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『タキオン(Tacyon) 』

作者: メイア

果たしてあなたは乙女ゲームをプレイしたことがあるだろうか?

私はプレイしたことは一度もないけれど、私の友達や妹がやっているのをそばでずっと見ていた。

それほどのめり込むともなく、嫌いになるわけでもなく、彼女たちとその話題で盛り上がれるぐらいには好きだった。


そう、そのゲームの世界に転生さえしなければ、私は乙女ゲームをどうとも思っていなかったのだ。



転生して、乙女ゲームの主人公になりました。


こんなファンタジー、自分の身に起こってなければ絶対に信じないだろう。


自分がおぼろげながら前世とやらの記憶を持っていること、そしてゲームの世界に転生してしまったことに気付いたのは七歳の時だ。

絶望のあまり失神した後自室にこもり泣きに泣いた。


私は別に男の子が嫌いなわけでもないし、逆ハーレムだって体験しようとは思わなくても興味ぐらいはあった。

乙女ゲームの主人公に転生したことが問題なのではない。

乙女ゲームの中でも、何故このゲームに転生してしまったかが問題なのだ。



乙女ゲーム『タキオン(Tacyon) ~私の運命、君の宿命~』。



人気イラストレーターと海外の有名アーティストによる美麗なグラフィックに、豪華声優陣。

小さなゲームメーカーが倒産寸前で起死回生を狙って売り出したゲームは乙女ゲームとしては異例の売り上げを記録した。

アニメ化、コミック化、実写化をし、グッズも飛ぶように売れた。


このゲームは少々異色で、とにかくハッピーエンドにしないと主人公が死ぬらしい。

乙女ゲームに詳しい友人によると主人公の死亡エンドはほかのゲームでも普通に存在するらしいが、ここまで執拗に死亡エンドにするのも珍しいとのこと。


友人曰く、『タキオン』の魅力はその凝った作り込みだという。

一つ一つの台詞やキャラクターの細かな装飾品、背景に映ったちょっとしたものまでが伏線になっており、バッドエンド、ノーマルエンド、ハッピーエンドそれぞれにも隠されたつながりがあるという。


更にゲーム全体の難易度も、イージー、ノーマル、アドバンス、レジェンドの四つから設定ができ、それぞれで選択肢の内容や数が変わり、登場人物たちの関係が複雑になったりするのだ。

レジェンドは、アドバンスで各攻略対象のハッピーエンドをクリアしないと挑戦ができない。数の多い選択肢を一つでも間違えてしまうと、レジェンドではハッピーエンドにならないといううわさすらもある。


『タキオン』自体がもともと難しいし、私は乙女ゲームをプレイしたことすらないのだ。友人たちのプレイを見ていたから大体の物語の運びや登場人物は知っていても、そんな私がハッピーエンドにたどり着けるはずがない。

友人や妹が「なぜハッピーエンドにならんのだぁぁ――!」と乙女らしからぬ声を上げて畳の上で死にかけの蛙のごとくもんどりうっていたのは、おぼろげな前世の記憶の中でも鮮明な部分にあたる。


だから、私は逃げた。


どうすればいいのか分からなくて、死ぬのが怖くて、考えに考えたのだ。何年間も。


だが駄目だった。登場人物である家族にも、もしかしたら後々かかわることになるかもしれないそのころの友達には相談することはできなかったし、一人で考えるには、私の脳みそは小さすぎた。

それでも考えて、とうとう頭の中がクラッシュした私はフラグ破壊ということを思いついたのだ。


ひたすら攻略対象から逃げまくり、絶対に接触しない。


『タキオン』は異世界を舞台としていて、日本をモチーフにした架空のヒノモト皇国に主人公は住んでいる。

主人公は没落した元貴族で、奨学金を使い念願の皇立学園の高等部に入学する。

ゲームのプロローグは、入学式で、主人公の一年間を追う形でストーリーが展開していく。

ゲーム内で主人公が二年生になる場面はなく、イベントはすべて一年生の間に発生するし、数年後の様子を描いたハッピーエンドはあっても物語は一年生で終了するのだ。


思い出せる限りのイベントや伏線やフラグを書き出してはシュミレーションし対策を練り、目立たないようにして、私は、私は、……



乗り切ったのだ!



「お、終わった…」


一年生最後の登校日、無事に家に帰った私は腰を抜かしてへたり込んだ。

「かああああああったああああああ――――!!」近所迷惑を顧みず獣のような雄たけびを一人玄関先で上げた後、柄にもなく泣いてしまった。


家族はそんな私を見て、医者を呼ぶか悪魔祓い師(エクソシスト)を呼ぶか本気で悩んでいたと、後日聞いた。



一年生さえ終わってしまえば、物語はスタートできない。


私は、勝ったのだ…!







…そう。そう、思ってた時期が私にもありました。



「ぼうっとしてるなんて、余裕だね」


耳元で囁かれたつやっぽい低音に、私は現実逃避から連れ戻された。鼻先が触れ合う距離に、ひどく整った顔がある。

白い肌はきめ細やかで、はっとするほど長い睫毛が縁どる瞳は、昔父が飲んでいた年代物のワインを思わせるような暗い赤。

目尻はどちらかといえば上がっていて、にっこりというよりはにんまりと吊り上った唇の両端と相まってこの人がエスであることは間違いないのだろうと思われる。



「…また、意識飛ばしてるよね」



現実逃避代わりの観察に気づいたらしく、少し苛つきの混ざった口調に嫌な予感がして私は身を固くした。

彼がこちらに触れる寸前、私はフラグ破壊で身に着けた素晴らしい反射神経をもって後ろに素早く後ずさる。

明らかにこの人キスをしようとした…!お巡りさんこっちです!そう言いたかったけど、その前に後ずさった私の後頭部がレンガ造りの校舎の外壁と勢いよくぶつかる。

そういえば壁際まで追い詰められてたの忘れてた。

思ったより勢いがよかったようだ。慣れないことはしてはいけない。

思わず頭を押さえてうずくまった。なにこれ本当に痛いじゃないか。

涙目を見せないように俯いた私の両頬に手を添え、、彼は無理やり上を向かせた。そして無言で顔を寄せた。


零れ落ち始めたしずくを、かれの柔らかい唇が受け止める。何やってんだこの人。


目を見開いて彼を見つめる。二年生に進級した後、転校してきた彼が私の周りをうろちょろしていたのは気づいていたが、呼び出されてこんな目にあうなんて思っていなかった。

彼のフルネームも知らないし、話したこともない。

ただ顔が整っていて学園の中で有名だったから知っている。


顔が整っている、それだけで攻略対象の可能性があったので、今までイケメンは避けてきたのだ。隠しルートで攻略可能キャラが増えることだってあるということを考えたのだ。



「―――何をやっている!」



頭の中が真っ白になってなすがままになっていると、突然凛とした声が響いた。風紀委員だろうか。

ここは校舎の裏側で、告白スペースとして知られている。となるとここでは普通告白がされていて、いくら風紀委員でも放っておくはずなのだが…今回は私の体制のためか、声をかけてくれたらしい。


彼は一瞬動きを止めた後、立ち上がると風紀委員を一瞥して足早に去っていった。えええ、結局何したかったんだよ。訳が分からない。とりあえずは助かったようだが。


「おい、大丈夫か」


風紀委員の男の子が手を差し伸べてくれた。いい声だ。ん…?いい、声?


改めて風紀委員に目を遣ると、これまたひどく整った顔だった。

この世界ではそれほど目立ちはしない深緑色の髪に、清廉潔白を体現した若侍のような爽やかな顔つき。

黒の瞳は戸惑ったように揺れている。


雷撃のようなしびれが一瞬私を支配した。恋に落ちた乙女のときめきというよりは悪寒に近い。


間違いなく、攻略対象のうちの一人だった。たしか、名前はシギル、シギルなんとか、だ。

勝利を確信して雄たけびを上げたその日に、ゲームを通して知っているこの世界のことについて忘れたほうがよいと思ったことがいけなかったようだ。すぐに思い出せない。


「あ、ありがとうございます」

かすれた声でお礼を言う。


しかし私の頭の中は警戒音が鳴り響き、混乱の極致にあった。

なぜ、何故接触しているんだ。

まるでイベントのようじゃないか…



「こういう時って迷うんだけど、やっぱり声をかけて正解だったな」


私がお礼を言った後、安心したように表情が柔らかくなる。


「前なんて声かけたら、うるさい続きさせろって男からも女からもブーイングされてさ、全くお楽しみは家でやるべきだよな」


まあ、寮生もいるんで無理かもしれないけどさ。

彼の言葉の後半をもう私は聞いていなかった。



続き… 続き…?


一つの可能性に、私は気づいてしまった。


ああ、嫌な予感しかしません。神様。






『タキオン』の続編、もしかして製作されちゃったり、してた、の、かな…



タキオン Tacyon :光を超える可能性


こういうコメディ系好きです。

いつか連載してみたいな…なんて(笑)

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