伝言
「それで言い忘れたことってなんですか?」
「あぁ、実は夢幻世界から君を預かるときに、君の御爺さんから伝言を預かっている。本来ならもっと早く伝えておくべきだったが、すまんな。色々とあって伝えそびれていた」
「お爺様からの伝言。あ、いえ、私も勝手に行動してしまったのでお互い様ですよ」
何故、お爺様が伝言を? 何故、わざわざ案内役であるケリィに伝えて自分に直接言わなかったのだろうか。疑問に思ったが、自分が最初に勝手に出歩いてしまったせいでケリィのたてたスケジュールを乱してしまったことを思い出し、謝罪しなくてもいいことを伝える。
「いや、君が勝手に出歩いたことはこの事にはなんら関係ないことだ。伝えようと思えば道中いつでも伝えられたことだ。口頭で一言伝えるだけのことにこれだけ遅くなってしまってすまない」
「もう良いですから。それよりお爺様は何と仰っていたんですか?」
少しネガティブなケリィの様子にヤキモキして、はやく言うようにせがむ。
「それもそうだな。君の御爺さんからの伝言はこうだ」
―― 風が騒いでいる。しばらく魔法学校に近寄るべからず ――
「以上だ。私自身何のことだかわからない。君に直接伝えずに私を通して伝言にした理由も、この伝言の意味もだ。わかるのは魔法学校。おそらくは君の母校に近寄ると何らかの危険に巻き込まれる。ということだろう」
ケリィは考えを混ぜながら、お爺様の伝言を話した。たぶん、ケリィの言ったことは外れていない。魔法学校に近寄るのは危険だというのだろう。ケリィを通して伝えたのは私がお爺様に聞き返すことができない状況を作るためだろう。完全にお爺様に自分の性格が読まれているとカチュアは痛感した。それをふまえて伝言の意味を考える。
―― 不穏な風に気を付けよ ――
以前、お爺様が送ってきたテレターの内容だ。今回の伝言にある風とは、この不穏な風のことだろう。いよいよ『風』が動きだしたから注意するようにというメッセージなのだろうことはわかった。
では何故今なのか? 現実世界には二週間滞在することが決まっており、途中で帰ることはさすがにできない。私の旅行と『風』とは恐らく関係がないだろう。だったら帰ってきてから伝えるべきだと思う。もしかしたら帰ってきたときにはお爺様は身動きがとれなくなっているだろうと予想しての伝言かもしれない。
あれやこれ頭の中を予想が飛び交うが、正しいだろう答えがみつからない。いったい、どれが正解なのだろう。昔から、お爺様はややこしいことばかり言ってくる。
「メイザース。少し良いか?」
最終ときにはお爺様に対する愚痴になってきたときに、ケリィがそう声をかけてくれたことで、ようやく正気に戻る。
「あ、はい、なんでしょうか」
「メイザース、これだけの文章で答えを導き出すことはできない。難しく考えずに文章そのままと理解すればいいのではないか? 君の御爺さんは危険だから魔法学校に近寄るな。そう伝えたかっただけだとね」
そんな単純なことなのかとカチュアは思う。普段は考えるよりも行動するタイプのカチュアだが、お爺様相手だとどうしても難しく考えすぎてしまう。難解な言い回しを好むお爺様の伝言に何か意味があるかと難しく考えすぎていた。もしかしたらお爺様は私を心配しているだけなのかもしれない。
「そう、ですね。ありがとうございます」
「何のお礼だね?」
「いえ、少し難しく考えすぎていたかもしれないと思っただけです」
「そうか。そういうことなら素直に礼を言われておこう」
ケリィは軽く笑みを浮かべて言うと、カチュアの頭を軽く撫でる。
「難しく考えるなとは言わない。君は魔法使いだ。考えることが仕事だともいえる。だが、同時に子どもでもある。素直に物事を考えることができるのは子どもの時だけだ。その力を無くさないようにすることも大切だ」
「はい、そうですね」
子どもだからできる素直な考え方。なるほど、確かにそうだろう。難しく考えることも大切だが、素直な考えができないのも問題だ。柔軟な考え方ができれば一番良いのだろう。
ケリィは暫くカチュアを撫でていたが、用事ができたと言って去って行った。ケリィと会えたことは自分にとって幸運だったかもしれないとカチュアは考えた。この旅行が終わったら、家に籠って魔法漬けの日々を送ることになる。そうなる前に考え方を変えることができたのだ。幸運と言わざるを負えないだろう。
ふと気が付くと、テレビのニュースは終わっていた。見ることができなかったのは残念だったが、仕方ない。まだ二週間ある。それまでに見る機会はあるだろうと、部屋の電気を消して布団にくるまった。




