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0 プレジデント・スイートにて
グランド・エルターニュ。アテネ随一の、歴史と品格を持つホテル。
その最上階に位置する、プレジデント・スイートルームには、若い女が一人残っていた。
広いリビング、贅沢な調度。完璧なサービスと、心地良い時間。
荷造りはもう出来ている。
優雅な世界から、いつでも出て行ける。現実の世界へ。すぐにでも。
「……レン……。速く来て……」
待っていた。ただ一人を。
短い黒髪の。黒い瞳の。感情を静かに殺した目。このギリシャの地からはずっと離れた、東洋の一国。日本国籍の男。
彼は、一人の同じ日本人の少女のボディ・ガードとして現れた。
完璧なガード。彼は少女の肉体だけでなく、心までも守り抜こうとしていた。
自分以外誰も信じずに、自らの信念だけを最大の武器として。
彼ならば。冷徹で公正な目で、全ての罪を炙り出すだろう。
感情に流されることなく。
彼女の罪を白日の元に晒すだろう。
「レン。速く来て……、もう時間が。間に合わなくなるわ……」
彼女が待つ理由は、ただ一つ。伝える為。彼女のクライアントから託された、最後の仕事だから。