第27話 親友の妹
「御影先輩、やっぱ速いですね~」
「ん、まあね。走るの好きだから」
二年生にあがれば、後輩ができる。
当たり前だが、進級しても引き続き陸上の部活を続けている悠真にも、部活での後輩がいる。
部活でよく話す後輩は、耳横あたりのツインテール黒髪の女の子、三浦朱里だ。
朱里は走る前の柔軟の相手に、いつも悠真を指定してくる。
正直なところ、かなり体が柔らかくて、開脚して自力で顔を地面につけられるくらいなのに、いつもいつも『御影先輩、背中を押してください!』と言ってくる。
そんなわがままを許してしまうのは、妹のような気がするからだ。
もっとも悠真は一人っ子なので、妹がどういうものかわからないのだが。
朱里は、名字が健人と同じで、健人の妹だ。
悠真は健人に、
『妹ってどんな感じなの?』
と聞いたことがあるが、
『よくわからんな、同じ家族でいっしょにいるのが当たり前だし。朱里が懐いているのはお前くらいなもんだが』
という答えが返ってきた。
悠真としても慕われるのは悪い気がしない。
だが、親友の妹だ。
そこは線引きをしておかないと、と思っている。
付き合っているわけでもない女の子の体にベタベタ触れるのは良くないだろうと思って、一度柔軟を手伝うのを拒否したら、朱里は『御影先輩、私のこと嫌いになったんですか?』と半泣きになった。
周りから冷たい目で見られた悠真は、それに耐えられず、以来なし崩し的に部活でのお世話係になっている。
健人からは『すまん、悠真』と言われたが、早々にもう仕方ないね、という諦めの境地に至っていた。
そして、今日も悠真は朱里と並んで走っていた。
悠真は短距離、長距離どちらもできるが、朱里は長距離がメインなので、ペースメイクや、フォームのチェックなんかのためにときどき並んで走っている。
「御影先輩、体力がバケモノですね~。わたしといっしょにずっと走ってるのに全然バテてない」
「慣れだよ」
「先輩、ごまかしてません?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「じゃあ、とりあえずガーッてやってみて細かい調整しながら確信持てたところでズバッとやる、ってことでどう」
「先輩、ぜんっぜんわかりません!」
実際、自分の感覚に頼っている悠真からすれば、こうとしか表現できない。
そもそも悠真としては『自分のことだから自分にしかわからないんじゃないの、他人に聞くこと自体が的外れだ』と思っている。
だが、健人から『それは他の奴に向かって言うんじゃないぞ』と強く言われたことがあるので、心の中で思うだけにしている。
走り終わったあと、立ちながら休憩する二人。
ふとグランドの隅を見ると、美月の姿が見えた。
一年の時は、練習風景を見るために陽菜が時々来てくれていたが、慣れてしまったのか二年になってからそれはなくなった。
代わりに、たまに美月が練習を見に来るようになった。
美月の姿があると、それだけで部員たちのテンションが跳ね上がる。
美月が来るようになって男子部員のタイムは目に見えて上がり始めた。
現金なやつらだ、と悠真は思うが、タイムが良くなるなら何でもいいか、とも思っている。
部員たちは、
『美月ちゃん、誰が目当てなんだろう』
『俺に決まってる、颯爽と走る姿を見に来てくれてるんだ』
『でもまだ誰とも付き合っていないって話だよな』
『ここに見学に来るんだから、僕にもワンチャンあるんだよね』
『部員全員がライバルだなっ!』
などと毎回盛り上がっている。
美月が聞けば笑顔のまま内心で呆れかえっているだけだとも知らずに。
「さすがアイドル、いるだけでバフがかかるのはすげーよな……」
「ん? どうしたんですか、先輩?」
「いや、何でもないよ」
悠真はグランドの隅から視線を外す。
「先輩……」
「なに?」
「あの人と付き合うの、やめたほうがいいですよ。そしてわたしと……」
「え?」
「いや、何でもありません。先輩、あと一回付き合って下さい」
「わかった。それでちょうど部活の終わりの時間になるね」
◇◇◇
部活が終わって、悠真と別れた朱里。
「御影先輩、陽菜さんのこと知らないのかしら……」
私からしたら一つ上の上級生であり、理事長の娘である鳳翔陽菜。
私の周辺ではあまりいい噂を聞かない。
御影先輩の他にも男がいて、そして理事長の娘なのをいいことにその男の問題をもみ消している。
噂の域を出ないが、私の直感はそれは正しいと告げてくる。
御影先輩はそのことを知っているのだろうか。
兄の健人にもそれとなく聞いたが、噂については『知らん』と言われ、御影先輩については『諦めろ』と言われた。
兄が御影先輩について諦めろと言ったとき、兄はなにか確信を持っているようだった。
どのみち、御影先輩に『先輩の彼女浮気してるらしいですよ』なんて言いづらい。
もしそう言ったら、御影先輩はどんな反応をするんだろうか。
そんなわけないよ、と言って笑いながら受け流されるのか。
そんなわけない、って怒るのか。
私には、そこまで踏み込む勇気がなかった。
せいぜいのところ、部活の間はいっしょにいられるよう泣き落とすくらいだ。
いつもお読みいただきありがとうございます!




