ケリィ
まず驚いたのが人の多さだった。見渡す限りに人、人、人。これだけ大きな道にあふれ出さんばかりに人が居る光景にカチュアは目を奪われた。これで首都ではなく一都市であるのだからまた驚きである。
カチュアの出身国の人口よりこの町の人口の方が多いことを事前に聞いていたが、ここまで人がごった返していて国家として成立していることが不思議でならなかった。人口が圧倒的に少ない故郷の国ですら人間同士の衝突で国を維持することが精いっぱいであるとカチュアはお爺様から教わっていた。なので、これだけの人口を抱えていて国家を維持できる現実世界を羨ましく感じていた。
次に高いビルの数々に目を奪われた。見上げなければ天辺の見えない四角形のビルの数々。どれを見ても王城よりも高い建物であった。最初はこの国の貴族層の住居かとも考えたが、事前に調べた情報に、この国では身分制度が廃止されていると載っていたことを思い出し、この高い建物が庶民のものであることに驚いた。
他にも車や電車。道路の広さやその平らさ。食べ物一つとってもカチュアの常識では考えられないモノの数々に、知識欲がどんどんわいてきた。
魔法使いは知識を得れば得るほど強大な魔法を行使できるため、知識欲が強いと言われている。カチャアもその例外ではなく、現実世界の『カガク』いや、科学で造られた道具に強い興味を持った。多くの道具が夢幻の力ではなく、電気によって動いている。それが不思議だった。夢幻の力で生活することが当たり前の夢幻世界では、電気は夢幻の力で発生させられた現象の一つであり、当たると痺れたり焼けたりする程度の認識しかもっていなかった。夢幻の力で起こしてきた現象を電気の力一つで起こせる科学に、改めてカチュアは感心した。
飢えもなく争いの存在しないユートピアのような世界だとカチュアは思った。これから二週間何を見て回ろうか。楽しみで仕方なかった。
「こんな所に居たのか。探したぞ、メイザース」
タイ焼きを食べ終わり、ブラブラと歩いていると、背後から声をかけられ振り返る。そこにはサングラスに黒いスーツ姿の褐色の肌に黒髪の男性が居た。黒のワイシャツまで着ている気合の入った全身黒ずくめの男は現実世界に不慣れなカチュアを案内役 兼 護衛役であるケリィ・ブラックモアである。彼の二メートル近い長身から見下ろされるのは、同年代に比べて成長が遅いことを密かに気にしていたカチュアは余計に自分が小さく思えてきて苦手だった。だから彼に許可を取らずに勝手に出歩いていたのだが、それが見つかってしまったようだ。
「ごめんなさい、我慢できなくて」
せっかく現実世界に来られたのに彼を連れて歩くのは何だか監視されているようで苦手だったのだ
「ふぅ、現実世界に初めて来た連中はこれだから困る。いいか、この世界は夢幻世界と常識が異なる世界だ。君たちの常識はまるで適用されない。そんな君たちが一人で出歩くなど自殺行為だ。そもそも君はこの世界では子供として扱われる年齢だ。それにこの国では君の容姿は外国人。外国の子供が一人で出歩くなど危険行為だ。補導されかねん」
クドクドと説教を始めるケリィにうんざりするが、カチュアはまじめに聞くことにした。自分の年齢で子供扱いされるや、補導されるなど、ケリィの説教の中にこの世界の常識を知るヒントが隠されていることに気が付いたからだ。
実はケリィはわざとヒントを織り交ぜて説教をしていた。多くの夢幻世界人の案内役をしてきたケリィは、知識欲の強い魔法使いならこの説教をきっかけにある程度の常識を身に着けてくれると、経験から知っているからだ。そもそも、この説教から何の常識も学び取れない者は説教自体を聞き流しているということである。人の忠告に耳を傾けないような相手をケリィは世話する気がない。勝手に出歩いて不審人物として逮捕されればいいとすら考えている。
そんなケリィの考えを知らないカチュアは真面目に説教を聞きながら、重要そうな単語を記憶に刻みつけて意味を考えていた。これから二週間は滞在することになる。お爺様が現実世界に郷に入れば郷に従えという格言があると教えてくれたことを思い出す。
「そういうことだから、メイザース。くれぐれも一人で行動しようとするな」
「はい、わかりましたブラックモアさん」
ケリィの説教から得た情報から、自分がこの世界で子供扱いされることを学びとったカチュアは保護者であるケリィと一緒にいることは大切だと考えている。夢幻世界では学校を卒業してしまえば一人前の大人として扱われるため、どんな時でも自己責任が伴われる。しかし、この世界ではカチュアは子供として扱われ、カチュアが犯した罪の責任は保護者であるケリィに行く。会ってまだ数時間だが、ケリィに責任を押し付けるのは嫌だと考えている。
カチュアは元々人に責任をなすりつける行為は嫌いだ。自分が知人になすりつけるなど考えたくもない。それがカチュアの元々の考え方である。そのうえ、カチュアはケリィが悪い人間ではないことも理解している。皮肉やで素直でないが、所々でカチュアを気遣ってくれていることに気付いていた。そんな人物に責任が行くのはカチュアには耐えられない。だから素直に説教を言うことを聞くことを決めた。
カチュアがケリィに苦手意識をもったのは身長のこともだが、大人の男性に不慣れな所があるからだ。無論、魔法学校にもリカードを含めて男性教員は大勢いたし、何人かの先生には直接教わっている。しかし、彼らはあくまで先生であり、彼らにとってカチュアは大多数の中の一である。一対一で会話することもあるが、現在のケリィとカチュアのように四六時中顔を合わせているわけではない。
カチュアにとってケリィは家族と先生以外で初めて行動を共にする大人の男性である。夢幻世界から現実世界に移動する直前に出会ってから、まだ数時間しか経過していない。そんなわけで、人となりは多少知ることはできても慣れない状態は変わらない。別にカチュアはケリィを異性として気にしているわけでも男性恐怖症なわけでもない。今まで接してきた同年代の男子との違いを雰囲気から察してしまい、どう接したら良いのかわからないのだ。
その点はケリィにも当てはまるだろう。彼は長い間現実世界への旅行者の案内役を務めてきた。しかしカチュアのような幼い少女を相手した経験がまるでなかった。今までの旅行者はカチュアの祖父のような大魔法使いには数歩劣るものの、高位の魔法使いたちである。そんな連中はケリィより年上が多く、高位の術者だけに頭の回転も良い連中である。だからある程度目を話しても自分で何とかできるので、面倒は少なかった。
しかし、今回は魔法学校を卒業したばかりの少女である。ケリィは夢幻世界出身だが、現実世界よりの考え方を持っている。そんなケリィからしたらカチュアは小学校を卒業したばかりの子供である。男の子相手ならケリィ自身の経験から何がしたいのかはある程度予測できると考えているが、女の子はどうなのだろうかまるで分らなかった。ケリィの中では思春期の少女の頭の中は未知の世界である。
「そうか、わかったなら良い。メイザース。観光は明日からだ。まずはこの世界での常識を覚えてもらう。今日はホテルに戻るぞ」
「あ、はい」
カチュアもケリィもお互いに思うところはあったが、どちらにせよ二週間は顔を突き合わせることになるのだ。もう少し時間をかけてお互いを知っていけばいいと思い。まずはカチュアが現実世界で普通に生活できるように常識を教えることから始めた。




