ホテル
カチュアの現実世界での拠点はそれなりに上流のホテルだった。ケリィが住んでいる町に一番のホテルでありお値段もそれなりである。最初は電気のつけ方すらわからなかったが、ケリィに教わりながら使ううちに、今ではケリィは居なくてもユニットバスを一人でお湯をはって入ることができるようになっていた。部屋の中で一番興味深かったのはテレビだった。夢幻世界にも遠くの映像を見ることができる魔法具はあったが、あまり一般には出回らない高価なものだった。しかし、現実世界では一家に一台は存在するほど普及しており、様々な番組が見えるのではしゃぎながら局を変えまくってケリィに怒られてしまった。
部屋に来るまでに使用したエレベーターも、似たようなものがあったが、カチュアは乗ったことが無かったので、もう何度か乗りたいと思っている。
ケリィが帰宅してしまい、一人になった部屋でカチュアは現実世界の常識の書かれた本を読んでいた。まるで夢のような世界だと思っていた現実世界にも細かな決まりがあり、それを守ることができなくては社会不適合者扱いされ、最悪犯罪者になってしまうとケリィは言っていた。
「法律や規則なんかは夢幻世界より細かいな」
思わず愚痴をこぼしてしまう。夢幻世界の法律はモラルを守るための法律と、貴族や王族などの権力者が自身に有利になるように決めた法律の二つから決められている。モラルはともかく、権力者に有利になる状況は時代によって変化するため、法律そのものはコロコロ変わりやすくなっている。それに比べて現実世界の法律はあまり変化することがないというのに驚いた。その姿勢を夢幻世界でも取り入れて欲しいものだと、カチュアは思った。
一通り目を通してからユニットバスに入る。使い方を覚えるのに苦労したが、魔法を使わないだけで、使い方は夢幻世界と同じだったのはありがたかった。これだけ異なる発展の仕方をしていても発想が似てくることがあるのだとカチュアは感心した。
お風呂から出て髪の毛をタオルで拭きながら、テレビを見ることにした。現実世界では新聞だけでなくテレビでもニュースを知ることができるとケリィが言っていた。
『現実世界を知りたいならテレビを利用すると良い』
そう言い残して帰宅していったので、ケリィは自分で知る努力をしろという意味で教えてくれたのだと考える。リモコンを操作して何局か移動しながら見ていると、ちょうどニュース番組がやっていた。天気予報だ。
「現実世界でも天気占いなんてあるんだ」
そう呟いてから、イヤイヤと、頭をふるう。現実世界には夢幻の力の行使者は存在しない。仮にいたとしてもこんな大っぴらに使うことはないし、誰も信じない。夢幻の力を信じない人間によって現実世界は生まれたといっても過言ではないのに、いまさら夢幻の力に頼ろうとするなんてことはない。
「それは科学によって明日の天気を計算している」
突然、背後から声をかけられて、驚くが、知っている声だったので首だけ振り向いた。
「すまんな。言っておかなくてはならないことがあったので慌てて戻ってきた」
そこに居たのはケリィ・ブラックモアだった。昼間はかけていたサングラスをとって、黒い瞳でカチュアを見下ろしている。
「言っておかなくてはならないこと?」
「あぁ。だが、その前に、なんて恰好をしているんだ」
「?」
呆れたように言うケリィに首を傾げて自分の恰好を見る。そういえばお風呂上りでバスタオルを体に巻いたままだった。思わずカァッと顔が熱くなるのを感じて、慌てて脱衣所に駆け込んで寝巻に着替える。
「ご、ごめんなさい。着替えてきました」
「そうか、いくら今の季節でも風呂上りにあんな恰好でいつまでも居たら風邪をひいてしまう。気を付けることだ」
「…わかりました」
人の部屋に勝手に入ってきて言うことがそれだけか? そうカチュアは言いたかったがやめにした。悪気はないのだろう。半裸を見られたが、自分のような子どもの身体に欲情するような人物ではなさそうなので、向こうも自分も気にしないことにする。そう気にしないことにする。




