績者の三名には魔法学校がどんな願いでも叶えてくれることになっている。カチュアには叶えたい願いがあり、その上位三名に入ることを目的にしていた。
今までの試験でカチュアは常に上位に成績を残してきた。しかしどんな願いも叶えてもらえるという報酬を目当てに、最後の試験に好成績を残す者が多数出るのは毎年のことなので油断は絶対できない。そして最後の試験は今までの試験とは異なり一つの課題が出される。
「そういえば最後のパフォーマンス試験はどうしようかな」
それがパフォーマンス試験である。今まで魔法学校で学んだ魔法、家伝の魔法、まったく新しく創作された魔法などのジャンルは問われないが、今まで学んできた魔法の成果を発表するための試験である。
この試験には一般のお客さんや国の重鎮、様々な企業の重役などが見学できるようになっており、通常の試験の結果以上にこのパフォーマンス試験の結果が将来の就職に関係してくる。高度な魔法を見せれば就職先の選択肢は広がり、ここで失敗すれば就職活動は困難なものになってくる。
しかも今まで経験したことのない魔法のパフォーマンスにカチュアは頭を悩ませていた。通常の試験なら学力や習った魔法の応用を見せれば評価されるが、パフォーマンスは何をして感心されるかが重要である。
カチュアの使う人形使いの魔法は正直地味な魔法の部類だ。そのため、パフォーマンス試験ではどう表現すれば良いのか使いどころに悩むのだ。
「はぁ、何も思いつかないよ」
カチュアは机の上に突っ伏して頭を抱えた。




