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R SQUARE  作者: あんこ
3/3

3.特異点

 次の日に事件は起きる。


 この日は朝から変な気分だった。

 どこか気分が悪い。三半規管が狂って酔ってしまっているみたいだ。

 熱はないので学校に行くことにしたが、場合によっては早退してもいいかもしれない。

 そんな風に思えるぐらいには調子が良くなかった。


 とはいっても、俺以外は何も変わらない日。

 当たり前の授業、最近は自習の時間も増えた。そんな中で俺は相も変わらず明日の事を考えている。明日を考えることで、明日があることを確定させている。

 明石先生の呼び出しは無かった。

 そして下校になった時、ふと頭に彼の顔が浮かぶ。

 もしかしたら、同じ道で帰ればまた会う事になるんじゃないのか。

 それが嫌だった俺は、普段とは違うルートで帰ることにした。

 それは遠回りになるが、気分が悪い中長く歩くか、ワンチャン奴に出くわすだったら選択は一つだった。


 あまり通らない道というのはどこか楽しい。

 発見ともいえない小さな情報が、物珍しさとなり好奇心を掻き立てる。

 知らない店に入り、商品を眺め、出る。これを繰り返すことで人は驚くほど時間を潰せる。

 或いは本屋で、或いは服屋で、或いはゲームセンターで。

 当然何かを買うことはしない。そんな余裕は俺にはない。しかし立ち読みや試着、景品を取っている様子を見るだけでも結構楽しめるものだ。現実逃避に丁度いいかもしれないな。


 そんなことに夢中になっていると、いつの間にか居酒屋が灯りを灯し始めている。

 学校が終わったのが4時ぐらいだから2時間程度散策し続けていたのか。

 いつの間にか具合の悪さも無くなっていた。

 しかし結構遠くまで来てしまったな。このまま帰るとすれば1時間ぐらいかかるぞ...。


「にしても今日は寒いですねー」

「ですねー」

 聞き覚えのある声、妙に馴染む声色。そして何より1度見たら忘れられないその顔。

 奴だ。

 隣には知らない女性を連れている。

 もしかして彼女が今日の標的という感じなのだろうか。

 俺は咄嗟に路地裏へ身を隠す。幸い奴はまだ俺の存在に気づいていなかった。

「お姉さん面白いねー。昨日は振られちゃってさ〜」

「マジー?」

 そんなくだらない会話が聞こえ、そのまま通り過ぎていく。

 都合よく路地裏があって助かった。もう少し遠くにあったらと思うと身震いが止まらないからな。


 ビチャビチャ


 背後から排水音の様な、多くの水が捨てられている音がする。

 路地裏の奥の方を振り向くとそこには1人の男性が立っていた。

 暗くてよく見えないが、少なくとも奴ではないだろう。シルエットだけでも明らかに大人という感じがする。

 しかしどうしただろう、そんなに壁にもたれかかって...

 興味本位で近づいてみると、そこには、

「オロロロロ!!」

 ビチャビチャ...。

 片手をおでこと壁の間に挟み、もう片方はお腹を摩っている。

 そして口からは絶え間なく嘔吐が流れ、中身は無く、透明な水たまりが彼の足元までに達する程の大きさまで至っていた。

 俺も嘔吐の経験はあるが、とてもこれだけの量を出せる自信はない。その姿は脱水症状になってしまわないか不安になるぐらいだ。

「おろろろろろ...ろろ....ろ....っ....。」

 このまま内臓まで引きずり出されてしまいそうな勢いだ。

 俺はただ、彼が全てを吐き捨て終わるまでを眺めていた。

 助けたいと思えなかったし。それでも念のため路地裏に居座っていたかったから。

 にしても、お酒ってこんなになるまで飲む程おいしいのかな。アルコール消毒の匂いとか、とても人の口に入れていいようなにおいはしてなかったけど。

「ねぇ君、目の前に辛そうな人がいたら手を伸ばすのが人情なんじゃない?」

「うわぁ喋った!!!」

 変な事を考えている隙に、吐き終えた中年の男が俺の前に立っていた。

 男は黒のロングコートに黒のジャケット、黒のズボンを着ている。白のワイシャツには黒いネクタイが絞められており、なんの用事があったのかは一目瞭然だった。

「喋ったって....。君、ずっと俺のこと見てるから水でも持ってきてくれるのかなぁって思ってたら、ただ突っ立ってるだけだからおじさん困惑したよ。」

「俺は路地裏にとんでもない量の嘔吐してる人いたから、気になって....なんか、すみません。」

 とりあえず相手の気を悪くしてしまったようなのでとりあえず頭を下げる。

「待って。おじさん今、未成年の子供に吐いてるところ見せつけて、それに対して説教垂れて頭下げさせるって人間失格過ぎない?」

 自問自答の末に、自身が今何をしているのかを悟ったらしい。

 確かに言葉にしてみると、ワンチャン警察ルートにも入りかねない状況かもしれないな。

「....悪いことしたね。お詫びと言ってはなんだけど、この写真の女の子知らない?」

 胸ポケットから一枚の写真を出した男は、俺に対してそれを顔の近くまで持ってきた。

 そこに写る女性はまるで女優の様な見た目をしていて、それでいて子供っぽさも兼ね備えている黒髪の大和撫子。年齢的にみると、娘にしては年齢差が怪しいし、愛人というにはあまりに...その...吊り合ってないような気がする。

 ...というかお詫びって言って写真の人物を尋ねるってどういうこと?お詫びってなんだっけ?

 まぁ俺も多少失礼しまった実感があるし...。

「ここら辺じゃ見た事ないですね。少なくとも俺の学校にはいないです。」

 同級生には確実にいないし、後輩だとしてもこんな見た目の生徒がいれば、瞬く間に話題になっているだろう。

「君の学校は?」

四橋中(よつはしちゅう)ですね。」

「あーなるほど....ん?結構遠くない?ここら辺は別の学区でしょ。」

「まぁ色々ありまして。」

「ふーん。まぁいいや、この子はうちで働いてる子でさ、気付いたらいなくなってて...いつものことなんだけど携帯も繋がらなくて困ってるんだよ。これから大きな仕事があるのに。」

 男は非常に困った顔をしている。それほどまでに写真の人が重要なんだろう。

「おじさんはどこかの事務所のプロデューサーさんだったりします?」

「違うね。もっと激しいやつ。」

 激しいやつ!?

 それに、これから大きな仕事....。こんな夜の時間に....。

 俺の脳裏には良くない想像が駆け巡る。

 写真の人ってもしかしてそういうお仕事の人なんだろうか。

 それでこの酔っ払いから逃げて、携帯も着信拒否して....。

「もしこの子を見かけたら、おじさんに連絡してよ。これ連絡先ね。」

 そう言って電話番号を書いた紙片を破って俺に渡す。

 そしてその紙片の下には別の紙きれの感触があった。

「お詫びとしてそのお金でなんか買ってよ。」

 確認すると紙片の下には、堂々と描かれた渋沢栄一の姿が...。

「うわ””っ!!!」

 思わずその紙幣から手が離れる。

 男の顔は笑顔で、不気味にこちらを見ている。

 これあれだ。よく分からないけど前金ってやつだ。

 受け取ってはいけない汚いお金だ。

「ご、ごめんなさい!受け取れないですーーー!!!!」

 明らかに関わってはいけない人間を前に、俺は昨日と同じくすぐさまターンを決め、路地裏から抜け、右や左へと走る。

 なんで二日連続でこんな目に逢わなければいけないんだろう。

 そんな事を考えながら無我夢中で走る。



 頭が冷静になったのは、それから数キロ離れた場所に着いた時だった。

 俺ってこんなに走れたっけ?昨日の今日で少しばかり脚力が上がったんだろうか。

 しかし...どうしてこんなことになってしまったんだ。俺はただ奴から離れたかっただけなのに、裏社会の酔っ払いに絡まれて....。

 スマホで位置を確認すると家から距離は少し近くなったが、それでもまだ徒歩では遠い場所にある。

 仕方ないとため息をつき、それから少し歩いたところでズキズキとした頭痛が再び襲ってくる。

 これもまた我慢できない程ではないが、少し辛い。

 さっきまでは収まっていたのに...やっぱり慣れないことはするもんじゃないな。

 頭にもうひとつの心臓が出来たみたいに鼓動に合わせてドクドクしている感覚だ。

 ...。

「なるほど、一次性運動時頭痛ってやつなのかこれ...。」

 俺は少し不安になり、スマホで今の状況を検索してみるとこれがヒットした。

 症状も期間も大体あってるし、まず間違いないだろう。

 今できる対策は「水分補給」か。いかにも運動後って感じだな。

 とは言っても、コンビニや自動販売機は論外で、スーパーでもあまり飲み物は買いたくないな。

 食費は仕方ないことにしても、削れるところは削りたいと考えている。第一俺には親がいない以上収益は0だ。現在は父の遺産と年金のみで生計を立てている。児童扶養手当は差額で0にされたし、アルバイトは学校の方針で禁止であり、明石先生も俺のアルバイトに目を瞑ってはくれなかった。

 今そんな無理をしなくても、勉学に努めれば生涯年収は後者の方がいいとか。遺産でそれまでは賄えるとか、色々高説垂れていた。

 俺自身はそんな気にはなれなかった。

 確かに言いたいことは理解できるし、納得できる。正直両親の口座の額面を見た時は驚きを隠せなかった。

 しかし手元の金銭の全て把握の上でただ減っていく様子を見るだけというのは、非常にストレスが溜まる。

 少しでも足しが欲しくなってしまうのは人間の性だろう。


「ここら辺に公園ってあったっけな...。」

 探してみると、近くに大きい広場があった。近見塚古墳。ここには水道があるだろうか。

 そう信じて向かってみると、中央に大きな丘が二つ。周囲には歩道の敷かれていた。

 俺は頭痛が徐々に大きくなっているのに勘付くと、向こうに見えるトイレの方へ足取りを速くした。

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