嫌よ嫌よも好きのうち!?
秋といえばがテーマだったので、学園祭とハロウィンになりました。
王道学園で繰り広げられる小さな恋の物語です。
砂糖たくさん入ってると思います。というか信じてます。
よろしくお願いします!
私立斎学園。
それは山奥にあり全寮制で、完全に外界からは隔離されている学校。
幼等部から大学・短大まであり、高校までは男女別学。
会社の重役子息が通う超金持ち校である。
大学からは外部へ受けれるが、高校までは基本的にエスカレーターで、外部から入ってくることは稀である。
校外へは寮官に申請しなければ出ることができない。ほとんどが校内で事足りるのだ。ファミレス、ファーストフード店、CDショップ、本屋、ゲーセン……なんでも揃っている。学校自体が一つの街のような物だ。
ブランド品店やお気に入りの店に行きたいものは寮官に申請すれば外出出来るし、別に不便なことはなさそうだ。
とはいえまるで監獄のようなそこは、子供達に問題を起こされて会社の名に傷を付けられる事を恐れた者達が、日本屈指の財閥、斎宮司家に頼み込んで作られた学校である。
#
「野宮。また授業さぼったな」
放課後、校舎裏で木に凭れかかり微睡んでいた俺は、その声で目を覚ました。
声の主は、気にくわない奴。いつも俺に突っ掛かってくる嫌な奴だ。
斎学園高等部生徒会長、久遠翠。黒目黒髪で、バカみたいに顔が良い。
カッコいいというよりは、綺麗な奴。女みたいな顔ってわけじゃなくて、でも男らしくもない、中性的というのも不自然な、人間を越えたような美しさ。まるで美術品のように整っている。
スラリとした体躯。モデルみたいに足が長くて、背が高い。細身だけれど、ひょろっちいわけではなく、筋肉はほどよく付いている。その筋肉の付き方さえも芸術だ。
頭も良くて、学年で常に主席。しかし、彼が勉強している時なんて見たことが無い。時々、難しそうな本や、英語とかそれ以外の言語でかかれた新聞を読んでいるのは目にするけれど。
運動神経も抜群で、何をやらせてもそつなくこなす。この間バスケ部の奴が初心者に負けたと嘆いていた。
とにかく、そんな凄い奴は何かと俺に突っ掛かってくる。俺が所謂不良だから、目の敵にされているのかもしれない。
「っせぇな。お前には関係ないだろ、生徒会長様。」
厭味を込めて笑うと、久遠はため息を吐いた。
「お前が何処で何をしてようと興味無いが、周りが泣き付いてくるんだ。それに、生徒会長である以上見逃すわけにはいかない。」
面倒なこと極まりない、と彼はまたため息を吐く。こいつ意外と面倒臭がりだ。それは、こいつと同じクラスになって目を付けられてから知ったこと。
つまり、ほんの半年程前。今は紅葉の美しい季節だ。
そういえば、もうじき学園祭の季節か。あれは確か、10月の29、30、31の三日間やるから。
一日目はわが校の生徒のみ対象、二日目と三日目は、わが校の生徒含め、姉妹校の生徒や招待客、家族、三日間のみ生徒の配る招待券を持った客対象となる。
31日の後夜祭でハロウィンパーティーを朝までする。
11月の1、2、3は休みとなるので、後夜祭の後は人それぞれだ。愛おしい者とイチャイチャしたり、重役の長男は今から親の手伝いをしている者も多いので会社で仕事をしたり。旅行へ行く者もいる。
どうでも良いが俺はこの休暇は次期社長候補の弟に扱き使われるので、三日のうち二日は出勤する。少々名の知れた会社であるため、いろいろと忙しいのだ。
まぁ、知名度と忙しさがどう関わってくるのかなんて知らないが。
そうそう、わが校は高校までは別学のため異性に巡り合う可能性が低く、恋愛対象が同性である者が大半を占めている。八割方はそうだろう。それがわが校の常識だ。
今日は学園祭の話をするのだと同室の奴が言っていたから、生徒会長もその話をしに来たのだろうか。
「お前、学園祭は手伝うよな?」
「……やだ。」
やはり、そうだったか。冗談じゃない。そんな面倒なこと誰がするか。
中等部までは結構楽しくやってたけど、今じゃそんな気にはならない。学園祭が嫌いなわけではない。ただ、全てのやる気が失せてしまったのだ。
「やだと言われても困る。生徒全員を参加させるのが俺の義務だ。」
天才肌のこの男はいつもこうだ。他人には猫被っているけれど、俺の前じゃいつもこう。自分本位。自分さえ良ければ後はどうでも良いと思っているようで、気にくわない。
「あんたの事情なんて知らねぇよ。俺はやんねーかんな」
そう言って立ち上がる。立ち去ろうと足を進めると、背後からポツリと声が聞こえた。
「……遺言か?」
それは、俺の足を止めるのには十分だった。遺言。こいつの言っている遺言とは、祖父のもので間違いないだろう。
「お前、後継者から外されたんだってな。可哀想に。」
久遠は傷を抉るように囁く。厭味ったらしく、思ってもいないくせに可哀想にだなんて言って。
「愛人の子だからな。」
「っるせぇんだよ!」
聞きたくなかった。愛人の子だから、長男にも関わらず後継者から外されたのは事実。優しかった祖父は、裏ではそういう目で見ていたのだと思い知らされた。愛人の子だなんて気にするな、と笑った祖父の言葉は偽りだったのだと、思い知らされた。
もう、十分思い知らされた。だからこれ以上、聞きたくない。
俺は久遠を殴ろうと腕を振るった。怒りが思考を支配していたから失念していたが、久遠は武道に長けている。
ゆえに、俺のパンチが入る筈もなく。
殴りそびれてバランスを崩すのは、想像に難くない。
反射なのか計算なのか、久遠は殴りそびれた俺の腕を掴み、そのまま一本背負い。受け身が取れて良かったと、地面に打ち付けられたとき思った。
「俺に手を出すなんて、バカだな。だから外されるんだ。」
「うるせぇよ。」
バカだなんて、自分が一番良く分かっている。
祖父の、後継者はお前だという言葉を信じて必死に頑張っていた浅はかな俺。
中等部の時代、俺の成績は上位に位置していた。人当たりも良かったと思う。それもこれも、祖父の期待に答えようと必死だったから。
だからこそ、喪失感も大きい。生きる目標と言っても過言ではないくらいに俺は祖父を信頼していたし、祖父の言葉は絶対で、それが当たり前だったから。
期待をされていなかったのだと分かったとき、絶望に似た感覚が俺を覆った。すべてがどうでも良いと感じ始めたのも、それが原因。
「お前、意外と可愛い顔をしてるな。」
突拍子もなく、久遠は俺の顎に手を掛けそう言った。いつの間にか組み敷かれてるし。それに気付かない俺って……。
それにしても天才は何を考えてるか分からない。どうしていきなりそんな話になるんだ。
「よし、お前は客引き決定だ。」
「は?」
「ウチのクラスはコスプレ喫茶なんだ。なんでも、新撰組とか町娘のコスプレ喫茶をやりたいらしい。」
つまり、江戸時代のコスプレをしたいのか。それにしても何で俺が。
「手伝わねぇって言ったよな?」
「お前に拒否権は無い。」
「は?何言ってんだよ。お前が何と言おうとやるつもりねぇ。」
「ならばこの場で犯してやろうか?」
おいおい、生徒会長がそんなこと言っていいのか?
そう思っていたのが顔に出たのか、久遠は皮肉げに笑った。
「俺は行事に参加しない奴を生徒とは認めない。前にも言っただろう?」
ああ、そういえば聞いたような。確か体育祭のときだ。さぼっていた俺に、同じように誘いをかけてきたんだ。
別にあんたに認められなくとも関係ない。確かそう言った気がする。
久遠はそれ以上何も言ってはこなかった。
「それが何の関係があるんだよ。」
「生徒ならば守ってやるが、生徒以外に気を使ってやる必要などない。顔は好みだ。それに、調教するのも楽しそうだしな。お前を飼ってやるよ。……さぁ、どうする?」
ゾクリ。身体中に、その感覚が走った。笑顔が怖いモノだと初めて知った。
今、久遠は皮肉げではない笑顔だ。ただ、他人に向けているものとは違い、酷く冷めた目。
逆らうな。頭に警鐘がなる。こいつは本気だ。逆らうな。五月蝿いほどの音。 俺は、固まって動けなかった。
「答えないのか?ならば身体に聞いてみよう。」
慣れた手つきで、するりとシャツの中に手を入れられる。そしで、胸の尖りを掠めた。
「……ッ!」
なんとか声に出さなかったものの、身体がしなる。
ピリッと甘い電流が駆け巡ったような感覚がした。
「ほう、敏感なんだな。答えないと、進めるぞ?それとも、進めて欲しいのか?」
嘲笑うようなセリフに俺は一瞬頭に血が昇ったが、尖りにある久遠の手による愛撫で一気に引いた。
声が出そうになり、唇を噛み締める。身体が震えてしまう。気持ち良くて。
「お前は俺に飼われたいんだな。身体がそういっている。」
「……ッ、誰がっ!」
俺は久遠を押し飛ばした。一緒にシャツのボタンが弾け飛んだが、そんなことを気にする余裕は無い。
屈辱だ。よりによって、こんな厭味な奴に触れられるなんて。
それに、こんな奴の手を気持ち良いと思ってしまうなんて。
自分で自分を殴りたい気分だ。
飼われたい、なんて。思うわけ無いじゃないか。天才とバカは紙一重なのか?
「とにかく、やればいいんだろっ!?やってやるよ。授業にも出てやる。二度と近づくな!」
殴りたいけれど、結果は同じだと目に見えている。
だから何もできなくて、怒りを発散させることができない俺の握った拳は怒りに震えている。
これ以上ここにいたら何をするか分からない。俺は舌打ちをして足を進めた。
#
「野宮。似合ってるぞ。」
「うるせぇ、嬉しくねぇよ。つか、近づくなって言ったろうが!」
俺の町娘姿をまじまじと見る久遠。
近づくなと言ったのに、俺の発言はまったく無視して翌朝には声をかけてきやがった。
最初は、来たんだな、偉いぞ。そういって頭を撫でやがった。
次に衣装選びがあるから一緒に帰ろう。嫌がる俺を無理やり引き摺って衣装選び。
なんやかんやで一緒に選んだ俺も俺だが。
それからは、拒否をしているものの何かと付き纏れる日々が続いている。
しつこく拒めば「犯す」って脅されるし……。貞操の危機を守るため必死だ。
「あんたは花魁でもやったら?綺麗だし」
なんだか悔しくてそう言ったが、我ながら良い案な気がすると思ったのは、目の前の男が苦笑して言葉を紡ぐ寸前。
「綺麗は、男に使う言葉では無いだろ。」
「そんなの、可愛いとかも一緒じゃねぇか。」
人の顔可愛いとか言いやがったクセに。
言外にそう言ってやると、男はクスクスと笑って頷いた。
「それもそうだな。」
ドキリ。心臓が跳ねた。それに気付いた俺はあわてて首を横に振る。
ときめいたのは気のせい、気のせい。いつもは見せない、心から笑ったような笑顔だったから驚いただけだ。
こいつ、こんな顔も出来るんだなって、新しい発見をしたからだ。人間、新発見には胸が高鳴るものだしな。
そうだ、絶対にそうだ。
って、なんで俺こんな必死に弁解してるんだ?わけわかんねぇ。
考えるのやめだやめ!
俺は頭から無理やり消すことにした。
――好きになったのがいつかって聞かれたら、間違いなくこの時なんだろうな。
自覚をしたく無かったから逃げてただけなんだと思う。
え?何でかって?そりゃ、あん時のお前は俺の敵だったんだから。
今?……聞かなきゃわかんねぇのかよ、バカ王子。
#
――おかしい。
あれから1週間。頭に浮かぶのはいつもあいつの事。
何でだ?あ、いつも何かと言ってくるからだ。そうに違いない。
最近の俺は真面目だ。何か言われる筋合いは無い。
よし、距離を置こう。そうすればきっとこの変な症状も治る。
俺はそれからというもの、久遠から逃げまくった。憎いはずのあいつの笑顔がちらつくのが何となく嫌だったから。
だって、あいつの笑顔を思い出すたびに、嫌いじゃ無くなってくる。
あれ、そもそも何で嫌いなんだ?
あいつが俺の自由を奪うから?でも、あいつといる時はなんやかんや言っても楽しかった。
多少ムカつく事もあるけど、まぁそれは誰にでもあることだし。
……気付いた。俺ってばあいつを嫌う理由無い。何だ、じゃあ好きになってもいいんじゃん。
す、好きって別に変な意味じゃなくて、友達としてって意味だからな!
……って、誰に弁解してんだよ、俺。
とにかく、別に仲良くなってもいいんじゃんと気付いた俺は、逃亡生活を1週間の昼休みで締め切り、久遠に会いに行くべく教室を覗いた。
が、そこに久遠の姿は無かった。
久遠が行きそうなところなんて知らねぇ、と困っていると、クラスの奴が図書館へ行ったと教えてくれた。
授業さぼる以外特に問題を起こさない、良い不良の俺はクラスの奴とは普通に話せる。
ただ、ちょっと怯えられるだけで。
誰かを殴ったわけじゃ無いんだから怯えられる理由無いよなとは思うけど。
とにかく言われた通り図書館へ向かうと、確かに久遠はいた。
本棚の前で誰か知らない奴と話している。しかも、楽しそうに笑ってやがる。
……俺の前じゃあまり笑ってくれないくせに。
なぜだか知らないが、それがとてつもなくイラついた。
その理由が久遠が誰か他の男と一緒にいたからか、よく笑ったからかは、その時の俺にはよくわからなかったけれど。
その日の午後の授業を、俺はさぼった。なんとなく久遠と同じ場所にいたくなかったから。
校舎裏のいつもの木に凭れかかる。日差しが気持ち良くて、俺はつい寝てしまった。
夢を見た。俺と久遠が楽しそうに歩いている。
そこに現れた一人の顔の見えない男が、久遠に声をかけた。
久遠は笑ってその男に駆け寄り、じゃあなと言うように手を振って去っていった。
孤独感と自分ではなく他の奴を選んだという悲しみに包まれる。
そこで気付いた。俺はあいつが好きなんだ、と。二人が話している時にイラついたのは、嫉妬だったのだと。
そしてそこで、目が覚めた。
キーンコーンカーンコーン。
学校のベルが鳴る。今は何時限目だろうと時計を見ると、丁度授業後のSHRが終わった合図の鐘だった。
好きだと一度自覚すると不思議なもので、今までの思い出全てが愛おしく思えてくる。
そうか、好きなのか、俺。
それは何故か妙にしっくりとしていた。
告白、……出来るわけ無いか。
あいつにとって俺はきっと、面倒事を引き起こす奴としか思われてない。
今まで、さんざん面倒事を起こして来たから。そうでなくても、良く思われては無いだろう。
幸いこの学校は同性に対する告白なんて日常茶飯事。別に告白できないわけではない。
でも、きっとしても意味はない。
だったら、告白をして関係を壊すくらいならこのまま胸に秘めた方が良い。
久遠がノンケの確率は低い。だって押し倒されたとき慣れてやがった。
多分、バイ。どっちもいけると思う。だって、久遠だし。
だからこれから好きになってもらえるかも知れない。希望はある。
けれど希望にかける気にはならなかった。出会いが悪すぎるという自覚はあったから。
0からのスタートならまだよかった。
でも俺はマイナスからのスタートだ。希望自体が小さすぎ。
だから、好意なんて持って貰わなくていい。いつも見たいに久遠を困らせよう。そうすればその間は俺のことを考えてくれる。
今の俺は、それで十分だ。
……何かを頑張ることが怖かったのかもしれない。祖父の一件があったから。
だから俺は、元の生活に戻るだけ。またきっと久遠はため息を吐きながら俺に会いにくるんだ。
たとえ嫌われても良いと、本気で思っていた。嫌われるということは、彼に自分の存在を認識させているということだから。
#
「野宮。最近お前変だぞ。」
いつも通り校舎裏で微睡んでいると、そう声を掛けられた。
間違いなく、久遠の声。
俺はその声が自分に向けられるだけで満足だ。
「またさぼるようになったじゃないか。何かあったのか?」
「別に。ただ、元に戻っただけだろ。」
「元に戻れない状況だったはずなんだがな。それとも、飼われたくなったのか?」
元に戻れない状況とは、参加しなければ犯してやると脅されていた状況のことか。
確かに、あの時は嫌だったから良い取引条件だったかもな。でも、今の俺はどんな形でも良いからお前と関係を持ちたいと思ってるんだぞ、久遠。
「……それも良いかもな。」
飼われると言うことは一生こいつの傍にいられると言うこと。それなら、飼われるというのもアリかもしれない。
人間の尊厳とか全て捨て去ったとしても。
「……本当に、どうしたんだ?」
普通なら反抗するはずの俺が反抗しないことに疑問を持っているのだろうか。 まぁ確かに、いきなり飼われても良いなんて言いだしたらどこか変だと思うだろうが。
「……何でもねぇよ。手伝いして欲しいならしてやるから、近づくな。」
元に戻るなんて、所詮無理なんだな、と思う。
久遠の前で昔みたいに憎まれ口を叩いたり笑ったりできない。
近づくな、なんて。本当は誰よりも構って欲しいくせに。
でも、久遠のそばにいるとどうしようもなく辛くなるんだ。どんなに頑張っても手に入らないのだと実感させられているようで。
距離を上手くつかめない。
近すぎれば辛い。でも、遠すぎれば焦がれてしまう。
彼の目を見て話すことができない。
近くもなく遠くもなくなんて、そんな中途半端な距離は分からない。
いっそ離れてしまおうか。そうすれば忘れられるかもしれない。忘れてまた、目を見て話したり、笑ったり出来るようになるかもしれない。
「野宮?」
久遠に背を向けて黙ってしまった俺を怪訝に思ったのか、久遠は問い掛けるように俺を呼んだ。
それに応える事無く、俺は走りだす。今俺は、久遠と話なんて出来そうに無いから。
「野宮!」
後方で久遠の叫ぶ声が聞こえる。久遠も叫ぶことなんてあるのかと驚いた。
その日から、俺は学校を休むようになった。
久遠あたりが、手伝うなんて嘘じゃないかとぼやいてそうだなと一人で苦笑。
距離を置いてみることにしたのだ。登校出来るはず無い。
同室の奴はあまり他人に干渉しないタイプだから、気が向いたら来いとだけ言い残して部屋を出る。
それから10日が過ぎた。
同室の奴が、今日は絶対部屋から出るなと言ったから大人しく部屋にいる。
行くところなんてないし、何より普段あまり話し掛けてこない同室の奴が珍しく言ったことだ。何かあるのだろう。
別にやる事も無いし部屋にいるのは構わない。
放課後の時間、カチャリとドアが開いた音がしたから同室の奴が帰ってきたのかと思った俺は、個室からリビングへのドアを開けて覗いた。
あいつ、部活やってるのに今の時間帰ってくるなんて珍しいな。
ちなみに部屋の構成は、入ったらすぐに広いリビングがあり、その一角にこれまた広いキッチンがある。
部屋は左右に別れていて、それぞれの個室となっている。
個室もこれまた広く、奥にもう一つ扉があり、奥が寝室だ。
個室にはトイレや風呂があり、もはや個室だけでちょっとしたホテルのようなものだ。
ちなみに全体を通して完全防音で、周りはもちろん、上階からの音すらも聞こえない。
俺は覗いた瞬間、覗いた事を後悔した。
そこに立っていたのは同室の奴ではなく、一番会いたく無かった奴だったから。
「く、おん……。」
情けない声。
仕方ない。だって何故久遠がいるのか理解出来なかったから。
久遠は無言で部屋に上がり込み、俺の腕を掴んで最奥部にある寝室のベッドへ引っ張った。
ベッドに俺を投げその上に乗り、素早く俺の手首を自分のネクタイで縛る。
「何するんだよ!」
驚きのあまりについ叫ぶと、久遠は俺の頬を平手で叩いた。
「黙れ。主人の命令なく口を開くな。」
「は?何言って……」
「お前、俺に飼われたいんだろ?ご要望通り、飼ってやるよ」
「やめっ……んぅ、」
やめろ、という言葉は口付けによって阻まれた。
嬉しいはずなのに、やっと大好きな奴に触れられるのに、なんであるのは悲しみばかりなんだよ。
こんな悲しみばかりの状態で身体なんて合わせたくない。
必死に抵抗するも、身長も力も負けている俺がかなうはずもなく、どんどん剥かれていく。
「俺なしでは生きられない身体にしてやる。そうすれば俺から離れることは無くなるだろ?」
俺の思考は、その言葉で一瞬停止した。
……え?それってまるで……。
……いや、勘違いだ。
久遠がそんな、俺に好意を持っているだなんて有り得ない。
でもじゃあ、今の発言は一体……。
もうしかしたら、それだけ嫌われているということかもしれない。
普通の人間から言わせれば嫌がるようなことをわざとするくらい、嫌われているのかもしれない。
そう考えた。そう考えるのが普通だと思うから。
でも、久遠の次の言葉で期待へ変わった。
「お前は俺だけを見ていればいいんだ。」
それは、期待しても良いのだろうか?
単純すぎるとは思うけれど、今の言葉はまるで独占欲のあらわれかのようで。
都合の良いように取っていいのか?自惚れても、良いのか?
……今の状態じゃダメだ。何とかして止めて、話し合わなければ。
たとえ勘違いだったとしても、話し合わなければ。
「……っ、待って!」
無理やり口付けを解いて、叫んだ。
ピタリ、と動きが止まったのは何故だろう。また頬を叩かれると思ったのに。
「久遠、待ってくれ。言いたいことがある。」
今なら告白できる気がした。相手が俺をどう思ってるか知るには、それが一番な気がしたから。
「言い訳なら聞かない。」
「言い訳じゃない。頼む、聞いてくれ。」
俺は久しぶりに、彼の目を見て話した。
一旦落ち着いてから告白したいというのは、俺のわがままなのだろうか。
こんな訳のわからない状態で告白なんて、出来るものじゃないだろ?
まぁ、久遠が拒んだらそれまでだ。
久遠は少しして、俺の上から退いた。気持ちが通じたのかも知れない。
「久遠、よく聞けよ。一回しか言わないからな。」
「分かったから早く言え。」
「相変わらずだな。まぁいいや。……久遠、好きだ。」
「……え?」
間抜けな顔の久遠も初めて見た。思わず吹き出してしまう。
告白して、なんだかすごくすっきりした気分だった。
「久遠、変な顔だぞ。……なぁ、久遠、返事は?」
「へん、じ……?」
「そう。返事。」
クスクス笑いながら言ったけれど、内心かなりドキドキしていた。
断られたら俺死ぬかも……なんて洒落にならないことを考えながら待つこと1分ほど。
久遠は、ゆっくり口を開いた。
「好き、だ。」
思わず飛び上がりそうになった。それくらい嬉しかったんだ。
飛び上がらない代わりにまだ呆然としている久遠に突進すると、受けとめてくれた。
「久遠……翠、好きだ。大好きだ。」
猫みたいに、翠のたくましい胸に頬擦り。
すると、やっと我に返ったらしいが、クスクスと笑いながら頭を撫でてくれる。
「俺も好きだよ、隼人。信じられない。嘘みたいだ。」
「嘘じゃねぇよ。なぁ、いつから俺のこと好きだった?」
「中二の学園祭。お前、すごく楽しそうに喫茶店やってただろ?それ見て、楽しそうだなと思ったんだ。学園祭なんてつまらないとしか認識してなかったが、お前の笑顔を見ていたら楽しく思えてきた。多分、それからだと思う。」
やべぇ、俺中二とかこいつの事を知らねぇし。
ってあれ?じゃあ、犯してやるとか飼ってやるとかって……?
まるで俺の心を読んだかのように翠は続けた。
「同じクラスになれて、またあの笑顔が見られるのかと期待してたらお前はつまらなそうにしていた。だから頭に血が上ってな。悪かった。」
頭に血が上るとドSなるのか、こいつ。いや、別に良いんだけど。謝られても困るし。犯してやる、は理由わかったけど……
「飼ってやるって、どういう思いから来たわけ?」
「俺とは話してくれないくせに他の奴とは話すから、自分のモノにしたら他の奴は見ないんじゃないかと思って。」
ヤバイ。拗ねた顔が可愛く見える。飼ってやるってやっぱり独占欲の表れだったのか。
なんか嬉しい。
「そういえば隼人、どうして最近来なかったんだ?」
「それは、その……。」
「俺は避けられているのかと思ったんだが。」
避けられているのかと思ったからキレて押し掛けてきた訳か。
そういえば鍵、どうしたんだ?スペアを持ってるのは寮長のはずだけど。
そう聞くと、翠は苦笑して答えた。
「当麻が、『あいつのせいで不機嫌ならウザいから早く解決してこい』と言って鍵を押し付けてきたんだ。」
当麻とは同室の奴こと。
本名は水谷当麻だ。ああ、そういえば水谷は翠の幼なじみだったか。
元々ズバッと言う性格だから、幼なじみの翠にはもっとズバッと言うのだろう。
生徒会長が不機嫌でも、文句言える奴は幼なじみの水谷くらいしかいないだろうし。
それよりも。
「俺の事で不機嫌だったんだ?」
「当たり前だ。好きな奴に避けられたら不機嫌にもなる。」
すげぇ嬉しい。水谷ナイスフォロー!あいつは恋のキューピッドだ。
「俺のことは良い。どうして最近来なかったんだ?」
「あの、お、前が、好き、だからだよ……。」
しどろもどろ。だって改めて好きって言うの、恥ずかしいじゃねぇか。
チラリと翠を見ると、イマイチ理解していないようだ。
「だから、お前が好きだけど好かれてるなんて思ってなかったから告白できなくて、会うと辛いから逃げてたんだよ!」
なんか恥ずかしいぞ。別に告白してるわけじゃねぇのに、そんくらい恥ずかしい。
プッと吹き出した音が聞こえた。見ると翠は、口を押さえて肩を震わせている。
「そんなに笑うことねぇだろ!こっちは真剣だったんだよ!」
「分かってる。ただ、可愛いと思ってな。」
「か、可愛い?」
どこが?全く可愛い要素ないんだけど。
「なんかもう、全てが可愛く思えるよ。」
そう言って微笑まれたら、照れるじゃねぇか。なんとなく恥ずかしくて俯いていると、顎に手をかけられ上向かされる。
「せっかく両思いになれたんだ。やらないか?」
一気に顔が赤くなるのは仕方ないと思う。直接的すぎる表現は、聞いてて恥ずかしい。
拒む理由は無いし、嬉しいけれど。
その前に。
「い、良いけど、ネクタイ取れよ。」
腕はまだしばられたまま。
そう言うと、翠はニヤリと笑う。
あ、ドSに火が点いた。
俺はそう直感する。
「隼人って虐めたくなるよな。」
つまり、取ってはやらないということだ。
なんやかんや言っても、翠になら虐められてもいいかもと思う俺は変態かもしれない。
パタリ、と押し倒され口付けられる。深く甘い口付けが、始まりの合図だった。
#
学園祭当日。
俺は町娘、翠は花魁の衣装を来て接客。
なかなか楽しい学園祭になったのも、翠がいるから。
翠の花魁姿は恐ろしいほどによく似合っていた。天女が舞い降りた様で、何人もの人がトイレへ駆け込むのをニヤニヤしながら見つめていると、水谷に頭を叩かれる。
「気持ち悪い。」
「仕方ねぇだろ。あの翠が俺のものだと思うと、嬉しさと優越感に浸りたくもなるっての。」
「ニヤニヤしてないで接客。」
「はいはい。」
水谷は無愛想だ。こいつが笑ったところなんて見たことねぇ。
いつも話すときはこんな感じだし。
ちなみに水谷は新撰組のコスプレをしている。洋装ではなく、和装の。
浅葱の羽織が厭味なくらい似合ってやがる。
「当麻と何を話してるんだ?」
不意に、後方から声がした。
どうやら翠は接客が終わったらしい。
振り向くと、水谷を睨んでいる翠の姿。嫉妬されてるのか?
「翠、睨むな。お門違い。」
「そりゃ当麻が隼人に何かするとは思わないが、俺以外のやつと話してると腹が立つんだ。」
「独占欲強すぎ。」
「仕方ないだろ。こんな可愛い姿の隼人に不埒な思いを抱くやつも多い。心配なんだ。」
「惚気るな。まぁ、可愛いのは認める。」
「そうだろ?」
なんか恥ずかしい会話がなされてる。
俺、そんなに似合ってるのかな。何だか嬉しいような悲しいような。
俺一応男だし。やっぱり水谷みたいに新撰組の服似合うようになりたい。
「あ、今男らしくなりたいと思ったな?隼人はそのままでいてくれ。男らしい隼人も好きだが、今のままが一番だ。」
「ん。じゃあ、翠もそのままでいろよ?あ、そういえば言ってなかった。翠、綺麗だな。」
「そうか?お前もすごく似合ってるぞ。」
「……接客。……まぁ、いいか。」
イチャイチャしている二人に付き合ってられないとばかりに去ってしまった水谷を、泣きそうな目で見つめるクラスの皆。
この二人を止められるのは水谷しかいないのだ。
しかし水谷は我関せずを決め込み仕事を続ける。
クラスの皆は諦めて自分達の仕事を始めるのだった。
#
後夜祭。
ハロウィンパーティーを含めているということで、皆それぞれ仮装している。
で、なぜか俺はシンデレラ。
歩きにくいったらない。
ハロウィンパーティーという洋風のお祭りに十二単の仮装してる奴よりマシだけれど。しかも十二単が異様に似合っているのは教師だったりするわけで。
何はともあれ、皆好きに仮装している。
ちなみに翠はチャイナドレスだ。当然すごく似合っている。
今、翠は生徒会の方に言っているから暇だ。水谷が傍にいるから少しは楽しいけれど。
水谷は翠に「変な虫が付かないように見張ってろ」と言われたらしい。
過保護すぎだって。
水谷の彼氏も生徒会で忙しいらしく暇だったらしいから良かったものを、そうじゃなかったら水谷が可哀想じゃないか。
でもそんな過保護な翠はも好きなのだけれど。
『皆さん、楽しんでいますか?』
翠の声だ。マイクを使って皆に呼び掛けている。
その呼び掛けに応えている連中の「キャー」と黄色い声を出しているのは翠のファンクラブ連中。
耳障りだなぁなんて思ってしまうのは、ファンクラブの連中が嫌いだから。
初めて身体を重ねた次の日、俺の机に白い花が置かれていた。そしてロッカーにはネズミの死骸。
そんなことでいちいち騒ぐほど肝は小さくねぇっての。
教科書類を汚されていなかったので多めに見てやっていたら、階段から突き落とされた。
もちろん怪我なんてしない。そんくらいの運動神経はある。
さすがにキレた俺だが、俺以上にキレていた翠を止めるのに必死でやり返せなかった。
翠のやつ、今すぐ全員まとめて東京湾に沈めるとか言うんだ。止めるより他無いだろ。
翠がキレると面倒だから止めたほうが良いとファンクラブのリーダーに言いに行ったら、「久遠様に免じて許してやる」とかほざきやがった。
多分一生あいつらとは相容れない。
ファンクラブの解散が無かったのは、俺が楽しみを奪っちゃ可哀想だと言ったからなんだぞ。
『皆さん間もなく12時の鐘が鳴ります。それと同時に恒例のダンスパーティーへの移り変わりますので引き続きお楽しみください。』
そう言って壇を降りる翠は有り得ないほどカッコいい。
「当麻さん!」
水谷を呼ぶ声は、水谷の彼氏、周防久弥。生徒会書記だ。
周防が帰ってきたという事は、翠ももう少しで来るのかな。
「野宮さん、会長はもうすぐ来ますよ。」
ニコリと笑って言われてしまう。
あ、こいつ心読みやがったな。洒落ではなく本当に心が読めるのだから恐ろしい。
コントロールできるみたいだからわざと読んだのか?
「野宮さんの場合、読まなくても分かりますよ。顔に出てるから。」
「え?マジ?」
「ええ。ね、当麻さん!」
「そうだな。わかりやすい。」
「そうかぁ?」
「隼人!」
首を傾げていると、翠の声がした。どうやら終わったらしい。
また後で終わりの合図をしなければならないだろうが、それまでは一緒にいられる。
「あ、会長!じゃあ当麻さん、俺たちどっか行きましょ?」
「そうだな。」
邪魔すると悪いですしね。と周防が呟いて、二人は立ち去った。
気を使わせたか?
ゴーン、ゴーン。
翠がこちらに着くと同時に、12時の鐘が鳴った。
あ、俺シンデレラだから魔法解けるのか?なんて思ってみたり。
「隼人、目、つぶってくれ。」
翠がそう言ってきた。
何があるのだろうか。目をつぶっていると、手のひらに何か乗せられた。四角い、箱のようなもの。
「隼人、誕生日おめでとう。」
目を開けろ、と言われ手を見る。四角い箱。中を見てみろ、と言われ箱を開く。
「これ……!」
「本当は指輪にしたかったが、指輪だといつも付けれないだろ?だから、ピアスにした。」
赤色のピアス。それはおそらく、本物のルビーのピアスだろう。
小さいとはいえ高いに違いない。
わざわざ俺のために。それが嬉しくて、翠に抱きついた。
「ありがとう。でも、よく11月1日が誕生日だって覚えてたな。」
「お前のことなら何でもわかる。」
「翠、大好き!」
早速、もともと付いていたピアスを外してルビーのピアスを付ける。方耳しか開いていないけれど。
「どう?」
「ああ、よく似合ってるよ。」
抱き締められてそう言われれば、もう泣きたいくらい嬉しかった。
「大切にする。」
「ああ。じゃあ俺はお前を一生大切にする。」
「なっ!……バカ。」
そんな事を言われたら照れてしまうではないか。
俺も一生お前を大切にするよ、そう告げると、翠は嬉しそうに口付けてきた。
――いつまでもずっと、一緒にいられますように。
優等生×不良のつもりが、不良が不良らしくない結末にΣ( ̄□ ̄;)
とりあえず学園祭とハロウィンを絡ませましたが、上手く行っていたでしょうか?
読んでいただいた方、ありがとうございます。
皆様楽しんでいただけたなら幸いです。
皆様に幸せが訪れますように。
卯月 九十九