第41話 美月の回想②
『きゃああ、冷たいっ! 止めてよっ!』
『ははっ、いい気味よねっ! ほら、泣け、叫べ、牛チチ陰キャ! あははははっ!』
『ひどいっ……、私が何をしたっていうの……』
『拓也君をその胸で誘惑したからでしょっ! これから毎日水浸しにしてあげようか?』
女子による凄惨ないじめが続くかと思われたが、
『先生、なんか女子トイレから叫び声がしてまーすっ!』
誰か男子が女子トイレの騒ぎに気づいてわざとらしく声をあげた。
『やばいよ、逃げよう!』
そうして女子たちがトイレから慌てて出て行った。
その足音を聞いて、おそるおそる個室からでる美月。
誰もいないのを確認してトイレの外に出た。
『君、大丈夫? びしょ濡れじゃないか。風邪引くよ、僕のでよかったらタオル使って』
声をかけてきたのは、黒髪の爽やかな男子だった。
『え、あ、あの……』
受け取ろうと手を伸ばしかける美月だが、どうしようか迷って手をひっこめる。
しかしその男子は強引にタオルを手渡してきた。
『大丈夫だから。部活で使うやつだけど、ちゃんと洗濯してて臭くないと思うから』
さすがに手渡しされたのに突き返すわけにもいかず、美月はそのまま受け取るしかなかった。
『あ、うん、ありが、とう……』
『…………』
『…………』
無言で濡れた頭や制服を拭く美月。
『あの……』
『うん、何?』
『さっき先生を大声で呼んだのは、あなた?』
『そうだよ。だってトイレで個室を叩きまくる音とかさ、あげく水が流れる音がするんだよ。どう考えたって異常事態じゃん。あんまりにもありえないからさ』
『…………』
『ん? どうしたの?』
『たす……』
『たす?』
『たすけて、くれて、ありがとう……』
『どういたしまして』
美月には、その男子が王子様のように輝いて見えていた。
『おーい悠真ぁ~、部活行くぞ~』
廊下の遠くからその男子を呼ぶ声がする。
『ちょっと待って、すぐ行くから』
そして男子はその場を去ろうとする。
が、すぐに美月を振り返った。
『あ、そのタオル洗って返してくれればいいから。そのうちでいいよ。じゃあ、部活があるから』
男子は、美月の返事を聞かずに走っていってしまった。
『ゆうまくん、って言うんだ……』
それは、中三の秋の出来事であった。
ちなみに、そのタオルは美月が家で洗ったものの、美月が返す機会をずっと逃していたため、今もなお美月の部屋の隣の悠真ルームに飾られたままである。
◇◇◇
「ということがあったの」
「……うん」
僕に冷や汗が流れる。
やばい、あんまり覚えていない。
言われてみればそんなこともあったかな、レベルだ。
さすがにそれを素直に美月に言えるわけはない。
「悠真くん、覚えてないの?」
「いや、その、まあなんというか……」
「私ね、特技があるんだ」
「え?」
なんか急に話が飛んだぞ。
「グラビアの現場とか、CMの現場とかでいろんな人に会うんだけど、なんとなく嘘ついてるのわかっちゃうんだ」
話は飛んでなんかいなかった。
死刑宣告だったらしい。
だって、美月にとってはさっきの話は大事なエピソードのはずなわけで。
確か女の子にとって、誕生日とか、初めてデートした日とか、結婚記念日とか、そういう記念日はとても大事で、忘れちゃいけない、って陽菜が言ってた。
僕はそれをろくに覚えていなかったなんて、幻滅されるんじゃあ……。
こうなったらっ!
「ごめん、美月!」
ベッドの上で土下座した。
おそるおそる顔をあげて美月を見ると……。
「なにそれ、悠真くん。別に私は怒っていないよ」
笑っていた。
「別にいいの。悠真くんにとって、困っている女の子を助けるのは当たり前のことで、いちいち覚えていないのかもしれない。クラスも別だったし、それ以来ほとんど関わりがなかったんだから」
「…………」
「でもね、そんなことはどうでもいいの。だって、大事なのは今。悠真くんに私のいろいろあげたから、もう私のこと一生忘れないよね」
「はい」
まあ、そりゃあね。
でもさ、僕がしたことに対して、美月からの恩返しが大きすぎないかな?
落ち着かないんだけど。
「さあ、悠真くん。もっと思い出を作りましょう……。胸だけじゃ物足りないでしょ」
続きが始まった。
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