第37話 階段から
水族館デートから数日後の学校。
二時間目の古文の授業が終わってキーンコーンカンコーンとチャイムが鳴った。
「次は体育の授業だぞ。着替えたらグラウンドに集合だ」
古文の先生が次の授業の指示をする。
二階の男子更衣室で体操服に着替えた僕は、先に一階の階段を降りきったところで、悲鳴がした。
「きゃあああっ!」
振り返ると、ゴロゴロゴロッと音がし、階段の上からミディアムショートの黒い髪、たわわな胸の体操服の女の子が落ちてきた。
美月じゃないか!
「おい、美月!」
横向けに転がりながら落ちてくる美月を、階段の下で受け止めた。
「大丈夫か美月!」
目立った外傷らしい外傷は見つけられないが、素人の僕に実際のところはわからない。
頭を強打していたとしたら……。
「う、う、う……悠真くん……保健、室へ」
意識はあるみたいだが、反応は鈍い。
まずい!
「しっかりして、今連れて行くから!」
そして美月をお姫様だっこしながら校舎の一番端にある保健室へ連れて行く。
なんで一番遠いところに保健室があるんだよこの校舎はよぉ、と心の中で悪態をつきながら。
◇◇◇
「先生、美月は大丈夫なんですか!」
「打撲や骨折はなし、軽い擦過傷はあり、意識はっきり、脳震盪のおそれはなさそうね。救急車はいらなさそう。しばらく横になっていれば大丈夫よ」
保健室の先生が美月の様子を診たが、どうやら大事にはなってないようだ。
とにかく一安心。
そこへドタバタと足音がして、生徒が保健室に入ってきた。
「先生、体育の授業で足をくじいた人がいて……」
言い終わらないうちにもう一人生徒が入ってくる。
「先生! 熱中症で倒れました。木陰に移しています!」
さらに生徒が入ってきた。
「テニスの授業で右手の小指が変な方向に曲がって……」
「あーわかったわかった! みんなまとめて診てあげる。なんで今日はこんなにけが人が多いのよ……。御影君、悪いけど綾瀬さんの様子を見ていてくれる? 大丈夫なはずだけど、もし何か急変したらすぐに私を呼びなさいね。ちょっとグラウンドに行ってくる」
「はい、先生」
そして生徒に救急箱を持たせて先生が早足でグラウンドに向かった。
「先生、行っちゃったね」
「そうだね」
「…………」
「…………」
保健室では、僕と美月の二人っきり。
何も起きないはずが……ではなく、僕はベッドで横になっている美月をじっと見ていた。
「美月、大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。心配性だね悠真くん」
「そりゃ心配するだろ、階段から落ちたんだから」
「ふふっ、心配してくれてうれしいな」
「美月……そういう問題じゃないだろ」
「私にとっては、そういうことなの。心配してくれる人がいるのって嬉しいな、って。それにね、本当に大丈夫なの。柔道で受け身を習ってるから、でもさすがに階段から突き落とされることなんて想定外だけど、意外となんとかなるのね」
「柔道を習ってるんだ」
「そう、810プロではみんな藤堂流っていう柔道を習うの。護身用だから合気道の要素も多いって言われるけど。力が無くても成人男性に勝てるようにって」
「そうなんだ。それでうまく受け身を取れたから無事だったんだ」
「そういうこと。頭は打ってないし、先生も言ってたけど、かすり傷で済んだの。でも、こうして悠真くんの顔を見れるのはラッキーだったかも」
あれ、そしたら階段下で美月を受け止めたときに美月がボーッとしてたのは……いけない、考えてはいけないと本能が叫んでいる。
話題を変えなきゃ。
「誰が美月を突き落としたのか、見てる?」
「いや、見てないよ。いきなり背中に衝撃を受けてびっくりしてたから」
「そりゃそうだよな……。でも危険だよね、階段から落ちたら下手すりゃ死ぬでしょ。警察に届けたほうがいいんじゃない?」
「いや、そこまでは。私は無事だったんだし。学園で犯人は捜してほしいけど」
「うーん…………」
それは結果として被害がなかったという話だけど、だからといって無罪ってことにはならないよね。
というか犯人は度胸あるな。
相手はフォロワー1000万人のアイドルだぞ。
もし怪我でしばらく活動休止とかならそれだけで特定されそうだ。
んで逮捕上等、って言いながら自宅に突撃するまである。
これは、何らかの形でケリをつけなければならないのでは。
「美月、やっぱり警察に行ったほうがいいと思うんだ」
「…………」
「美月?」
そこには、スヤァ……と寝ている美月がいた。
これはきっと精神的なショックがあったんだろうな。
いくら護身術があって平気だったとしても、人から突き落とされるくらい恨まれてるとか、逆恨みだったとしても、負の感情をぶつけられるのはイヤだろう。
僕は寝ている美月の顔を凝視する。アイドルのときとは違う(らしい)薄い化粧をしているが、目の下にうっすらとクマがある。
もともと疲れていたんだろうか。
大きい胸が規則的に上下している。
美月の寝息を聞きながら、保健室の先生が帰ってくるのを待った。
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