2.ナンパ
正直、自分には価値なんてないと思っている。
しかし世界には多くの人がいる。
母の影響で、様々な国に住んでいる多くの文化に触れた。
その中には生きることにすら多くの負担を強いられる人間がいる。明日が見えない人間がいる。
俺はそうじゃない。
俺には生きることにそう多くの負担はかからないし、明日なんて勝手に向かってくるものだと思っている。
なんと幸せなことか。なんと迷惑なことか。
この事実に、俺は俺自身が嫌いになる。
俺は恵まれているから、恵まれていない人に比べて悲観してはいけない。
傲慢な現実だ。
自分より不幸な人がいる現状で、どうしてそんなことができるか。
そんなことをしている自分が、どうしても許せない。
「君、今すっごく不幸な顔してたね。どうしたの?」
道中で急に知らない人から話かけられる。
そんな経験はそう多くない。
ただ言えることは、初対面で人の顔に対し不幸そう。なんて判定を下す人間なんか話すに値しない。
俺はそのまま帰路を進んでいく。
「え、待って待って。そんな避けないでよ。ただ気になったことがあるだけなんで~。」
しかしどうも粘着気質の様で、引き離そうにもできない。
俺は暫く進んだ後、気が折れて振り返る。
「あの、本当に迷惑なのでやめてください。」
「あ、漸く僕の目を見たね。」
その男の顔は驚く程整っていて、美少年という称号を冠するにふさわしいという印象を受けた。彼の瞳は引き込まれるような儚い緑色をしていて...というか、まつ毛が白い?
帽子をしているようでよく分からないが、もしかしてアルビノというやつだろうか。
「そんなに見つめてどうしたんだい?」
「いや、アルビノの人を初めて見たので少し驚いて...。」
「博識だねー。まぁ僕の話は置いておいて、君、酷く落ち込んでるみたいだね。お兄さんが話聞こうか?」
えらく距離を詰めて来る。それは完全にパーソナルスペースオーバーで、嫌悪感や不快感などといった感情が俺の中を支配するなか、少しの、しかし避けては通れない不安が俺を支配する。
「あのー、一応聞きますけど同性ですよね俺達。」
「そうだね。」
だよな。これ逆ナンってやつじゃないんだよな。
いや、相手がゲイの可能性も...
「ちなみにバイセクシャルだよ。」
俺は駆け出した。
それはもう早く。全力で。
長く走っていなかったが、火事場の馬鹿力というものだろうか。
息が切れても、限界を感じても、俺は足を止めなかった。
それからどれぐらいだろう。流石にここまではついて来ないだろう。と思った交差点で立ち止まった時...
俺は後ろから声を掛けられた。
「やぁ。」
「ひえ...。」
喉からこんな音が出るとは思えない。そんな初めての声を聴いた。
「なんで逃げるのさ。」
「いや、なんか怖くて。というか俺無理ですよ。LGBT+に理解はありますが、自分がそういう目線で見られるのは....」
「....。あーそういう風に見られてたのか。」
ここで気が付いたらしい。
いや、気が付いたふりだろうか。
「いやいや初対面の人を急に口説くってどんな神経してるの?そんなことする普通?」
いや、それにしては距離感バグってただろ!と言いたい気持ちはグッと抑える。
「ナンパっていう手法がありまして...。」
「それは知ってるけど...まぁ勘違いさせたみたいだね。ただね君の話を聞きたいだけなんだ。力になれないかなーと思ってさ。」
「いや、本当にそういうのいいんで...。」
「なら尚更だよ。誰にも話せない辛いこと。悲しいことってのは知り合いにはより一層話せなくなる。それでもどこかでぶちまけたいって感情あるでしょ?だからこの見ず知らずのお兄さんに聞かせてみってことよ。」
まぁその理論は理解できる。
しかしどう考えても見ず知らずの人間に話すようなことではないし、俺自身話したくない。
というかこの人、俺がこれだけ息を切らせているのに汗一つかいてないな。
「話せることは何もないです。もうついて来ないでください。」
「そっかー残念だなー。...じゃあさ、こういうのはどう?」
この人も懲りないな。どうしたら振り払えるんだろう。
「もし君の不満を教えてくれたら、お兄さんが絶対にその問題を解決させてあげる。」
何言ってんだこの人。
もしかして、俺が友達との関係が悪いとか、勉学の成績に悩まされているとか、そういった類のものでこうなっていると思っているのか?
だとしたらとてつもなく腹立たしい。
一体俺がどんな気持ちで....
「両親が死にました。身寄りもなくて路頭に迷っています。これで十分ですか?」
「嘘だね。本質はそこじゃない。」
即答だった。相手を困らせる一身で放った言葉に、彼は即答でそう言い放った。
心臓を抉られ、腹の奥が極度の緊張に襲われた気分だった。
彼の儚いと思った目線が、針の様に鋭い視線の様に感じ取れる。
見透かされている。そう実感させる何かがある。
「な、なんで嘘だなんて...。」
「いや、正確には事実なんだろうね。でも君は今、別の事に悩んでいる。関係なくはないんだろうけど...ごめんそれより先は分かんないや。面白いね君。」
俺は怖くなって、先ほどよりも強い力で立ち去った。
今度は彼は追いかけて来ず、その場に立ち尽くして俺に手を振っていた。まるでもう十分とでもいうかのように。俺にはそれがとてつもなく恐ろしかった。
もう一度振り返りはしなかった。そこにいても、いなくても、心情は何も変わらないと思ったから。
不思議な気分だった。家に帰った今も、どこか現実味がない。足元がどこか不安定で、それでいて呼吸はとても整っている。
自分でも訳が分からない。そんな気持ちがあることを、彼は一発で見抜いた。
最初はそれが恐ろしいと思った。しかし今一度、家に帰った今だからだろうか。少し冷静になった頭にはもう一つの可能性が浮かんでいた。
彼に相談すれば、自分の心にあるものの正体が分かるんじゃないか。
怖いな。あれ如きでそんなことを考えてしまうなんて。
結論は変わらない。俺は彼を信用に足る人物だなんて思えない。
その日は、不思議と魘されることなく寝ることが出来た。




