第35話 誰か助けて!
「なんであんたがここにいるのよ!」
「こんにちは、陽菜さん。私ときどき休みの日にお魚を見に来るの。で、たまたまクラスメートを見かけたから声をかけようかな、と思って。ほらね、別におかしなことはないでしょ?」
「普通はデートしてるの見かけたら遠慮して声なんかかけないでしょ!」
「別に二人の邪魔をするつもりはなかったの」
「いるだけで邪魔なんだけど、三流アイドル。こんなところで油売ってるなんて、とうとう仕事でも干されたのかしら」
「810プロはね、陽菜さん、ホワイトなのよ。ちゃんと休みとっていい、って言ってくれるの。ネットの言うことを真に受けちゃだめなんだよ」
「なにその上から目線! 清純派アイドルとか言って、どうせ枕営業して仕事獲ってるんでしょ?」
「陽菜、それは言い過ぎだよ」
さすがにそれは黙っていてはいけないと思う。
美月の初めては僕が……じゃなくて、仕事に対する誹謗中傷はよくないと思う。
「何よ悠真、コイツの肩を持つの!?」
「あのね、陽菜さん、いったいいつの時代の話をしてるの? 昔の514プロダクションのときはそんなことがあったとか聞いたことはあるけど、一度解体して、百合さんが新しく社長になってからはそんなことは起きていないわ」
「そんなこと誰が信じるのよ!」
「810プロにはちゃんとコンプライアンス部門があるの。SNSでの炎上とかにも厳しいけど、内部でのセクハラとかもきっちり処分しているわ。事務所の広報部門に電話すれば答えてくれます」
ぐうの音も出ない反論で陽菜の言うことを潰していく美月。
しかも笑顔は崩さないままで。
「あなた、学園の理事長の娘なんでしょ。お父さんに聞いてみれば? それなりの組織だとコンプラはちゃんとしてるはずよ」
「だから、その上から目線を止めなさいよ。悠真に色目を使ったら許さないからね」
「恋愛は自由だと思いますよ。人に迷惑をかけなければ」
「今まさにあたしは迷惑を被っているわよ」
「それにね陽菜さん、あなたの方こそ自由恋愛を謳歌していると思うわよ。私が知らないとでも?」
「なによ、それはいったいどういう意味? あんたにあたしの何が分かるって言うのよ!」
きつい目で睨んでいる陽菜と、変わらない笑顔で受け流す美月。
そろそろ周囲の目がきつくなってきた。
「ちょっと痴話げんか?」
「ママー、なんか女の子同士で喧嘩してるよ~」
「しっ、見ちゃいけません! あっちへ行きましょう、悠久の時を生きる亀さんを見に行こうね」
「二人とも美人じゃねーか。羨ましすぎる、間にいる男、俺と代われ!」
今この瞬間だけなら代わってあげてもいいよ。
針の筵だから。
どーすんのこれ?
「ふん、アイドルのくせに誰にも気づかれないなんて、情けないわね」
あ、余計なことを……。
「これはね、目立たないメイクをしているのよ。陽菜さんもアイドルになればイヤというほど分かるわ」
「嫌みな女ね!」
だけどもう遅い。
案の定、誰かが気がついたみたいだ。
「あれ、愛崎詩織じゃね? フォロワー1000万人の」
「マジ? そういえばそうかも……」
「デュフフ……詩織たんだぁ……サインをもらって、手を握ってもらって一生洗わないんだ……!」
チェックのネルシャツを着てカバンにビームサーベルが刺さった男が美月に近づこうとする。
他にも美月に向かってスマホを構え始めた野次馬。美月は野次馬に向き直って口を開いた。
「いま私のプライベートなので、写真や動画などの撮影はNGでお願いいたします。SNS等に掲載された場合、事務所の顧問弁護士が開示請求を行い、差し止めをさせていただきます。場合によっては訴訟となり、裁判は公開されますのでご注意ください」
流暢に警告の言葉を発する美月。
内容は空恐ろしいのに美月は笑顔のままだ。
いかに美月がこういうことに慣れているのか、察せられるというものだ。
早々に察した者たちは美月にスマホを向けるのを止めた。
しかしここには猛者が一人。
「デュ、デュ、デュフフ……。アイドルの推し活のためなら訴訟など怖くないでござる! これで拙者の人生が終わってもいい、だからありったけの抱擁を詩織たんに!」
その猛者は美月に抱きつこうとした。
だが、美月はあっさりとそいつを躱し、左手を掴む。
「おお、詩織たんが僕ちんの左手を……うおおおっ!」
美月が左手をひねると、驚くほどあっさりと男が半回転しながら地面に倒された。
これは柔道、というより合気道っぽいかな。
どちらも詳しくないけど。
そして美月は左足で倒れた男を踏みつけた。
「ご褒美です!」
その男はうれしそうにしているが、あれは起き上がれないようにしているだけだな。
やがて水族館のスタッフぽい人がやってきた。
「そこのお前、迷惑防止条例違反だ! 今回の様子は水族館の監視カメラで記録されている。署まで来てもらおう!」
やってきたのは私服巡回の警察官だったのか。
「拙者の人生にいっぺんの悔いなし!」
とかガッツポしながら男は引きずられていった。
「ママー、ポスターをカバンに刺した男の人がドナドナされているよ~」
「こらっ、指さしちゃダメです! YESアイドル、NOタッチを守れない、ドルオタの風上にも置けない四天王未満の恥さらしの屑なんだから……」
◇◇◇
「あ、ごめんね悠真くん。こんなことたまにあるの。陽菜さん、ごめんなさいね、確かにあなたの言うとおり邪魔になったね。じゃあ私は行くわ」
こうして美月は去って行く。
こうなったらもう水族館にはいられないだろうし、もう帰るのだろうな。
なんとなく微妙な雰囲気になりながら、僕と陽菜は水族館を一通り巡って、デートはおしまいになった。
「悠真、ちょっと変なこともあったけど、久しぶりにデートしたわね」
「うん」
「それでね、今日はお預け。まあ男の人にはいろいろあるみたいだし、ちょっと時間をあけたほうがいいと思うの。そしたらまたできると思うし」
「うん、僕のこと考えてくれてるんだね、ありがとう」
「じゃあ、またね」
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